松成敬輔
7-1
告白してもお腹はすく。いや、気持ちを伝えることができたからこそ、緊張から解放されて空腹が強まったのだろう。
自分の弁当箱は教室にある。いつもお昼休みは甘木奈々子は上戸美姫とともに校舎のわきのベンチで弁当を食べる。
なのでタイミングさえ間違えなければ、奈々子に会わずに教室に戻ることができる。
ラブレターの返事を聞くまでは会いたくなかった。今顔を合わせたら絶対に気まずくなってしまう。
敬輔がこそこそと教室の中の様子をうかがっていたら、後ろから声をかけられた。
「奈々子さんならもういないぞ」
振り返ると購買でパンと飲み物を買ってきた君津雄大が後ろに立っていた。
「そっか」
ほっと胸をなでおろして教室の中に入った。
「それで、どうだったんだ?」
机を並べて雄大とお昼を食べる。
「うん。渡せたよ」
言葉に出すと途端に恥ずかしさが湧き上がってきた。
「それで?」
「いや、放課後までに返事が欲しいって伝えた」
「ん? なんでだ? べつにいつでもいいだろ」
「いやいやいや」敬輔は顔の前で手を振る。「こんなドキドキしたまんま何日も経ったら身体がもたないよ」
「なるほどな」
雄大は笑った。
「いやー、いざやってみると、緊張するね告白ってのは」
今でも心臓が大きく伸縮運動をしているのがわかる。奈々子に手紙を渡した場面を思い出したら恥ずかしさで悶絶してしまいそうだ。
「そうだろうな」
「もう奈々子の顔とかまったく見れなくてさ、手紙渡したあと逃げちゃったよ」
「ん? じゃあ、今までどこにいたんだ?」
「校舎の隅で隠れてた」
敬輔は笑った。つられたように雄大も笑う。
「まあなんにせよ目標は達成したんだな。やったじゃないか」雄大に肩を叩かれる。「絶対にいい返事が聞けるさ。間違いない」
「そうだといいんだけどね」
敬輔は弁当を平らげた。いつもより食欲も強かったように思える。それになんだか身体の奥底からエネルギーが溢れてくるみたいだ。これが恋の力だろうか。今ならどんな難しいことにもチャレンジできる気がする。
敬輔は窓の外を見た。
奈々子と美姫がお弁当を食べているベンチはここから見ることができる。奈々子は今どんな顔をしているだろうか。悩んでいるだろうか。困っているだろうか。それとも喜んでくれているだろうか。喜んでくれていたらいい。そう素直に思えた。
ちょっとだけ覗いてみようか。
積極的な気持ちが後押しして、敬輔は窓から顔を出した。
視線の先に奈々子と上戸美姫がいる。
二人は何かを話しているが、その内容までは当然聞き取れない。
と、上戸美姫が何かを手にしていじっているのが見えた。
急激に自分の体温が下がっていくのがわかる。
まさか。あれは。
冷汗が背中に滲む。
嘘だ。そんなことあるわけない。
目の錯覚だ。
そう思って一度目をつぶって擦ってみる。
再び見る。
変化はない。
そんな。まさか。
上戸美姫が持っているのは、敬輔が奈々子に渡したラブレターだった。
最悪だ。こんなことが起こっていいのか。
回し読みだ。これは確実に女子の回し読みってやつだ。ラブレターの中を読みあって、そして内容を笑いあうっていうあれだ。
「どうしたんだ?」雄大が訝しそうに訊ねる。
敬輔は勢いよく立ち上がって駆けだした。
やめろ。やめてくれ。
あのラブレターの中には奈々子に対する気持ちがこれでもかというほど詰まっているんだ。
そしてそれは、熱すぎるほど熱いもので、つまりは第三者が読んだらおそらく気持ちが悪いと思ってしまうような代物なのだ。
くそ。なんでだよ奈々子。
なんで上戸美姫なんかにラブレターを渡したんだ。
どうして。どうして。
敬輔は校舎から勢いよく飛び出した。
もしかして。もしかして、これが答えなのだろうか。
ラブレターの内容なんて真面目に返事する価値すらない。これが奈々子の答えなのか。
けど、それを止める権利があるのだろうか。
すでにラブレターは渡した。
そのラブレターに対する反応を決めることも、上戸美姫に読ませるなと要求することもできないのではないだろうか。
足が止まった。
遠くにいる奈々子と上戸美姫が見える。
そうだ。どう反応するか。どう返事するかは奈々子の自由じゃないか。
それをこちらが強制することはできない。
奈々子と目が合った気がした。
悔しさやら切なさが溢れてくる。
敬輔は踵を返した。
地面を強く蹴ってその場から離れる。
でも、それでも。なんでだよ。
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