第59話



 すみません、また遅刻してしまいました……投稿です。



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 「おぉ刀哉助かった」

 「……えー、何がだ?」


 部屋に戻った俺を樹が歓迎するように出迎える。

 樹と言えば昨夜に少し話したが……特にそちらに関して気にしている様子はない。


 ただ、いきなりの『助かった』という言葉から一体何が何だと困惑するが、部屋の中に入って何となく樹が困っていた理由がわかった。


 樹が俺のベッドの方を見ていたので、区切りを跨いでそちらへと向かうと、そこには一人の少女が俺の使っていたベッドに横になっていた。

 無論、そんな回りくどい言い方をしたところでこの場合それが誰であるかなんていうのは明確だろう。


 ルリはただ横になっているのではなく、俺の枕を抱えていた。ついでに言うと毛布にもくるまっていた。笑い声は聞こえないが顔は完全ににやけていた。目を瞑っているのでこちらは見えていない様子だが、ゴロゴロとしていた。

 そんなにゴロゴロしていたら、静電気が凄そうだ。


 樹が隣で俺に目を向ける。


 「俺が起きたぐらいに、この子がお前に会いに訪ねてきてな。お前はベッドに居なかったから、まぁ帰ってくるまでってことで取り敢えず中に入れたんだが……お前のベッドを見つけるやいなや横になっていいか聞いてきて、そのぐらい別にいいかと思って了承したらこれだ」


 異様な雰囲気を最初から感じ取っていた俺は少し気配を消し気味だ。樹も何となく合わせてか小声だし、ルリはそのよく分からない行為に夢中でこちらに気がついていない。

 よく分からないとは言うが、一つ言えるのは単に俺に懐いているという説明だけじゃ擁護ができない行為なのは確かだ。樹も若干引いている。


 竜太と雄平はまだ寝ているようで、それだけが救いだろうか。ルリもこの醜態のようなものをあまり晒したくはないはずだ。


 にやけ顔だけ見れば可愛らしいが……俺は仕方ないとばかりにため息を吐いた。

 

 「樹、少し部屋の外に出ててくれないか。あまりルリも見られたくはないだろうから」

 「別に構わんよ。にしてもなんというか……や、なんでもない」


 何か思うところがあるのか一度俺とルリを交互に見るが、それ以上聞くこともなく首を振って部屋から出ていった。

 恐らくはルリのこれを見て、疑問が湧き上がったのだろう。後で全員に上手く話しておいた方が良さそうだ。


 それはともかくとして、俺は念の為に風魔法の『静寂サイレンス』をかける。ベッドの区切りのこちらと向こう側で空気を分け、音が漏れないようにするものだ。

 俺が魔法を使っても特に反応を示さないルリへと、近づく。


 「ルリ」

 「ひゃっ……!?」


 どうやら本当に気がついていなかったらしい。声をかけた瞬間体を跳ねさせたルリは、それまで動いていたのが嘘のようにピクリとも動かなくなる。

 死んだわけじゃないのは当然だが、それにしたってそこまで驚くほど夢中だったのか。


 「……と、トウヤ……?」


 動揺した様子でこちらを確認してくるので、俺は分かりやすくベッドへ視線を走らせた。


 「あぁ俺だ。それで、何してるんだ?」

 「…………別に」

 「俺のベッドでゴロゴロしておいてそれは無理だろ」


 正確には俺の使っていた宿のベッドだが、どちらにせよルリにとっては俺のベッドであることが重要なのだろう。そして当然何でもないなんて事は有り得ない。

 

 「まだ半日しか使ってないが、なんかあるか?」

 「……えっと……トウヤの、匂い……するよ?」


 それが理由で俺のベッドに飛び込んだのだったら、かなりなんというか、アレと言いますか……ルリは枕に鼻辺りを押し付ける。

 匂いを嗅ぐなんて、本人の目の前でやることじゃないと思うのだが。


 「匂いフェチか……」

 「……ふぇち?」

 「いや、何でもない。何でもないが……その、流石にどうかと思うぞ。ベッドの匂いを嗅ぐのは」

 「…………トウヤが、居ない、のが、悪い……一日も、会ってなかった、のに」

 

 要するに、寂しかったから我慢ができなかったと言いたいのだろうか。会っていなかった時間は、昨日夕飯を食べてからぐらいとすると長くて半日程度のため一日というのは明らかに過剰だが、少なくともルリにとってベッドに飛び込むぐらいのことなのは理解出来た。


