第28話 黒の将軍とパルセノス
「――てな話だったぞ。ぷぷぷっ」
直人の表情は凍り付いていた。そんな状態の相手にも、手を抜かないガイル。
「しかし、すげえなー、どうやったんだ。会った時からただ者じゃねえとは思ってたが、まさかスケルトンたちに崇められるとはな。あははっ」
と腹を抱えながら笑うガイルは続ける。
「はぁはぁ、でなスケルトンを従え、黒一色のその姿から付いた二つ名が、黒の将軍だってよ。冒険者に将軍ってなんなんだよ。だはははっ、やばいもうダメだ。どいつもこいつも俺を笑い死にさせるつもりかよ」
笑いすぎて悶え苦しむガイルに、そのまま笑い死んで下さいと直人が思っていると、突然女性の声で、
「酔っ払い。その位にしときな」
ガイルは振り向きながら、
「誰が酔っ払いだ――げっ、セルジュ」
ガイルが振り向いたそこには、二人の戦士風の女性が立っていた。二人は美人である事とその装備の良さから、ギルド内でとても目立っていた。直人はその装備の良さからガイルと同じ高ランク冒険者であると推測する。
直人の推測は当たっている。彼女たちはカイとミノタウロスの戦いを見ていた【パルセノス】である。セルジュはあの時見ていた女戦士であり、今その隣にいるのはリーダーのシンシアである。
この二人は美人と言っても種類が違う。セルジュは黒髪のセミロングで黒の金属系の鎧を着ている。そのウエスト部分に鎧がなく、お腹周りの肌が露出しているのが特徴てきで、気が強い印象のするカッコイイ美人だ。
それに対して、シンシアは金髪のロングヘアでその長さは背中程もある。装備は
金属系の鎧で、銀色の金属に、白色の布や皮が添えられて形作られている。腰鎧はロングスカートの様になっていて、金属板が所々に付いている。戦士と言うよりは騎士と言った感じで、華があり貴族的な美人である。
「ほら、新人さんが困ってるでしょ」
と、セルジュが冷たい眼差しで見ながら言うと、ガイルは言い訳をするように、
「ちげぇえよ。楽しく話してただけだぜ、なあ直人」
慌てているガイルを見て、先ほどのお返しにわざと返事をしない直人、返事が返って来ないとガイルは、お前そんな仕打ちするのかといった表情で、
「お、おま――」
「ほら、いやがられてんじゃん」
セルジュがそう言うと、シンシアもガイルを注意する。
「ダメですよ。私たちAランク冒険者は見本とならないといけないですよ」
「だから違うんだって――」
ガイルが言い訳をしようとしていたのだが、それを一人の女性が割って入った。
「シンシアどうしたの~?」
そんな言葉を仲間に言いながら、近づいてきたのは部族的な革のチューブトップに革のズボンだけで露出度が高い、肩には部族的なタトゥーがありセクシーな女性は【パルセノス】のローゼだ。彼女は赤毛のポニーテールをなびかせながら、その猫目で辺りを見渡すとガイルに気づき、
「ガイルあんたまた何かやったの?」
「いや、なにもしてねえよ、俺はただ――」
ガイルは自分は何もしていないと訴えようとしていたが、シンシアとセルジュによって遮られ、最後まで言う事が出来なかった。
「それがさあ、ガイルさんが新人さんに絡んで迷惑かけてるのよ」
「そうそう、どうしようもない酔っ払いでしょ」
ローゼにシンシアがそう伝えると、相槌を打ちながらガイルを悪く言うセルジュ。二人の言葉を聞くとローゼは、
「あらら、最近、噂を聞かないと思っていたけど、ただの酔っ払いになっちゃったのガイル?」
そう言い挑発的な笑みを浮かべ、ガイルの顔を覗き込むローゼ。間近で覗き込まれ照れたのだろう、ガイルは後ろに下がり距離を置くと、
「んなわけねえだろ、ちゃんと依頼はこなしてるぞ。最近いい依頼がねえだけだよ。これから一仕事行こうかと思ってたとこだ」
「へえー、そうなんだ」
