大同盟の足音 02


「今日は、少し機嫌がいいではないか。何か良いことがあったのか?」


 大本営のフランの執務室に来てからというもの、従姉妹のシャーリィが終始機嫌がいいことにフランは気付き、紅茶を入れている彼女にそう質問するが「なんでもありませんわ~」と明らかに機嫌のいい返事が返ってくる。


 シャーリィは機嫌のいい感じの声で、このような質問をしてきた。


「ところで、ロドリーグ様は、今日はご一緒ではないのですね?」

「ルイならあそこだ」


 フランはシャーリィの入れてくれた紅茶を飲みながら、窓から見える大本営の入り口近くにある広場を閉じた洋扇で指す。


 そこには、仮設の舞台が設置されており、その舞台にはクリスと『プーレちゃん』、それと新マスコット『マンショちゃん』が、子供たちと触れ合っていた。


 これは、子供と触れ合うことで軍のイメージをアップするための戦略の一環である。

 まあ、結果はあまり出ないと思われるが…


「ルイはプーレちゃんの中の人になっている。ちなみにマンショちゃんの中の人はヨハンセンだ」


「まあ、ヨハンセン閣下があの中に?」


 新マスコット『マンショちゃん』は、ヨハンセンがデザインした可愛いペンギンのマスコットである。


 ルイがプーレちゃんの中の人になっているのは、戦術を指南してくれているヨハンセンへの恩返しからであるが、それはシャーリィと会わせたくないフランの巧みな誘導によるものであった。


 各司令官は、来るべき戦いに備えて訓練を行い艦隊の練度を上げるが、毎日というわけではない。


 訓練のない日は、このような雑務をこなすこともある。


「大変ですわね~。そうですわ! 私も閣下やクリスさんにはお世話になっている身。何かお手伝いしましょう」


「まっ、待て! シャーリィ!」


「大丈夫ですわ、フラン様。私は以前にも一度、お手伝いしたことがありますから。それでは、フラン様。私行って参りますわ」


 シャーリィはそう言うとご機嫌な感じで、フランの制止も耳に届かず執務室を出ていく。


「まずいぞ! ルイとシャーリィを近づける訳にはいかない! だが、私があの舞台に立つのは色々問題がある…」


 子供達相手のイベントに宰相級の彼女が出ていくのは、警護の問題もあるし子供達を驚かす事になってしまうであろう。


「そして、何より子供向けイベントに乱入した事があの鉄仮面女(クレール)の耳に入れば、後でここぞとばかりに嫌味を散々言われるに違いない。それは、腹が立つ…」


「男取られると思って、子供イベントに乱入するなんて、この黒ゴスロリ、マジうけるんですけど~」


 フランの想像の中のクレールは、何故かギャル語であったが、それはフランがそこまで焦っていた事を意味しており、おそらくこれに近い嫌味を聞かされるであろう。


 フランはそのチート頭脳をフル回転させて、ある策を思いつき実行する。


「よいこのみんな~! マンショちゃんとプーレちゃんと一緒に写真を撮りたい子は、一列に並んでね~。ああ、ダメ~! マンショちゃんとプーレちゃんを殴るのはダメ~」


 舞台の上では、一部の元気な子供にボスボスと殴られるマンショちゃんとプーレちゃんの姿があった。


 ようやく撮影会が始まった頃に、舞台の袖にシャーリィがやってきて、撮影の協力を申し出ると、彼女は子供達を整列させる係を任されることになる。


 子供達を整列させようと舞台に出てくると、シャーリィは無数のカメラのフラッシュを浴びせられてしまう。


「なっ? 何ですの!?」

「白ロリタン、キターーーー!!」


 カメラを構えた大きなお友達が、そう言いながら一斉にシャーリィの写真を撮り始めた。


 大きなお友達は、シャーリィの可愛らしすぎる容姿から、軍人とは思わず彼女の事を白いゴスロリを着たイベント参加のコスプレイヤーだと思ったと後に供述している。


 彼らがそう思ったのも無理はない。シャーリィは小柄で可愛らしいため、およそ軍人には見えない。


 ルイやヨハンセン、ロイク、そしてフランもおよそ軍人には見えないが、軍服を着用しているため軍人だと認識できる。


 だが、シャーリィはその軍服がゴスロリ風に改造されており、更にその色が同じゴスロリ軍服のフランのモノが正式の軍服と同じ黒であるので軍服だと認識できるが、シャーリィのモノは白色であるためにコスプレ衣装にしか見えない。


 そのため、軍人ではなく広報所属の軍服風ゴスロリを着用したコスプレイヤーと間違われても仕方がなかった。


 シャーリィが以前手伝いをした時に、可愛らしい白ゴスロリを着た少女がいたと話題になり、その話が広がりその話を聞いた大きなお友達が、彼女を写真に撮ろうとカメラを持って待っていたのである。


 だが、シャーリィの写真は彼女の安全上の問題もあり、警護に付いていた憲兵隊と護衛兵はすぐさま大きなお友達を確保して、そのデータを消去していく。


 プーレちゃんの中の人ルイは、大量のカメラのフラッシュに驚いて怯えるシャーリィを心配して、彼女に近づこうとする。だが、その前に新たなプーレちゃんが現れ、彼をシャーリィに近づけさせないように行く手を遮ってくる。


(何だ、このプーレちゃんは? どうして、僕の邪魔を…)


 ルイが目の前のもう一体のプーレちゃんの行動に疑問を抱くと、その答えはすぐに最悪な形で知ることになる。


「おい、どうして、シャーリィに近づこうとしているんだ?」


 目の前のプーレちゃんのクチバシが開くとその中には、お約束のヤンデレ目をしたフランの顔が現れ、そう言ってルイがシャーリィに近づこうとする理由を尋ね(尋問し)てくる。


 プーレちゃんは鶏のキグルミで、クチバシが開いた部分には外が目視できる強化ガラス製の覗き窓が付いており、フランはそこからルイをヤンデレ目で威嚇できるのだ。


(こわい!! でも、こんな怖い目をしたプーレちゃんを良い子に見せては駄目だ! 夢や希望を与えないどころか、トラウマを与えてしまう!!)


 ルイプーレちゃんはそう素早く判断すると、子供達と自分の精神衛生の為にフランプーレちゃんの開いたクチバシをすぐさま両手びれで閉じて、ヤンデレ目を隠すことに成功する。



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