第50話 悲劇の超巨大飛行船ヒンデンブルグ号。

 僕は思います。人の記憶は物に宿る。一瞬の輝きとその消滅。果たせぬ夢を物に刻みその物は悠久を彷徨う。

 エーデルワイスの調べは劔山脈から風に乗って流れて来る。

 その音源は僕等が退避していたシャングリ・ラの入り口となる洞穴のあの場所から聴こえる。

 そこに立つのは地獄の執政官 夢魔公爵ギヒノム卿。

 右手に持つのは古めかしいオルゴール。

 蓋には白い飛行船の飾りが施されている。


「ヒンデンブルグ号の悲劇は消えねど空への夢も消えずです」

「優雅に雄々しく世界一の大飛行船よ飛びたまえ」

 ただエーデルワイスの調べは物哀しく流れ続ける。


 ヒンデンブルグ号の下部格納庫の扉が開き始める。

 格納庫の扉が開ききるとびっしりとゴーレムが格納されていた。

 ヒンデンブルグ号の眼下には荒れ果てた砂漠が広がっている。

 着地に障害物がない事が確認できるとゴーレムを固定しているアジャスターが緩みゴーレムが滑り出す。

 ゴーレムはスノーボードの様な合金の板に腹這いに乗っており、空中に放出されると空気抵抗を利用して滑空し始める。

 空気抵抗で落下速度を落としながら地上の砂漠に降下する。

 上空1300メータも高度から地上50メータ程まで距離が縮まるとスノーボードの底辺が(カサカサ)と何かにぶつかリ始める。

 それは巨大な樹木。

 ゆうに50メータはある巨大な樹木がびっしりと生い茂っている。

 上空からは砂漠にしか見えない風景が50メータを切ると大密林に変化した。


 上空からの砂漠風景は果心居士の幻術だった。


 着地の想定が崩れた。

 何も無い砂漠に対応する為に落下速度を落とした事が災いしてゴーレムは樹木の呪縛に捕まり地上数十メータの高さで絡めとられる。

 その樹木からは(ニュルニュル)と蔦が伸びてきてゴーレムを緑のさなぎの様に包んでしまう。


 高高度からのゴーレムの強襲は失敗する。


 地獄の執政官 夢魔公爵ギヒノム卿は(うむ)と一度頷くと右手のオルゴールの蓋を閉じる。


 次に別のオルゴールを手に取り出す。

 それは大きな爆撃機が蓋に刻まれている。

 爆撃機のボディーは高高度迷彩色で塗装されているが一際目立つ塗装があり接角のカモフラージュが台無しとなっている。

 それは両主翼のど真ん中に真っ赤に塗装されている日の丸。

 艶やかすぎて分かり易い目印となっている。

 ただただ艶やかで神々しくもある。


 そのオルゴールの蓋にギヒノム卿は手を伸ばす。

 静かに蓋を開ける。

 流れ出すオルゴールの調べは…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る