第31話 変身、覚醒?する前に倒してしまおう

 それは、先ほどのゴリラーテたちとは明らかに違っていた。全身の毛が赤く、サイズが一回り大きい、口にはサーベルタイガーの様な大きな牙が生えていて、すごい迫力だ。


「テル、レベルなんだ!」


 咄嗟の状況でも冷静な判断を失はないカイ。それに比べテルはというと、焦った様子で、最初は理解が追い付かなかったのだろう。


「レベル? あっあ、こいつのレベルっすか?」

「それ以外に何かあるんだ!?」


 テルの間の抜けた返しに、他に何があると問い返すカイ。テルは赤いゴリラ―テを見て鑑定を使う。するとテルの表情が驚いたものに変わっていく。


「おい、レベルは何なんだ!?」


 カイはすぐに答えないテルに痺れを切らし、再度尋ねた。するとテルは、


「……ヤバいっス、60っス」


 カイは顔をしかめ、舌打ちし、


「面倒なのが出て来たな」


 そんなカイとは正反対にGさんは、


「なんじゃ倒してしまえばええだけじゃろ?」


と、とても楽しそうに笑っていた。


「そうだな。そう考えれば、美味い経験値だな。逃す手はねえな」


 そんな二人を見たクラリッサは可笑しそうに笑い。


「二人共どうかしてますね、あははっ、でもそう言うの嫌いじゃないです」


 そう言い槍を構えるクラリッサ。それを見て嬉しそうにGさんは、


「ええ闘気じゃ。伊達に軍人ではないようじゃの?今度わしと戦ってみんか?」


 それを聞いたカイがクラリッサに忠告する。


「生半可な覚悟で返事しない方がいいぜ。俺はそれで五時間も付きあう羽目になったこともあるからな」


とカイが苦笑いを浮かべると、クラリッサはニコリ笑い。


「模擬戦であれば構いませんよ」

「だははははっ、ええのぉ~。そいつは楽しみじゃのぉー」


と上機嫌になるGさん。そんなやり取りを見ていたテルは、


「この人たち、どうかしてるっス。クラリッサはそっち側だったんスね。美人で素敵な人って思ってたんスけどね~。戦闘狂の女性は無理っス」


 テルがそう言うと、双子以外の全員が笑った。双子たちは言っている事がまだ分からないようだった。


「直人も準備はいいか?」

「愚問だなカイ」


 直人が誰に聞いているんだと、言わんばかりの自信に満ちた表情に、誰もがニヤリと笑う。


 笑いながらカイだけは(直人気づいているか!? 異世界に来てからお前はかつての自分に立ち戻りつつあるという事を)カイは直人が中二の頃に戻り始めているとおかしく感じるのだった。


 先に動いたのは、赤いゴリラーテだ。素早い四足歩行で跳ねる様な動きで、直人たちとの距離を近づけて来る。カイとGさんは前に出て迎え撃つ。


 走るカイとGさんは赤いゴリラーテに近づくと左右に分かれ、すれ違い様に攻撃を仕掛ける。ほぼ同時の左右からの攻撃は、敵に迷いを生じらせ、ほぼ同時の攻撃を防ぐのは至難の業と言えよう。


 直人たちの誰もが先手は取ったと確信する。しかし、ゴリラーテは標的が分かれたにも関わらず、一切の迷いなしにGさんへと殴り掛かる。


 そんなゴリラーテの振り抜かれたパンチを避けるGさん。隙がを生まれないのは予想外であったが、攻撃が来ることは想定の内であった為だ。


 左右の攻撃に対してゴリラーテが取れる行動は、大きく分けると二つしかない。守りに入るか、ダメージ覚悟で攻撃に転じるかだ。


 ゴリラーテの攻撃を躱したGさんは、すれ違い様に左わき腹を斬りつける。同時にカイは右の脇腹を切りながらすれ違い終わたその時、カイは背後から凄い衝撃を受けて吹っ飛んだ。


 カイを襲った衝撃の正体は、Gさんに向けて放たれたパンチだった。


 ゴリラーテはGさんにパンチを躱されるとその勢いのままに、さらに加速して一回転したのだ。その場で一回転する事ですり抜けたカイに背後からパンチが追い付き殴り飛ばしたのだ。


「なんじゃ今のは!?」


 目の前で見たものが納得いかずに驚くGさん。それはGさんが予測する生物の動きを超えていた。不可能だとは思わないが、可能とも考えぬ動きであった。


 それを可能にするにはバカげた脚力と、バランスに全身のバネが必要となるだろう。しかも四メートル級の巨体とあれば尚更で、それは地球生物では不可能であろう。レベル補正があるこの世界だから出来ると言えよう。


