第7話 「図書館の少女」 その4


 その日の帰りは、図書館の少女の話をしてしまい義妹に不貞腐れる始末であった。



「それで、君の名前はなんだっけ?」


 放課後、僕は例の図書館の少女へ話しかける。

 仕事中なのにも書かわらず、新作を立ち読むのに熱中している彼女。


 さすが、そのルックスに一寸の紛いはなく、肩で二つにまとめたツインテールに、眼鏡。文芸少女はこれだという要素はとどめる間もなく雰囲気という物は作り上げられていた。


「……」


 答えは無言。


 彼女の眼鏡のレンズからは、文字の羅列が揺らめいていた。


 仕方ないと考え、僕は仕事を再開する。自分の仕事を終わらせて、彼女の分まで手に持ち、隣で整理を始めだす。


 ——なのに、やはり彼女は気づかない。もはやドッキリなのではとでも疑ってしまいそうになるほどに、無言を貫く文芸少女は立ち尽くしていた。


「はぁ……」


「……」


 なぜ、そこまでも本を読んでいるのに文芸部にいないのだろうか? 


 なんて考えつつも、彼女を入れて僕はおさらばするという計画も練りたくなる。


 それほどまでに、本に熱中している人物で僕にはそれが面白くも眩しかった。


 そして、単なる疑問だったが、そこまで面白いのだろうか、小説という物は……?


 いや、自分もたくさん読んでいるほうではある。


 むしろ、その。部屋に大きな本棚が三つくらいあるし、有名作品は読んでいるのだが、そこまで熱中したことはない。


 それらは、僕が高校1年生になるまでの間で貯め込んだ塊だから多いだけで、隣にいる彼女のような熱意はそこまでないのだ。


「ふぅ……」


 数分後、僕が彼女の分の仕事を半分終わらせると後ろの方からため息が聞こえた。くぅ~っと伸びをして、バタバタ動く彼女。背後から感じるのはその焦り様だけだった。


「——どうした?」


「っあ!」


 僕が尋ねると、彼女は肩を震わせた。視線を足元へおとして、一度一安心するとテクテクとこちらへ近づいてくる。


「——すみませんっ‼‼」


 潔い、綺麗な角度だった。


 45度の謝罪の黄金比を叩きだす彼女。勢いで眼鏡が落ちてしまい、さらにあわあわと動揺を募らせていく。


 ここまで見せられると、彼女も四葉同様に可愛く見えてくるものだ。


「あ、ああ、大丈夫だけど……」


「ほんと、に。ごめんなさい!」


「いやいや、大丈夫だから。頭上げて、ね?」


「……うぅ」


 どうやら、彼女は本にのめり込んでいたらしい。むしろ、その集中力は凄まじい何かを秘めている。


「それで、ずいぶんと熱中してたけど——何読んでたの?」

 

 そう尋ねると彼女の顔の色はどんどんと明るくなっていく。


 バタバタと先程まで立っていた本棚まで行き、数冊本を出してニコニコと、これです! と言わんばかりの眼差しで本を目の前に突き出してきた。


「えっと、このSFの最新作と……あとはこれのシリーズものです! なんかですね、SFの新しい化学製品がどうのこうのって描写のところ、今日授業でやってめっちゃ見てしまって、目が離せなくてつい……! 恋愛のシリーズものも泣けて泣けて最高なんですよ‼」


 そこまで言って、自分の声量に気づいたのか、急いで口を手で塞ぐ。もはや遅い、だが、幸い今日のこの時間は図書室はもぬけの殻状態と化していた。


 周りを見て安堵し、一息つく彼女に返す言葉はとてもじゃないけれど、ふさわしくはない。


「お、おう。とにかく面白いんだな」


「は、はい……っ⁉」


 それでも、動揺は隠しきれていなかった。今にも暴れそうな心境が僕には取って分かるように、彼女の額からは汗が滴り落ちていく。


 黒髪ロングの前髪の先、さらには眼鏡の向こう側にある茶色の瞳は右往左往、動揺が焦りに、焦りが緊張に、それの表れとして目が泳いでいる。


「——あ、その、私も仕事」


「大丈夫、もう終わるしさ、本でも読んでいなよ」


 我ながらイケメンムーブを決めたと思ったのだが、彼女の俯きと落ち込みは止まったようには見えなかった。


 たった一度のミスくらい誰だってあるはずなのにと思いながらも、どんどんと落ち込んでいくのは彼女を止めることはできない。


「そんな、仕事が……私、全然」


「いやいや、いいよ。僕がやっておくから」


「そ、んな」


「気にしないでね」


「は、はい……」


 何とか負けじと押し続けると、彼女はあきらめて自習席で本を開いた。



【あとがき】


 お久しぶりです、ふぁなおと申します。

 作品のお話です。

 気づいている方はすでにいるかもしれませんが、あれ? 四葉って心の中じゃ天然じゃない? 小動物? ってなっているかもしれませんが、彼女がそう言われているのはあくまで外からの目線であり、彼女自身は感情をというか、思いとかをあまり口に出しません。そして、何より敬語という壁の高いものも使うことで距離を保とうとしている何とも言えないまわりくどい子ちゃんなのです。

 そこのところは分かっていただけるとありがたいです!


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