第63話 夜の訪れ

 ひとまずのところ、ウィッキーはアデライト先生に任せて俺は退散することにした。

 あの様子じゃもう先生の命を狙うこともないだろう。ウィッキーの心は、完全に解放された。


 とりあえず心配なのはサラの方か。


 本棟を出ると、すでに空は暗くなっていた。もう夜になっていとは。


「マスター」


 建物の外で待っていたのは、サラの手を握ったアイリス。彼女は相変わらずの微笑みだが、サラは沈んだ雰囲気で俯いている。


「アイリス。悪いな」


「いえいえ」


 俺はサラの前に立ち、フードの上から頭を撫でてやった。


「サラ」


「ご主人様……ボク……」


「話したくなけりゃ話すな。話したくなったら話せ。いつでもいいからよ」


「……はい」


 心中察するが、正直俺の手には余る。

 どう励ましていいかわからないし、下手なことを言って話をややこしくするのも面倒だしな。


「ご主人様、ありがとうございます」


「いい。気にすんな」


 ぽんぽんとサラの頭を叩いて、俺はアイリスを見た。


「それより、今は急いでやらなきゃいけないことがある」


「それはなんでしょう?」


 首を傾げるアイリスと、俺を見上げるサラ。


「寝床の確保だよ。ブランドンに来てから、宿をとってない」


「そういえば、そうですね」


 サラも頷く。


 昨夜はいつのまにかダンジョンの中で夜を明かしたしな。


「魔法学園に寮制度があったらいいんだが」


 ここでやっと、俺は入学のしおりを開いた。パラパラとページをめくり、そういった項目がないかを探す。


「あるにはあるみたいだけど」


「なにか問題が?」


「入学前に申請しておかなきゃいけないみたいだな」


 当然と言えば当然か。


「マスターは申請してらっしゃらないのですか?」


「さぁな」


 入学の手続きはすべて両親がやったから、俺は何もわかっていない。寮を申請しているのだろうか。


「だけどたぶんしてないだろう。あの親どもじゃあな」


「じゃあ、街で宿をとりますか?」


 サラの提案はごく普通の発想だ。けど。


「散財しすぎて金がもうない。三人分の宿代なんてないんだよ」


「えぇ……」


「お前らがパフェなんか食ったからだぞ。反省しろ」


「ご主人様も食べてたじゃないですか」


「お前らが食べさせてただけだ」


 あーんしてくるんだから仕方ないだろ。


「じゃあ、どうするのですか?」


「あてはある。一応な」


 俺は懐から念話灯を取り出す。これでアカネに連絡をとってみよう。ダーメンズ家の力がありゃ、寝床くらい用意してくれるだろう。


 念話灯を握り締め、耳に当てる。


「発信」


 その発話をキーワードに、念話灯が起動した。光を放ち、振動する。


『おおっ。ようやくか! 首を長くして待っておったぞ、ロートス』


 しばらくして、アカネの幼い声が念話灯から響いた。


「とりあえず用は片付いたが……どうすればいい?」


『結構結構。学園の貴族寮に来るのじゃ。場所はわかるじゃろ?』


 俺は入学のしおりに目を落とす。冒頭に学園の地図があったはずだ。


「たぶんわかる。じゃあ今から行くぞ」


『急ぐのじゃ。寄り道するでないぞ』


「ああ」


 それっきり、念話灯は光を失った。


 溜息。


「どうするんです?」


 サラの質問に、


「ヒーモの奴を頼ろう。家柄だけはよさそうだ」


 俺はなんとも自信なさげに答えるのだった。

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