 異世界に来て間もないGさんに想像できるはずもなかった。それは直人たちも同じである。


「カイッー、無事かッー」


 直人は森の中へと飛ばされて見えなくなったカイに叫ぶ。だが、カイからの返事がない。焦り、カイの元へ向かおうとする直人に、


「主殿、落ち着いてください、魔法使いである主がアレに近づくのは自殺行為ですぞ!」


と前にダニエルが立ちふさがると、


 直人は敵を睨むようにダニエルを見る。その目には怒りが宿り、殺気を放っている。


「どけぇーダニエル! カイが危険なんだッ!」


 怒りに任せ怒鳴る直人。それは長い付き合いのテルですら何も言えない雰囲気であるが、ダニエルは怯む様子も見せず、直人の前に立ち塞がり続ける。


 そんなダニエルを直人が睨みつけ続けると、ダニエルは、


「はぁ、どうしてもと言われるなら、代わりに私が行きましょう。その代わり主は部下たちと共に、少しお下がり下さい。」


 と、直人を諌める言う。それでも、直人は納得がいかない様な表情をしていると、


「ダニエルの言う通りよ。熱くなり過ぎです」


 クラリッサがそう言うと直人はクラリッサを振り向き、反論しようとする。だがそれより先に、クラリッサが顎で一点を指し示し、


「ほら、カイ君無事みたいよ」


 示す方を直人が見るとそこには頭を抑え、立つカイの姿があった。それを見ると直人の心は沈静化していく。そんな直人にクラリッサが、


「直人は仲間を信頼するべきです。戦友とはそういう者でしょ」

「すまない。取り乱してしまったようだ。ダニエルもすまなかったな」

「いえいえ、友の窮地とあらば多少は致し方ないかと」

「ありがとうダニエル。お前という忠臣に出会えたことに感謝する」

「ありがたき御言葉。」


 直人たちがそんなやり取りをしている間も、Gさんは懸命にゴリラーテの足止めをしている。先ほどの事を警戒してGさんは珍しく防戦に徹していた。手数が減らした防御を主体とした戦い方だ。


 Gさんがゴリラーテを抑えている中、カイは抑えていた手を見る。自分の額から血が出ている事に気づくと、


「いてぇーと思ったら血が出てるじゃねえか。ふざけやがって!ぜってえ殺す」


 カイはそう言うとゴリラーテを目掛け走り出し、ゴリラ―テの背後から斬りつける。背中を切られたゴリラ―テは大きな呻き声を上げてカイの方を見ると、


「痛かったぞてめえ、倍にして返してやるからな!」


 カイはそうゴリラーテに叫ぶと再びゴリラーテに襲い掛かる。


 一方その頃、パルセノスの三人は少し離れた所から様子を見ていた。楽しそうに眺めるローゼが、


「いやいや、元気だね~。回復もせずに突っ込んで行ったよカイ君。いいね、ナイスガッツだね」


と、楽しそうに話す。そんなローゼとは違い、セルジュは真剣な表情で、


「彼らのレベルはどの位なのでしょうか?明らかにFやEの実力じゃないですね。そもそも彼らは何所から来たのでしょうか?」

「そうね、あれだけ実力があって名前を聞いたことがないのも変よね?」


 セルジュの話を聞き、疑問に思い考えるシンシア。パルセノスは冒険者側が不利な戦闘を行っていても、基本的にピンチにならない限りはこうして見守るだけで助けに入ることはない。


 いつも危険だからと守っていては立派な冒険者は育たないと彼女たちは考えているからだ。その為、窮地に陥らなければ助ける事はない。


 パルセノスのメンバーが話している間にもカイとGさんはゴリアーテと戦っていた。


 ゴリラーテに対してかなり多くの傷を与えているのだか、その傷は浅い。これはカイたちが徐々に削っているとかではなく、レベル差により、ステータスに差が開き、補正でゴリラーテの体が固く、大きな傷を与える事が出来ないのだ。


 それに比べゴリラーテの攻撃は強力で、一撃貰えば大ダメージを受けるという緊張感のある戦いを強いられていた。これには流石のカイとGさんも精神的な疲労が凄まじく、その額に汗が滲み出ている。


 それを見ていたクラリッサが、


「直人、私も行きますね! 少しは状況を楽に出来ると思います」


 それを聞いた直人はクラリッサに見せて貰ったステータス思い出し、



ステータス

名前:クラリッサ・クラ―リ

種族:改造人間

性別:女

年齢:22歳

職業:宇宙戦士

称号:少尉


Lv43

HP :B+

MP :F

攻撃力 :A−

防御力 :B

素早さ :A

器用さ :C

賢さ :F

運 :C

能力 :自己修復 ナイトスコープ サーモグラフィー 

アビリティ:剣術LV5 槍LV8 鞭LV8

ギフト :全細胞覚醒



 クラリッサは最初からレベル43だった。これは前の宇宙にレベルという概念があったのか、戦闘で得ていた経験値がこの世界に来ることによって加算されたのではないかと直人は考えていた。


 彼女は人類統合軍の技術により、金属生命体であるジードの細胞を取り込み融合していて普通の人間とは異なる。その為、異常な自己修復力を持ち、頭さえ残っていれば復元するのだという話である。


 そんなクラリッサを思い出して直人は、


「あぁ、頼むよクラリッサ」


 直人がそう言うとクラリッサは敬礼してニコリと笑い、


「了解です」


と、言うと一気に駆け出し、その勢いのままゴリラーテに槍を繰り出す。


「はぁッ」


 突然の乱入にゴリラーテの反応が遅れた。


 クラリッサが全力で放った槍はゴリラーテに深く突き刺さる。そのあまりの痛みに叫ぶゴリラーテ。クラリッサは槍を引き抜き少し距離を取ると、


「加勢します」

「そいつは助かるのぉ~。少し疲れて来たところじゃ。歳は取りたくないもんじゃ、後10年若ければのぉ~」


疲れた事を歳のせいだと言うGさんに、


「歳の問題じゃねえよGさん。こんな緊張感のある戦いをしてれば、疲れて当然だ。実際、俺もかなり疲れてるからな」


 カイは口でそう言いながらも心の中で思う。(後十年若ければって、アンタ幾つだよ。九十代だろ!? アンタどんな九十代だったんだよ!?)