ローゼが疑った様な冷めた表情でガイルに言うと、ガイルは、
「ああ、そうだよ。じゃ俺は行くぜ」
そう言いガイルはギルドの外へと歩いていく。その足取りはふらついていた。それを見ていたセルジュが、
「嘘だね、あんな足取りで仕事できる訳ないよ。あれは逃げたね」
「まあ、三対一だからね。あははっ」
そんな二人とは違い、シンシアだけが、
「少しやり過ぎたかしら?」
それを聞きセルジュとローゼは、
「自業自得です」
「ガイルなら大丈夫でしょ」
そんな二人のキツイ当たりに、苦笑いを浮かべるシンシアだった。
ガイルが去ると直人は、
「ありがとうございます。助かりました」
と、少し疲れた様子で素直に感謝の言葉を口にした。
直人はガイルが嫌いなわけではない。出会って以降、からかう様に話し掛けて来る事が多いものの、気に掛ける様に話し掛けて来るガイル。そんな彼を直人は好意的に感じていた。
しかし、今回は酒が入っていた為か、しつこいガイルの絡みに直人は疲れていた。
「大変だったわね。悪い奴じゃないんだけどね。酒が入るとああなのよ」
そう直人へと声をかけたのはシンシアだった。
「知ってます。良い人ですよね、うざいだけで、あははっ……えーと、シンシアさんでいいんですかね?」
「まだ、名乗ってませんでしたね。私はシンシア、【パルセノス】のリーダーをしています。後ろの二人も【パルセノス】のメンバーで」
「セルジュです」
「ローゼだよ、よろしくね~」
「直人と言います。こちらこそよろしくお願いします」
直人が名乗ると、セルジュが不思議そうな顔し、
「で、彼は誰なの? シンシア」
本人を前に失礼な尋ね方をするローゼに、セルジュが、
「ローゼ、本人の前なのよ。もう少し尋ね方ってあるでしょ! シンシアが恥をかく事に成るのよ」
と、焦り注意するが。ローゼは気にした様子もなく。無表情に、
「そう?」
そんな二人のをやり取りを恥ずかしそうにシンシアは、
「いつもこんな感じなの、あまり気にしないで」
「そうなんですね。大丈夫ですよ、俺の周りにも色々いるんで」
「そ、そうなんですね。あはは」
二人がそんな会話していると、待ちきれなくなったのか再び、ローゼはシンシアに尋ねる。
「で、誰なの?」
セルジュに注意されていたにも関わらず、先ほどと同じように尋ねるローゼに対して、こめかみに青筋を立てるセルジュ。このままでは先に進めないと思ったシンシアは、
「彼はカイ君と同じパーティーなのよ」
セルジュとローゼはなるほど、といった感じで納得していた。カイの名前が出て来た事と二人の様子から直人は(カイの奴いつの間にこんな美人たちと知り合ったんだ。俺は聞いてないぞ!)と、思いながら、
「カイの知り合いなんですか?」
直人がそう尋ねると、シンシアは焦りながら、
「えっとね、知り合いではないの、その~カイ君が狩りをしてるのを見かけてね、それでカイ君の事を知っているの。それに最近、噂になってるでしょ」
直人は苦笑いを浮かべる。(狩りを見て覚えられるって、アイツどんな狩りしてんだよ!)と思いながらも、
「そんなに噂になってますか?」
「そうだね、ギルド職員も言ってたよ。すごい数のモンスターを持って来るってね。でカイ君は一緒じゃないの?」
「カイは狩ったモンスターの運搬してますよ。また狩り過ぎて一回で運べないので往復してますよ。俺も今から戻って運搬ですよ」
直人は疲れた表情を浮かべ笑う。それを聞いたローゼは感心したのだろう、
「往復しないと運べないって、そんな狩ってるの?」
そう尋ねられた直人は(あっ、往復しないと運べないって、言っちゃまずいんじゃないか!? これ以上変な噂や二つ名とか冗談じゃねえぞ)と、思いながら
「そ、そうですね、運べないですね」
