第76話 一矢報いることさえ

 なんだ、あれは。


 今までとは明らかに違う圧倒的な火力。


 炎の龍にも見紛う凶悪な魔力の波動。


 降り注ぐ豪雨さえ、蒸発させる危険な熱量。


 それは瞬く間にアイリスを呑み込み、爆風を伴って膨れ上がった。


 周囲の新入生たちも大きく騒めいている。


「まさか、あんな最上級魔法も使えるなんて!」


「あのエレノアっていう子、一体どこまで怪物なのよ……」


「フレイムボルト・テンペストっていやぁ、この国でも数えるほどの大賢者しか習得していないって聞くぜ」


「信じられません。とてもじゃありませんが、同じ新入生とは思えないですねぇ」


 そんな声がそこかしこから聞こえてくる。


 確かにエレノアの魔法はすごい。


 けどよく考えてみれば、アイリスの方がすごいと思うんだが。

 それに、昨日見たアデライト先生とウィッキーの魔法合戦の方が何倍もすごかったし、俺にとってはそこまで驚くことではなかった。


「すごいな」


 感嘆の呟きは、イキールのものだった。


「乙女の極光のみならず、フレイムボルト・テンペストまで……まさかあれも徹夜で憶えたというのか?」


「そうだぜ」


 マホさんが頷く。


「あいつは一夜にして二つの上級魔法を習得した。誰も知らないところで、歴史を変える『大魔導士』が生まれてたってわけだ」


「歴史を変える、か」


 燃え盛る火炎を瞳に映して、イキールとマホさんは決闘の行く末を見守る。


「しかし……あの乳デカ微笑み煽り女も大概だと思うぜ。流石にフレイムボルト・テンペストをもろに食らったら、無事じゃ済まねぇと思うが……」


 なるほど。フラグだな。


 マホさんはああ言っているが、俺の考えは違う。

 おそらくアイリスは、さっきまでと同じように当然の如く無傷で姿を見せるだろう。


 皆は驚いているが、正直あの程度の攻撃魔法でアイリスがどうにかなるとは思えない。

 それよりも俺が心配しているのは、アイリスがやりすぎてエレノアが大怪我をしないかどうかだ。


「お見事です」


 聞き心地のいい透き通った声。それは紛れもなく、燃え盛る火炎の奔流の中から聞こえた。

 やっぱりな。


「奥の手にしては少々威力不足ですが、今までで抜群に強力な魔法でしたわ」


 パンプスのヒールが奏でる足音に、エレノアの顔はついに絶望に満ちた。

 まぁ、仕方ない。


「ご苦労様でした。そろそろ終わりましょう」


 次の瞬間、アイリスの恐ろしく速い手刀がエレノアの首筋を叩いた。


「あッ――」


 乙女の極光に守られていて尚、その衝撃はエレノアの意識を容易く消し飛ばす。


 誰もが疑いようのない、明白な決着であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る