スイーツストーリー


とりあえず、ぶちのめす!

おれの鼻が平らに潰れたのはそれから僅か数秒後のことだった

ぎゅっと固く握り締められた拳がまるで突風のようにこちらへと向かって来た

暴力

そこに理屈は全く要らないとでも言わんばかり

「やめろお!」

おれは顔面を覆い叫んだ

おれの話しをまず聞いてほしかった

椅子に座ってゆっくり話し合おうではないか

そこから始まる物語

暴力ではきっと何も解決しない

互いが本音で話し合えば今より、より良い解決策が見つかるはずから

そういったことを提案しようと思った

だが最初の言葉を発する前にぶん殴られた

おれは鼻を潰され床を激しく転げ回った

涙がとめど無く溢れた

「めそめそしやがって」

お前は頭上からおれを見下ろした

「このくらいで許されると思っているのか? お前の罪が」

おれは黙り込んだ

「早くおやつを返せ」

お前は言った

だがそのおやつはここに無い

何故ならおれが既に食べてしまったからだ

「お、こんなところにうまそうなシフォンケーキが落ちているぞ」

それはとある秋の午後だった

おれはテーブルの上に乗っていたうまそうなスイーツを発見した

「さてはあのバカ兄貴のだな………幸い奴は出掛けるている、しめしめ、きっとあいつ気付きもしないぞ」

おれは早速アッサムティーをカップに入れペロリとそいつを平らげた

まるで口に入れた瞬間、溶けてしまったかのようだった

ほっぺが落下するような旨みがじわっと広がった

そこで玄関の扉が開いた

「ただいまあ、ぼくのシフォンちゃん!」

そう言いながら入って来た小太りの男

椅子に座っていたおれと対面した

兄貴の表情がみるみると青ざめていった

「まさか………お前」

もう言い逃れは出来ない

何しろおれは口の端にシフォンのクリームを付着させていたのだから

たとえそれを見破られなかったとしても会話を続けていくうえでぷんぷんと漂うこの甘い口臭だけは隠し通すことは不可能

兄貴の顔面がわなわなと震え始めた

「ゆるせねえ………」

そのあとに続く言葉をおれは待った

まあ仕方ねえか

きっとそのような言葉だろうなと思った

だっておれたちはこの世界でたった二人だけのかけがえのない兄弟

小さい頃から共に力を合わせてアスレチックのような障害を何度もクリアーしてきたのだ

心の底から互いを憎しみ合うことなんて出来やしない


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