第6話 「真の同志は灯台下暗し」その3

「おい、お前の妹どうしたんだ?」

「いやぁ……」

「情緒不安定だな」

「まあ、今はな」


 額に汗を流しながら、逃げるように教室を逃げていく四葉を見て、またもや不安を抱えた僕である。



——☆☆☆


「っは、っはぁ、っはぁ……」


 やばいですやばいですやばいです、どうしよう! 焦って逃げちゃった。あんなこと言われただけなのに、ていうか四葉に向かって言ってないし……あわわわ、どうしよ、どうしよ!


「洞野……さん?」


「っ⁉」


「どうしたんですか……?」

「……」


 そこにいたのは、最初の宿敵であろうと予測していたあの女。最初にゆずとにちょっかいを出した最低女。

 名前は言わずとも、前私が知っている。

 西島咲にしじまさきの姿だった。


「あ、その……えっと……前のは本当にごめんなさい!」

「え……」

「いや、その前、洞野さんのお兄さんといろいろあっちゃったし……」


 泥棒猫一号はすんなりと頭を下げていた。その行動を見て、一言も発せなかった四葉はゆっくりと方向を変えて、歩みを再開しようと試みる。


「って! ちょっと!」


 あと少しのところでとらえられてしまう。

 さすが猫です。


「お、あれ洞野妹じゃん」

「ほんとだ、あいつら義兄妹っていうしな」

「てかさっき教室から逃げ出してたし」


 耳へと入る他人の声に体が反応する。

 別に、昔からああいった感じの声は苦手ではない。得意でもないがそんなことにいちいち反応するような自分じゃないし、いつも聞き流すのが日課の一つでもある。ゆずくんといると意外に聞こえないものだし……。


「洞野さん、いこ」

「っあ」


 彼女の手に引っ張られるがまま、四葉は階段を降りて行った。




 ついたのは食堂だった。

 四葉が来た通路は教室から一番遠めな階段のため、来ているはずのゆずとは見当たらない。


「洞野さん、どこにする?」


 巨乳を揺らしながら振り返る泥棒猫一号は大変憎たらしい。あんな対応を見せられたところで四葉は揺さぶられたりはしない。


「どこでもいいです」


 そっか、と小声で呟きながら突き進む彼女はとても美しく見える。勿論妬ましいけど、妬ましいけど!


「じゃあ、ここで」

「う、うん」


 ゆっくりと腰を掛けると、彼女は座らず一言発してサーバーの方まで歩いていく。思ってたよりも優しい言動に戸惑いを隠せないが、ここで怯んでいては可能性は低くなるのみだ。


「はい」

「ありがと……ございます」

「……ため口でもいいですよ?」

「いや、四葉はこれで」

「じゃあ——私はためでいくね」

「……」


 馴れ馴れしい割に、言葉ひとつひとつが少しぎこちないのが目立っていた。若干頬が赤くなっている気がしなくもない。


「そ、それで、何ですか?」


 こちらが先に仕掛けると彼女の表情は少しだけ緩む、安堵のため息とともに四葉の目を見つめだす。怖い、というのが率直な感想だけれどゆっくりと除けば、彼女の瞳はとても綺麗であった。薄緑色の瞳は黒髪の暖簾によって見えたり見えなかったりと、視界を揺らしている。


「……その、そ、相談があって」

「そうだん……?」


 途端に四葉の体は身震いをした。理由は分からない、ただ嫌な予感とともにとてつもない悪寒が背骨を撫でるように走っていった。

 無理もないのかもしれない。

 彼女は四葉の最初のライバルであり、通らなくてはいけない道の一つ。

 

「……っ?」


 現に、この威嚇にも全く動じていないところを見て彼女はとてつもなく強いのだろう。ましては今にもはち切れて爆発しそうな巨乳を装備している。男子の利用凶で女子の敵。

 そして、四葉はもう一度睨みつける。

 大きくて羨ましく妬ましさの原点であるその巨乳に焦点を当てて、凄まじいほどの熱量を与えた視線を一心不乱に飛ばしていく。


「えーっと……なに?」


 焦りも感じる額の汗に二人の闘技場ふたりがけテーブルは振動を発していた。揺れる、揺れる、嫌な予感がさらに増幅していく。


「むね」

「むね?」


 そして、最後に。

 静寂の空間が二人の周りを覆いかぶさった。

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