 それに対してGさんは呆れた表情をして、


「若い奴が何を言うか!? 二十代と言えば三日は戦い続けれるものじゃ。これだからゆとり教育はいかんのじゃ」


 それを聞いたカイは、(いやいや、違うぜGさん。そもそも人類は三日間も戦い続けれる様にはできていない)と思うも、言うだけ無駄と思ったカイは心の中で呟いく中、クラリッサはGさんの話を真に受け、


「ゆとり教育とは何か分かりませんが、私もまだまだですね。もっと精進せねば」


と、アホな事を言いだすクラリッサを見てカイは、(根が真面目だと言うのも考え物だな。よりによってGさんの話を真に受けるとはな……不味いな、クラリッサがGさん化するような事になり、増えるのだけは避けなければ。早く何とかしなければ!)と考え、これ以上話を続ける愚策だと感じたカイは、


「戦闘中だ!話はここまでとしよう」

「そ、そうですね」


 カイの言う事に素直に聞くクラリッサとは逆に、Gさんはまだ話したりないと言った様子で、


「ん~、そうじゃの」


と、渋々納得したようだった。


 そこからはカイたち三人の猛攻撃が始まり、徐々に傷を増やしながら押され始めるゴリラーテ。このまま決着がつくと誰もがそう思い始めたその時、今まで一度も後退しなかったゴリラーテが突如バックステップを取り、胸を両手で叩きながら雄叫びを上げ始める。


 突然のゴリラーテの行動に誰もが警戒し様子を窺う中、一人目を鋭くし考える者がいる。それは直人だ。(まさかこれは、変身とか覚醒の前触れではないのか!?)


 後方にいた直人は突然走り出すと、カイたち三人に向かって叫ぶ。


「ゴリラーテから離れろッ!」


 直人の鬼気迫る様子に咄嗟にゴリラーテから離れる三人。


 直人は走りながら、両手にファイアーバーストの魔法を発動させ、ゴリラーテへと次々と打ち込んでいく。


 両手を使い交互に魔法を発動して、休む暇なく連続で魔法を放つ直人。


 その動きは速く、毎秒六を超えている。ファイアーバーストは火と風の魔法の融合魔法で爆発魔法であり、着弾する度に爆発が起こり土煙が上がる。


 アッと言う間に土煙によってゴリラーテの姿が見えなくなるが、直人は休む事無く魔法を放ち続ける。


 直人の突然の行動にはカイやクラリッサ、更にはGさんまで唖然としている。


「なっ――」「なっ、なんじゃ?」「……」


 カイたちがそんな声を漏らす中、【パルセノス】のメンバーたちは、


「何なのあれッ!?」

「しッ、信じられない魔法詠唱速度です」


とローゼとセルジュが大きく目を見開いている中、シンシアは(……信じられないわ、カイ君だけじゃなく、彼方も規格外なのね! いや、違うわね、あのお爺さんといい、あの槍を持った女性もだけれど、普通じゃないわ。あなたたちは何者なの?)と考えている中、


「こいつでとどめだ、フレアバーストッ!」


 直人の右手には、今までとは比べものにならない程の大きな魔法が展開する。ファイアーバーストの上位魔法である。それがゴリラーテの居た場所へ着弾すると、凄まじい爆発音が響くと爆風が吹き荒れる。


 爆風によって生まれた強い風に誰もが腕を顔の前にやり耐える中、直人は魔法を放った時のままの右腕を突き出したままであり、直人の着ているロングコートが激しくバタバタとなびいている。


 直人はそんな体勢のまま勝利を確信し余韻に浸りながら、(残念だったな。モンスターの奥の手としては悪くはなかった。だが気づいていたか、変身や覚醒には致命的な弱点があることに)


 これは直人がアニメやゲームを見ていて考えていた事だが、変身や覚醒の時に相手が待っている者が多いが、それを見て直人は思っていた。なぜ攻撃しないのだろうと。


 変身や覚醒はすれば強力なものだが、基本的に時間が掛かるものだ。しかも、その間は動く事が少なく無防備な事が多いのだ。


 そこで直人が考えたのは、その無防備の状態の相手を最大火力で倒してしまえばいいと言うものだった。


 そうすればパワーアップした敵を相手して、ピンチになる必要もないのだ。そう、わざわざ100%の力を相手に出させる必要はないのだ。いやむしろ相手にいかに力を出させずに、倒すかと言うのが戦略であり戦術であると直人は思っている。

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