空前絶後のラブマゲドン

山橋和弥

プロローグ

どうしてこうなった!?

「あ、あたしのパンツ、か、返してください」

 二年A組の教室の中にいるすべての男子に戦慄が走った。

 帰りのホームルーム中。少女は突然立ち上がってその言葉を吐いた。クラスで一番かわいい女の子が、肩を震わせながらスカートを掴んで、涙目で訴えたその姿は見る者に衝撃を与えた。

 そして男どもは考える。

 いったい誰がパンツを盗んだのかと、そしてそれ以上に、いまどこにパンツが存在しているのかと。

 探り合いの視線が飛び交う。

 と、少女が振り返った。そして席の間を歩き出し、二人の少年の前で立ち止まった。

「な、なんだよ」少年の一人が狼狽えるように言った。

「立って」少女は命令した。

「なんで?」

「いいから」

 そう言って少女は二人の少年を立たせた。

 なにが起こるのかと周りの生徒は息を飲んでその光景を見守っていた。

 と、突然少女が左右両方の手を使って二人の少年のズボンを勢いよく下ろした。

 教室に悲鳴があがる。

 二人共パンツを履いていなかったからだ。

 少女は顔を真っ赤にしながら屈んだ姿勢のまま少年二人を見上げて訊いた。

「ど、どっちなのよ」

 少年たちは少女の言葉が届かなかったのか、お互い顔を見合わせて複雑な顔をしていた。まるで予期していなかった出来事にどう対処していいかわからないようだった。

 とその時、教室の後ろの隅に置いてある掃除用具入れのロッカーが音をたてた。そのロッカーに視線が集まる。ロッカーは中でうごめく何かの存在を知らせるように、揺れて、また音を鳴らした。

 緊張感が教室を満たす。

 ロッカーの扉が軋む音をたてながらゆっくりと開いた。中から倒れこむように出てきた塊。それは銀色のテープで身体をぐるぐるに巻かれた少女だった。前のめりに倒れた拍子にスカートがめくれて、白いパンツが丸見えになっていた。

 少女がいもむしのように身体をくねらせるとポケットから布状のものが出てきた。

 それはパンツだった。

 静寂。

 と、突然教室の後ろの扉が勢いよく開いた。

 乱れた髪にスーツ姿の男が足をもつれさせながら、よろよろと教室に入ってきた。

 そしてテープで身動きが取れない少女の近くまで来ると、膝からその場にくずおれた。

「やった」男の声は震えている。

 両膝をつき、手で顔を覆い、男は声を押し殺して泣いている。

「やった。やったぞ。ついにやったんだ」

 男は喜びを噛みしめるようにそう言うと、鋭い視線を教室の窓の外に向けた。

「奇跡を、起こすんだ」

 男はそう言うとテープで拘束された少女を大切そうに抱き上げた。

「まだ間に合うぞ」

 男は離ればなれになっていた我が子に再会したかのように、拘束された少女を抱きしめた。そして、少女を抱きかかえたまま、今にも踊り出しそうな軽い足取りで教室を出て行った。

 男が残した鼻歌だけが静かに空気を震わせている。

 その光景を教室にいるすべての人が呆然と見送った。先程まで涙を浮かべていた少女までもが目を白黒させていた。

 担任は教室を見回し、最後に男が出ていった後ろのドアを見据えた。

「いったい、なにがあったんだ?」

 担任の声は静寂に包まれた教室をわずかに震わせただけだった。

 同時刻。

 真空を切り裂きながら巨大な隕石が地球に突き進んでいた。空気を震わすこともできず、音を響かせることもできず、けれどもスピードを緩めることもせずに直進していた。

 6月11日。午後2時30分。

 世界中でごく少数の人間にしか知らされていない地球の終末。

 隕石が落下して地球が滅亡するまで、あと30分と迫っていた。

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