第4章 交錯する思惑

第1話


 結局いつも通りの時間に投稿ですはい。今回から第四章始まっていきます。

 そして、私事ではありますが土曜日に無事誕生日を迎えましたありがとうございます。お陰様で18になりました。中一だか中二ぐらいから小説を書き始めているので、もう結構書いていることになりますね。

 っと、前書きでは程々にしまして、今回はルリ視点から、どうぞ。



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 ヴァルンバ王都における、探索者御用達の高級宿。

 現在はクリスによって拓磨達勇者が少しの間貸し切りしている店だが、その一室では一人の少年が眠っていた。


 彼が治療を受けて既に数日───夜栄刀哉はこの宿へ運び込まれた時点でほぼ仮死状態にあったため、意識の回復に時間がかかっているのだ。

 もっとも、本当にこの先意識が回復するかに関しては予測が出来ない状態でもあった。刀哉の治療を担当したストレアという治癒術師は、彼の肉体的な機能をほぼ完璧なまでに再生させ、欠損した腕をという一流治癒術師でも難しい離れ業を成していたが、それでも意識をどうこうできるものではない。


 それもそのはず。刀哉が失った血の量と、失った状態でいた時間は本来であれば致命のラインを軽く超えているものだ。運び込まれた時点で脈も止まっていた。

 首から下の肉体が完全に回復したとしても、脳に何らかの異常があってもおかしくはなく、そこは治癒術師であれ触れることの出来ない人体のブラックボックスでもある。


 そこに本当に異常がないかどうかなど、分かるはずもない。




 というのは前述した治癒術師であるストレアから聞いた話だが、そんな刀哉の眠る部屋の扉を、一人の少女がゆっくりと開けた。


 静かに、足音を立てないように、気配を殺して慎重に。扉から顔を出し部屋の中を少し覗くと、そこに誰もいないことを知って体全体を部屋へと入れる。


 「……」


 少女は閉めた扉に背をつけて、小さな胸を膨らませ深呼吸をした。そのまま後ろ手で扉についている鍵を施錠し、目的の場所へと歩き出す。

 その目的というのは言わずもがなこの部屋で眠る刀哉である。


 「……トウヤ?」


 声をかける。しかしながら、刀哉はやはり未だ意識を取り戻しておらず、起きた形跡もない。

 その事実に胸が苦しくなるのを感じながらも、刀哉へと近づく。


 そこまで近づけば少女の顔も良く見えてくるだろうか。黒い長髪に黒い瞳と一見すると日本人に見え、その顔立ちは人形のように整っている。

 要するに、少女はルリであった。一時は生死の境目を彷徨った彼女も今は回復し、こうして自由に移動できるようになっていたのだ───刀哉よりも、先に。


 「……」


 満身創痍だったと、話は聞いている。第四階層まで自力でルリを抱えて移動したことも、その過程でルリよりも多くの血を流したことも、最後までルリを見捨てなかったことも全て聞いている。

 最後は拓磨等に助けられたらしいが、それも全ては刀哉が事前に連絡していたから出来たことで、その行動がなければルリは助からなかった。


 拓磨達には感謝している。でも刀哉にはその何倍も……いや、とにかく感謝しているのだ。


 「……でも、どうして、トウヤ、は……」


 しかし何故……そこまでして何故、助けてくれたのか。意識のない彼に問う。

 いや、理由は問わずともわかっている。これは確認のようなものだ。


 きっとルリは、刀哉にとって『命に代えても良い』と思えるような人間に、関係になれたのだろう。

 自分としても刀哉とは距離を詰めるようにしてきた。いつも一緒にいて、信頼して、信頼してもらって……お互い心の距離は近かったし、なんなら好意も告白した。


 しかし刀哉が結局ルリのことをどう思っているのか、具体的なところは分からない。異性として意識されているのはわかっているが、恋愛感情を抱かれている確証はないし、そこに関してはぐらかされていることも少なからず自覚している。

 だから刀哉が単に仲間として自分のことを大切に思っているのか、分からない。パートナーとして、家族のとして大切にしてくれているのか、それとも……。


 ───帰ったら、とびきりのご褒美をやる。絶対にだ。


 「…………そういう、こと、で、いい……?」


 無論、その問いも刀哉には届かない。けれどあの時の言葉は、誤解では無いと思う。ちゃんと意図を理解してくれた上でなお、そう言ってくれた。

 ルリも、そういうことを望んでの発言だった。だからこそ刀哉から躊躇いもなく肯定が返ってきた時、死に瀕しているような危険な状況であっても思考がそれで占められてしまった。


 希望、幸福、期待。その約束通り、ルリと刀哉は帰ってきた。

 まだ刀哉の意識はここには無いけれど、それでも……生きて、帰ってきている。


 ルリが刀哉へ顔を近づけようとしたのは、はやる気持ちが抑えられなかったからだ。一方的に、約束を履行しようとする。

 当然だが、刀哉が起きるまで待つことも考えた。それから、もう一度改めて確認して……なんて風にも思いはした。


 しかしながら、この気持ちは抑えられない。実を言えば、こうして部屋に来ることは今日が初めてではないし、思いを馳せたのも最初ではない。毎日こう考えては、近づいては、いつも最後の一歩が踏み出せないのだ。