 ムスッと不満そうな顔で、ルリは体を起こす。やめた訳ではなく、代わりに今度はベッドのすぐ横にいた俺の腹辺りに顔を埋めた。


 「……ん」

 

 それでようやく満足そうにするルリ……腕を回してぎゅうっと抱きついてくるので、当然逃げられない。


 「…………トウヤは、良い匂いする、ね」

 「いつも嗅いでるだろ。というかルリ、一応部屋に人が居るんだが」

 「……魔法、かけてる、でしょ?」

 「だから平気って訳でもない」


 音が聞こえなければ問題がない訳では無い。何せ区切りはあっても扉などはなく、見ようと思えば見える場所。

 ルリはそれを理解していながら、止める気配は無い。いやむしろ……。


 「……どうして下がるんだよ」

 「……気の所為」


 気の所為ではなく、明らかにルリは下がって行った。今は下腹部に近い。それは控えめな表現であって、実際には下腹部どころかその先と言っても過言ではない。


 普段なら、いや普段でも本来はダメだが、それでも普段なら基本的にそこが当たるのはルリの腰やお腹、脚辺りのものだ。

 しかし今は顔……つまりそういう訳で。


 もし今背後から見られたらかなり危ない。何とは言わないが、ナニをしているような体勢だ。


 俺の腰辺りに顔を埋めている少女……一見しただけではまるでルリが俺に行為をしているようにも見えるだろう。

 むしろそれ以外には見えないかもしれない。雄平か竜太が起きてこちらを確認しに来れば、そんな誤解が生まれる可能性はかなり高いはずだ。その誤解をすぐに解くことは簡単だとしても、後々響く。

 

 少なくとも俺はこの体勢にそれ以外の想像が出来なくて、直視出来ず視線を逸らす。上から見下ろしているだけでも、ダメな程だ。


 どうしても昨夜の……が想起されてしまい、具体的な想像が頭の中を占拠する。


 「……想像、した?」

 「何をとは言わないが、そう聞くってことは意図的なのか?」

 「……そんなこと、ない。偶然」


 そう言いながらも、ルリの顔には明らかな微笑みがある。こちらの反応を見て楽しんでいるのか、スキンシップが取れて嬉しいのか。

 一体何時になったらこれが過剰すぎるスキンシップだと理解してくれるのか見当も付かないが、そこに顔を埋められるのは到底落ち着けるものでもない……脳を占める淫らな想像が劣情を誘ってきて、思わずルリの肩を掴み少し離した。


 一瞬きょとんとしたルリは、しかし直ぐに理解したように目を細める。


 「…………えっち」

 「不可抗力だろこれは。それと先にセクハラしたのはそっちだ」


 まぁ俺が早い段階でルリを引き離せば良かっただけなのだが、男として防ぎようがないのは事実。

 少なくとも向こうにもそういう意図が見えている状態では、想像してしまうことは避けられない。そこに欲を見せるのもまた、男なら抗いようもない。


 ルリが顔を埋めたままの状態だったら更に危なかっただろう。むしろ良く自制したと自分を褒めてやりたい。


 ただルリは俺の事を見上げて、なおも顔を近づけようとした。


 「おい、ダメだっての。というか人が居ると何度言えば……」

 「……居なかったら、良い?」

 「居なくてもダメだ。けど居たら尚更ダメだろ?」


 今の状態で顔をそこに当てられたら俺も多分……我慢出来ない。

 鍛錬で運動しスッキリした後とはいえ、今日は昨日のの影響で悶々としている。


 夢の中で解消したら現実でもそうなってくれたらいいのに、そんなことは無くむしろ俺の体は渇望してしまっている。

 だからこそ自制が必要だった。普段よりも強く、そして辛いそれ。


 俺はかけていた魔法を敢えて解き、強制的に終わりにすることにした。


 雄平や竜太に声は聞こえる状態。俺は人差し指を口元に当てるジェスチャーをしながら、ルリの手を引いてベッドから起こす。


 「とにかく、やるならせめて俺にバレないところでやってくれると助かる」

 「……気を、つける」

 

 話は戻ってベッドでゴロゴロしていた件だ。俺の行動に不満を見せていたルリだったが、素直に俺の話に乗ってきた。

 俺も俺で言っている内容は大概だが……素直に止めてくれと言うには、俺はルリを特別視しすぎている。


 遠慮無く関われる相手ではなく、その逆。どうしても丁寧に扱ってしまう。優しく扱ってしまう。

 それに俺も、ルリの行動に関して嫌になっているわけじゃない。ちょっと過激だなとは思うものの、結局のところそれがルリの愛情表現ならばこちらとしてはただただ可愛らしく、そして嬉しく思うだけだ。

