合成

第8話

 次の日。放課後情報処理室でいつものようにESP部の作業をしていたら突然雨宮が息を弾ませて入ってきた。

「思いついたよ」雨宮は嬉々とした笑顔で言った。

「なにを? なんだか嬉しそうだけど」

 雨宮は僕の隣に腰を下ろす。

「昨日ね。寝る直前に頭にひらめいたの。どうやったら部誌の企画を通して尾道くんにESSを好きになってもらえるか考えてて、それで」そこで一度言葉を切って間を置く。「やっぱり恋愛関係だと思うの。尾道くんも健全な男子高校生なわけでしょ? なら運動と恋愛に対する関心は大きいでしょ?」

「すごい決めつけのような気もするけど間違ってはないよ」

「ということでわたしの部誌の企画は恋愛感情のきゅんきゅんランキングにします」

 雨宮の発案に首を傾げる。単語から具体的なイメージが湧かない。

「きゅんきゅん?」

「雑誌の懸賞とかでもあるんだけど、相手のことが好きっていう恋愛感情集めて、それをきゅんきゅんした順にランキング付けするの」

 そう言えば妹がよく読んでいる雑誌の巻末で似たような企画を見かけた気がする。

「そういうの女の子好きだしね」楽しそうに雨宮は笑った。雨宮がESP部の作業を楽しそうに話しているだけでこっちまで嬉しくなってきた。「実はうちのお姉ちゃんもこの学校で同じ部活だったんだよね。だからどんな企画がいいか昨日相談してみたんだ」

「ESP部だったの?」

「うん。そうみたい」

「もしかして雨宮がこの部に入ったのもお姉さんが関係してるの?」

「うーん」雨宮は悩むように首を捻る。「関係してると言えばしてるかもね。お姉ちゃんしょっちゅうこの部活のこと話してたし」

 僕は嬉しくなった。自分との共通項目がある人の話を聞くのは自然と楽しくなる。

「その頃ってどんな活動してたんだろうね」

「ねー」雨宮は申し訳なさそうに苦笑する。「お姉ちゃんも昔のことだからって忘れちゃってて、覚えてないんだよね」

 それから雨宮は姉との会話を楽しそうに僕に話してくれた。その話は生き生きとしてて声も弾んでいて、雨宮が姉のことをどれほど慕い大切に思っているのか伝えてくれた。

「って今はわたしにお姉ちゃんの話はいいんだよ。言いたいのはわたしはこの企画頑張って、尾道くんにESSの素晴らしさを、はては直結のすごさを知ってもらいたいのよ」

 とそこで雨宮の言葉に宿る違和感に気づいて質問する。

「雨宮はさ。えっと、その」口ごもりそうになるが意を決して質問する。「誰かと直結したことあるの?」

 自分の感情を相手に直接そのまま伝える。もしくは相手の感情をそのまま知る。それは誰かれ構わず簡単にできることではない。子どもだったら気にせずできたかもしれないけど、ある程度大人になった今ではある程度の信頼関係があっても直結することを戸惑う人は多い。それはべたべたと人目をはばからずにひっつきあっているカップルとか、もしくはすごい仲がいい女の子同士の親友関係とか、そういう関係上でしている人が多いイメージだ。

「うん。あるよ」

 雨宮は平然と言った。僕は肩を落とす。僕の落胆を気にせず雨宮は続ける。

「ずっと昔だけよね。子供の頃。すっごい嬉しかったよ」

「……ああ。そうなんだ」誤魔化そうとしても声が暗くなってしまう。

 そうか。雨宮は誰かと直結したことがあるのか。

「えっと。それは仲が良かった女の子友達とか?」

 よせばいいのに自分の傷をさらにえぐる質問を重ねてしまう。

「ううん。男の子だったけど」

 うん。これ以上この話を膨らませるのはやめよう。ってなんで僕はここまで傷ついているんだろう。周りの人間が気軽に直結しているのにそれができない自分に嫌気がさしているのだろうか。

 話題を変えよう。

「そもそもきゅんきゅんっていう感情が僕にはわからないのかもね」

「男子ってそういうのないの?」

 不思議そうに雨宮が首を傾げる。

「こう胸が締め付けられる感じだよ」そう言って雨宮は自分の胸元を苦しむように握った。「きゅんきゅんっていうね」

「好きとは違うの?」

「大きく分類すれば好きっていう感情に分類されるのかもしれないけど、それよりはドキっていうか、ビビビっていうか」雨宮は空中に浮かぶ何かを手探りで探るようにわたわたしている。「つまりはきゅんきゅんっていう単語に行き着くんだけどね」

「でも、そのきゅんきゅんする感情じゃなくて、違う感情を体験してきゅんきゅんできたら対象になるってことだよね」

 複雑になって頭がこんがらがりそうだ。

「あっ、じゃあこれ共有してみてよ」

 雨宮が自分のスマホを操作する。僕に促すように手を差し出した。意図を察して僕は自分のヘッドエモーションのプラグを雨宮に渡す。

「じゃあ、いくよ」

 その言葉とともに雨宮のスマホからある男の人の好きという感情が溢れてきた。自分の好きな人を守りたい。大切にしたい。彼女が笑ってくれるなら他になにもいらない。映画の中のワンシーンに挿入されるような純粋な恋の感情。

「どう?」

 ヘッドエモーションを外した僕に雨宮が訊ねる。その顔が嬉しそうで恥ずかしそうで、僕は曖昧に笑った。雨宮とこの感情の持ち主の関係が気になってしょうがない。もしかして直結した相手だろうか。

「すっごい好きなんだなってのはわかったけど、これ男の人の感情だし……」

 雨宮ははっとした顔になる。僕がこの感情を共有してきゅんきゅんなんてしたら問題大ありだ。

「これって何か映画とかの?」

 雨宮は首を振る。嫌な予感に顔がこわばった。

「ううん。お姉ちゃんの彼氏の」

「この学校の卒業生でこの部にも所属してたっていうお姉ちゃん?」

「うん」と雨宮は頷く。「彼氏さんは本当にお姉ちゃんのことが大好きなんだ」

 雨宮は顔を綻ばせた。よかった。さっき雨宮が嬉しそうにこの感情を語ったのは、姉を思ってのことだったのだ。ほっと胸をなで下ろす。

「いやー、ほんと仲良くてさ。べたべたしてるわけじゃないんだけど、すっごい二人が通じ合って波長が合ってるのがわかるの」雨宮はそう楽しそうに話した。

「へー」自分のことでなくても恋愛はここまで人を幸せにするのか。

「お姉ちゃんと彼氏さんはこの学校の同級生で高校の時に知り合ったんだ」

 そうか。当たり前のことだけど、何年か前は今とまったく違う生徒たちがここで部活動に励んでいたんだな。 

「ちなみにさっきの雨宮のお姉ちゃんの彼氏の感情は?」

 雨宮は頷いた。

「もちろん今現在のだよ。彼氏さんはいつでもお姉ちゃんが大好きだからね」

 雨宮は誇らしげにそう言った。自分の姉のこともその彼氏のことも雨宮は大好きで大切で、その二人の幸せを何よりも願っていることが伝わってきた。

 そうか。そうだよな。

 雨宮の笑顔を見ているとなぜだか僕も会ったことすらない雨宮の姉と彼氏のことを応援したくなった。

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