第75話 エレノアの誓い
「うそでしょ……?」
エレノアの顔に浮かぶのは、驚愕と絶望だ。
戦えば戦うほど、力を尽くせば尽くすほど、露わになっていく圧倒的な力の差。
あれは心が折れるだろう。すくなくとも、俺には耐えられないね。
「お強いですわね」
それはアイリスの本心からの言葉だろう。
だが今の状況では、ただ煽っているだけにしか聞こえない。
「このっ!」
エレノアはムキになっていた。最初からか。
乙女の極光を閃かせ、猪突猛進でアイリスへと飛びかかる。俺が見てもわかる無謀な攻撃だ。やはり、その拳はアイリスに容易く受け止められる。
「ですが、いくら上級魔法でも、そのような付け焼き刃でわたくしは倒せません」
アイリスはその細い腕からは想像もできないほどの力強さで、エレノアは軽々と投げ飛ばした。
「あっ」
高く宙に浮いたエレノアを、アイリスは優しく見上げていた。
「これでもわたくしは、長い年月の中、弱肉強食の深い森の中で最後の一つになるまで勝ち続け、生き残ったのです。あなたとは、積み上げてきた量が違うのですよ」
落下してきたエレノアに、アイリスの蹴りが炸裂する。
決闘が始まって一発目の攻撃。それはエレノアのどの攻撃よりも有効な打撃となった。
エレノアは苦痛を声にしながら蹴っ飛ばされ、泥の上の転々とする。
おい、まじか。
「エレノア……!」
俺は思わず彼女の名を口にした。自分だけに聞こえる小声のつもりだったが、サラにはしっかりと聞こえていたらしい。焦ったような顔で俺を見上げてくる。
「ご主人様、止めに入りますか……?」
どうする。そんなことをしたら目立つし、エレノアに俺がここにいることがばれてしまう。
いや、そんなことを言っている場合か。
このままじゃ、エレノアがひどい目にあってしまう。それも、他でもない俺の従者の手によってだ。
そろそろやめるんだ。もう十分だろう。
そんな俺の想いが届いたのか、ふとアイリスが俺を一瞥した。
「そろそろ降参されてはいかがですか? これ以上は傷を増やすだけです」
そんなアイリスの提案を、エレノアは一蹴する。
「馬鹿言わないでよ……」
泥に手をついて立ち上がり、歯を食いしばって前を向く。
「降参なんてするもんですか。私はこんなところで、負けるわけにはいかないのよ!」
噛みつくように声を張り上げるエレノア。
アイリスは心底不思議そうに首を傾げる。
「どうしてそこまでわたくしにこだわるのですか? 今日明日で覆せるような差でないことはおわかりでしょう?」
「気に入らない言い方するわね、まったく」
顔についた泥を拭い、エレノアが大きく息を吐いた。
「待たせてる人がいるのよ」
彼女の周りに、再び無数の火が浮かび上がる。
性懲りもなくフレイムボルト・レインストームを撃つつもりか? それはアイリスには通用しないぞ。
「一分でも一秒でも早く一人前になって、あいつを迎えに行かなくちゃならないのよ!」
灯った火が、更に増えていく。怒涛の勢いで空間を埋め尽くし、エレノアの周囲を彩った。
「フレイムボルト――」
白く輝く手が、振り上げられる。
「――テンペスト!」
火の弾丸は一つの激しい火炎の奔流となって、アイリスへと迸った。
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