と、動揺した様子で答える。しかし、ローゼはそんな直人の様子を無視して話へ食いついてくる。
「なにそれ凄いじゃん、見に行きた~い。見に行ってもいい?」
ローゼにそう言われた直人は、
「えっ! 運搬の様子をですか?」
と困った様子で言うのを見てローゼは、ニヤリと笑い迫る。
「うん、いいでしょ~? いいよね~」
「い~や、ただの運搬ですよ! 見に来てもただの運搬ですから面白いモノはないと思いますよ。ただの運搬ですから」
ただのを強調して言う直人、それが余計に【パルセノス】のメンバーたちの興味を引く。一体何を隠そうとしているのだろうかと。
「少し興味があります、私も同行しますね」
クールにそう言うセルジュ。既に同行は確定してる様な物言いで、直人がNOと言えない空気を作り選択肢を奪っていた。だが【パルセノス】には常識人のシンシアがいる。彼女が口を開く。
「ダメじゃない勝手に決めちゃ、直人さんたちは遊んでるんじゃないのよ。遊び半分でついて行っては迷惑を掛けてしまうでしょ」
この時直人はシンシアが救世主に見えた。(救世主だ!これで見られずにすむ。俺はそんなに可笑しい事はしているつもりはないのだが、いや、むしろ俺は流れに乗っていただけと言える、なのに変な噂がどんどん増えていっている。これ以上、俺たちの情報の流失は避けなければならない!)
シンシアに言われ、大人しく従うメンバーたちではない。ローゼは甘えた様子で直人に迫る。
「直人君~迷惑じゃないよね。ついてっていいでしょ~?」
突然、態度の変貌するローゼ。だが、それが演技だと気づかない直人ではない。(甘いな、ハニートラップに掛かる俺ではない!惜しかったな小娘。だが今回は相手が悪かったな)と心の中で一人で厨二モードになり勝ち誇る直人だった。
直人の返す返事を考える。1「迷惑じゃないですよ」2「自分は構わないですが、パルセノスの皆さんは忙しいんじゃないんですか?」3「はははっ」1はないなと考える直人、ほぼ同行する事が確定する為である。
では2と3はどうか、2は構わないという事で好印象を与えながら、相手を気遣う振りをしつつ、秘かに救世主シンシアへのSOSだ。察しがよく気を使えるシンシアならば「この後、私たちも○○○しないといけないでしょう」などと言ってくれ同行回避の路線に進むと思われる。しかし、確実とはいえない。
では3はと言えば、乾いた笑いをする事で、若干の拒絶感を出すことで間違いなくシンシアが止めるだろうと直人は考える。だがこれにはリスクも伴う、ローゼに悪い印象を与えてしまうことだ。
直人はそう予想して、迷うことなく(当然3番だ!)と返事を決め、
「ははは」
と、直人は言った瞬間に凄まじいプレッシャーを感じる。(何だこのプレッシャーは!? しかも複数だと!)
直人が感じたプレッシャーはギルド内の男たちのモノだった。(どうゆう事だ!?)おかしな事に視線だけなのに怨嗟の声が聞こえる錯覚に襲われた。
「はははって何だよ!調子乗ってんじゃねえか」「ローゼさんが頼んでんのに断る気じゃねえだろうな」「ローゼさんの同行に何の不服があるんだ」
などと聞こえて来た直人は、(不味いこのままでは!)と考えた直人は、続けるように話す、
「俺は別に構わないですよ。ただパルセノスの皆さんは忙しいんじゃないんですか?」
直人の取った選択は、2番の選択肢を足す事だった。(まだ負けた訳ではない!ここからは運勝負だ!全てを救世主シンシア賭けるぜ!)と、意気込む直人。
「今日は依頼も終わったし、もう暇だよね? ねえシンシア」
セルジュの突然の一言に固まる直人。尋ねられたシンシアが、
「うん、そうだね」
運勝負は始まると同時に直人の瞬殺で幕を閉じた。
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