 逆に言えば、これは諦めきれないということなのだろう。躊躇っても、またこうして今日も来ている。


 そして今日は行けそうだった。このまま距離を縮めて、きっと刀哉と口を重ねることが出来る。

 そこに好奇心がないといえば嘘になる。いやらしい気持ちが無いとも言い切れない。でもこの想いは、それでも純粋なところから来ているはずだ。


 ただ自分の好意を伝えたい。そこに付随する快楽やその先の行為を求めているのではなく、ただ純粋に想いを伝えたい。


 そうでなければ、こんなに胸が裂けるような、切ない思いはしないだろう。こうして毎日やってくることも無いはずだ。


 縮まる距離と、心臓の鼓動が比例する。どくどくと脈打ち、身体中を震わして音として聞こえてくるような振動。顔は鏡を見なくても簡単に赤くなっているのが想像できるほどに熱くて、ベットにつき体を支えている手も、ふとした瞬間に思わず力が抜けてしまいそうだった。


 ただそっと触れさせるだけでいい。それ以上は肉欲に結びついてしまうから、ほんの一瞬だけでいい。


 そうしてルリが、刀哉の顔を見つめる羞恥から少しだけ視線を上げた時のこと。そのすぐ次には意を決することができたかもしれないのに。

 


 「ひゃぁっ!?」


 

 ───視線の先、ベッドを挟んだ向かい側に女性がいたことで、全てが台無しとなった。


 「うん? あぁ、気にせず続けて。私は一向に構わないから」


 ルリが思わず変な悲鳴を上げて倒れ込む中、氷のように冷たい瞳を向けていた女性はまるで声色を変えずに続けた。


 その女性。白衣を着た、長い白髪はくはつ紫水アメジストの瞳というルリと同じように稀有な容姿を持った彼女こそ、件の治癒術師であるストレアなのだが……ルリは突然の登場に激しく動揺してしまっていた。


 「ストレ、ア……!? な、なんで……!?」

 「部屋の鍵のこと? 私はこの患者を担当してるし、予備の鍵を受け取っていても不思議じゃないでしょ」


 ストレアは指の先でクルクルと鍵を回す。部屋には誰も入れないようにしたつもりだったが、予備の鍵までは失念していたことを知り己の甘さを内心で後悔していた。

 

 あと少し。あとほんの少しであったというのに、その可能性を失念していたことで機会を失ってしまった。

 

 「それよりほら、続きをしたら? したかったんでしょ? 早くしないと熱心な友人達が来てしまうかも」

 「……」


 熱心な友人達、というのは拓磨や叶恵といった面々だ。ルリ同様、彼らも度々刀哉の見舞いに来ている。

 現在は彼らも迷宮探索を再開しているが、いつ帰ってくるかは分からない。帰還すれば刀哉の様子を見に来るのは想像に難くなく、ルリはじっとストレアを睨んだ。


 「まぁ、しないならいいけど。でもあまり良いとは言えないわね、寝ている患者を襲うなんて。しかも男なんて趣味の悪い」

 「…………こっちの、勝手、でしょ」

 「そうね。襲うも殺すも好きにしなさい。相手が男なら私は治療をするだけ。それ以上のことは職務の外なの───可憐な少女なら着替えから体を拭くことまで全部お世話してあげるけど。貴女みたいに、隅から隅まで、ね」


 ストレアは特に表情を変えた訳では無いが、危険な気配を感じとったルリが自身の体を腕で抱える。

 

 、ストレアは苦手なのだ。いや苦手どころではなく嫌いだ。

 彼女の世話になること自体がルリのトラウマだと言ってもいい。だから本当なら、刀哉の治療をこの人間に任せていることもルリには不安で不安で仕方なかった。


 刀哉への危険性はルリとはまた違ったものだろうが。そのくせ腕は立つものだから、人材としては最適なのがどうしようもない点だ。


 「それよりそっち。その患者、面白そうな問題とか無いの? 臓器不全とか心臓麻痺とか。もしくはもう死んでるとか」

 「……そんなわけ、無い、から……やめて」

 「そう、残念。まぁいいわ。元々確認のために来ただけだし、特に問題がないなら今日の検診は終わり。私は戻らせてもらうから」


 縁起でもないことを言うストレアを強く睨む。しかし意に介した様子もないストレアはそのまま白衣を翻らせた。

 てっきりこちらの妨害をしてくると思っていただけに、その思いに反して意外にもあっさりとした答えにルリが呆気に取られていると、ストレアは扉の前で肩越しに振り返る。


 「貴女が男に手を出すのは我慢ならないけど、この男の世話をしなきゃいけないのも凄く嫌なの。その点、寝てる間に貴女と性行為でもすれば、すぐ戻ってきて腰でも振り出すんじゃないかしら。男なんてそんなものでしょ」

 「…………とりあえ、ず……エッチは、しない、から」


 色々と突っ込みたいところはあるが、躊躇いもない直接的な発言に恥じらいながらも、ルリは気遣いなのか分かりにくいストレアの行動を見送った。

 ルリがストレアのことを警戒しすぎなのだろうか。とはいえ彼女は宣言通り部屋から居なくなり、外から施錠もなされる。



 

 今から気持ちを作るのは、少し大変だ。ストレアのせいで気分も雰囲気も、その覚悟も台無しになってしまった。

 とはいえ、もうここまで来たら引くに引けない。ここはもう勢いに任せて一気にやってしまった方が良いだろうか。


 そう、今はとにかく一度唇を重ねたいだけ。刀哉に想いを伝えたいだけ。そうすればきっとこの気持ちも落ち着くはず。

 

 気持ちが落ち着けば、刀哉が起きるまで待てるから……。



 目を瞑って、顔を近づける。刀哉を見ていたら、また最後の最後で動けなくなってしまいそうだから敢えて何も見ない。

 距離はもう近い。ほんの数秒後には触れさせてしまいそうで、その事実に顔が火照る。


 でも今度は止まらない。刀哉の頬に手を触れさせ、ルリは己の唇を持っていき……。




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 一応現在書きだめがありますので、明明後日にしておきます。明明後日『辺り』ではないのでご安心を。

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