第8話 「救世主女たらし伝説」
この頃、ゆずとの帰りが遅いです。
いいや、この頃と言えるほどでもないし、勿論真っ当な”委員会”という理由では彼を攻めることもできません。
むしろ、四葉もそれを了承している。
だからこそ、こうして教室に一人居残りしているわけなのかも知れません。
いや、確実にそうです。
ついつい否定しちゃうのは悪い癖かも知れません。
「……四時五十五分です、か」
学校が始まり、かと思えば昼休みになって、退屈な授業が終わり、掃除の時間も終わって、そうして四葉は二十五分間という短いとも言えない何とも言えない時間を本を読んで、無表情で待ちぼうけているのは果たして無駄なのでしょうか。
その答えは多分、迷宮入りのお話でしょう。
前回は一時間以上待ったから、もしかしたら今回もそんなことがあるかもしれない。でも、あの時はさすがに待ちくたびれて口を利かなかった気がする。だって、しょうがないじゃないですか。さすがに遅すぎ、義妹が待ってるのに。こんなに可愛い義妹が——なんて言えるわけないけれど。
少し悲しいのも事実です。
そして何より、仕事が女子と二人きりらしいし、これもこれでちょっと腹立ちました……。
——部活?
うん、勿論部活もあります。
……それに関しては、四葉は強く言えないからあれだけれど。気ままな部活だからいつ行っても大丈夫だと思う……四葉だって何回もさぼったことありますし。
言ってしまえば、ここで一人で読んでいる方が読みやすいし楽しいです。四葉が好きな純文学小説は読むのが難しいから、こっちの方が捗ります。
じゃあ、ちなみに今。
四葉が何を読んでいるか、質問です。
ヒント一つ目、この作品は昭和二十三年に書かれています。
ヒント二つ目、物語の中に三つの手記が出てきます。
ヒント三つ目、作者にとって遺作です。
ここまで言えば、分かったも同然だと思う。
そう、今読んでいるのは太宰治の『人間失格』。
重めな話で、太宰流の幻想的な文章とともに多くの自殺者を生んだこの奇才の詰まった小説。短めの二百にも満たない文章から浮かぶのは彼の体験談とともに露わになっていく人間性。
そんな彼の文芸作品に四葉も虜になりつつありました。
実は、意外にも太宰治の作品をあまり読んだことのない四葉にとっては
やっぱり、読んで見ても名作でした。難解であり、そして深い。昔の人が考えることはいつまでも不思議でなりません。
途中で出てきた、ドストエフスキーの『罪と罰』という小説は小学生のときに一回だけ読んだことがありますが、内容は全くつかめませんでした。
あれはさすがに、小学生からしてみれば早すぎたのかもしれませんが、そんな世界的作品をリスペクトする太宰治の姿にはとても感激しました。
——もしも、自分の傍観者がいるのならこの作品のようになっているのでしょうか。そんな要らぬ妄想すら抱いてしまうこの作品に四葉はのめり込んでいました。
ガラガラッ‼‼
「————っ、ゃ⁉」
思わず、声が口からはみ出てしまう。お米を頬張って一粒落としてしまうように、四葉の声がポロっと漏れ出てしまう。
小説は手元を離れ、指から二センチ先で裏表紙が顔を上げて横たわっていました。
恐る恐る顔を上げて、首を右へ捻っていくと——。
「四葉いたっ、部活始まってるよ~~」
教室の入り口に立っていたのは、腰辺りまでバーガンディ色の髪を垂らし、両手で抱える数冊の本の上に大きな胸を置いて、堂々としている
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