 ちょっと過激だけども。


 「おう、ご苦労さん」

 「……無駄に爽やかな笑みの理由を聞いても?」

 「魔法まで使ってたから何してんだろうなって想像してただけだ」


 部屋の外に出ると待っていた樹が反応する……そりゃ魔法は察知されてしまうか。既に常時魔力を感知する技術は習得しているだろうし、俺も極限まで魔力を隠したわけじゃない。

 

 魔法の内容まではわからずとも、このタイミングで魔法を使用すること自体おかしなことだ。そして俺がルリに何かをしたのだというところまでは簡単に想像が着く。

 俺とルリの距離が近く、ルリがかなり俺に懐いている……好意を寄せていることが分かれば、男子高校生としてその『何か』の部分が変なものに解釈されても不自然ではない。


 実際若干変なものであったのは確かだし。 それを確信させないように俺は肩を竦める。


 「ルリの前で、というか女の子の前で変な事を言うなよ。引かれるぞ」

 「それはまぁ、確かにそうなんだが……ルリちゃんゴメンな。悪ノリが過ぎた」

 

 俺一人だけなら樹は幾らでも想像しただろうが、ルリが居るとなると別だ。例え遠回しであっても、結局のところ重要なのは相手がどう解釈したか。

 ルリは初心なところはあるが知識はあるし、遠回しな表現に関しても普通に気がつく。樹の言葉もそういうものとして捉えただろう。樹もそう考えたからこそ素直に話を止めた。


 とはいえ気にしていない様子のルリ。ふるふると首を横に振って構わないと伝えていた。


 「それにしても、まだ雄平達は寝てたがいいのか?」

 「ん、あぁ、そろそろ起こすから平気だ───そういや刀哉、お前は今日の予定は聞いたか?」

 「いや特には。また迷宮に行くんじゃないのか?」

 「そうだといいんだが、そうじゃないっぽいぞ。今朝お前と拓磨が外に出てる間にクリスちゃんが来てな……今日はこの後この国の王様に謁見だそうだ」

 「謁見?」

 「ようは正式に顔見せをするってこった。一応この国に来たのはお忍びではあっても正式なものだ。勝手に国に入って勝手に迷宮攻略して……なんてのは出来ない。昨日はまぁ旅の疲れを癒すためという名目で一日貰ったみたいだけどな」

 

 樹は特段変わった様子も見せずに肩を竦める。王様との謁見ともなれば普通は感覚が麻痺するか緊張で腹でも痛くなりそうなものだが、そんなものとは無縁に見える。

 これもまた、成長なのだろうか。少なくとも高校生活を送っていた頃では有り得ないものだ。


 「……ん? それって、俺はどうするんだ? クリスは何か言ってたか?」

 「いや特には……そうか、お前は一応体裁的には勇者の仲間的な感じであって勇者じゃないのか」

 「ルリとも兄妹で通してるからな。となると俺は別にお呼びじゃ無い可用性はあるか……」


 俺とルリはあくまでも黒髪黒目の珍しい兄妹。樹達とはたまたま出会っただけで別に元から関係があった訳では無い。


 仮にもそれで通しているので、行く必要は無いと言えば無い。


 問題は、それが本当に通っているかどうか……もしも向こうにバレているのなら、現状特に何もされていない以上、むしろこちらからしっかりと出向いた方が良い可能性もある。

 演技をしたのも最初だけ。宿の中まで監視されているとは思えないが、会話に常に気を配っていた訳でもないので、気づかれていないとは言い切れない。


 ……いや、裏を返せば、まだバレたと決まったわけじゃ無い以上、俺と樹達が一緒に謁見するのは危険だ。無意識的に信頼している距離感は、そのまま非常に親しい仲であることがバレる。

 たった一日でそんな関係になるのは難しい。向こうが疑っていた場合、そういった部分は当然違和感として映るはずで、黒と断定する要素を一つ与えてしまうことになる。


 結局のところクリスに一度確認してからになるが、俺としては行くのは悪手に思えた。


 「何にせよ、そういう事だから女子達の様子を見てきてくれないか? 早めの準備が必要になるかもしれんしな」

 「あぁ、分かった。こっちはその後クリスに確認してみる」

 


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 最近はブルアカにハマっているのですがね、実は今日はそれをやってて投稿時間逃しました申し訳ない……次回は明明後日辺りです。

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