第48話

 遅刻遅刻!!



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 第一層において苦戦することはまずない。その予想は当たっており、拓磨達も樹達も何も問題無く次の階層に行くことが出来るだろうと判断した。


 樹達の方もゴブリン相手では連携という連携を見せる暇もなく、むしろこれだと具体的な戦闘能力も分からないほどだ。ただし第二層からは幸か不幸か良い感じの敵が出てくる。


 「───よし、一度ここで分かれるか」

 「分かれる? ……あぁ、本格的に別行動を始めるということか」

 「そうそう。常に八人で行動するにはここは手狭だし、今は俺達も居るから十人だ。毎回この人数で来る訳でもないだろうし、一度分かれた方が良いかと思ってな」


 第二層に来て直ぐに俺が提案すれば、少し考えた後に拓磨は頷く。戦うのは片方で、もう片方が常に控えているというのは有事の際に安全に対策が出来るとも考えられるが、戦力強化という本来の目的を見失いかねない。

 効率と安全性を天秤にかけるなら、釣り合わなければならない。どちらに偏りすぎてもダメなのだ。


 そう考えた時、あくまで俺なりのものではあるが、やはり半々でチームを分けた方が良いだろうと。


 「なんでまぁ、そうだな……樹は道、覚えてられたりするか?」

 「階段までの道のり? この殺風景の中、しかも戦闘を挟むとなると……いや、大丈夫だと思うぜ」

 「流石に頼もしいな。んじゃ拓磨、これを貸しとく」


 そう言って俺は拓磨に一枚の紙切れを渡す。それは俺が以前購入した第二層の地図だ。


 「現在地がここで、全体がこんな感じになってる。一応居場所は常に把握するようにして、出来るか?」

 「当然だ」

 「オーケー、じゃあここで一度分かれよう。ルリ、拓磨達の方に着いてってもらえるか?」

 「…………ぁ、わたし、たち、も、別れる……?」

 「あぁ、もし何かあった時にルリに対応してもらいたい。俺は樹達の方に着いていくからルリにお願いしたいんだが……ダメか?」


 ここでルリに声をかけると、ルリは呆気に取られていたのか少し反応が遅れた。

 ルリの思いが分からないわけじゃない。俺としてもまぁ、ルリとずっと居たのもあって何となく分かれることには抵抗があるし、ルリの方も何も問題が起こらないとある意味退屈だろう。


 ただそれでも、今日だけはお願いしたい。


 だから少し俺への好意に甘える形でお願いしてしまう。我ながら汚いとは思うが、初日ぐらいは安全に進めた方が俺も拓磨達も安心すると考えてのものだ。


 「無理にとは言わない。ただ手伝ってくれると俺が凄く嬉しいってだけだ」

 「……ダメって、言って、ない」

 

 そしてルリも断ることは無い。俺が同じことをされても断れないだろう。弱みにつけ込んでいるような部分はある。

 これは後でお返ししないとな。俺が拓磨達の安全に配慮するのは友人として当然だが、ルリには関係の無いこと。それに付き合わせている以上、誠意を見せなければ。


 感謝の言葉だけじゃなく、行動等で。


 「ありがとな、ルリが優しくて良かった……拓磨、そういう事だから何かあったらルリに相談してくれ。あと、あまり話し上手じゃないから、そこら辺も気を使ってくれると俺もルリも助かる」

 「了解した。ルリ、本当は刀哉と居たいだろうに、わざわざありがとう。一同を代表して感謝する」

 「……別に、トウヤと居たい、とか、そういう訳じゃ……」

 「何にせよ気遣いに感謝するのは当然だ」


 相変わらず拓磨は堅苦しく真面目だ。しかしそれが持ち味なのだろう。むしろそれが無ければ拓磨とは言えないし、その毅然とした態度が信頼を集める。

 俺もそんな拓磨のことを気に入っていて、頼りにしている。本来はルリが拓磨達を助ける役割を持っているが、拓磨だからこそ俺もルリを任せられると言おうか。


 こいつなら万事上手く運んでくれるという、そんな信頼。もしルリに対応できないことがあったら、拓磨が対応してくれるはずだ。


 「それじゃあ一応気をつけて。そうだな……何も無ければ二時間後ぐらいにまたここで落ち合おうか」

 「二時間後だな、分かった。そっちも気をつけろ」

 「あいよ、お互いにな」


 最後の言葉は樹が片手を上げて反応したものだった。それに応えて拓磨も片手を上げ、自らが進むべき方向へと歩き始めた。


 その去り際にルリが、視線を向けてくる。


 俺にとって拓磨達との再会は喜ぶべきものであったが、ルリにとってはどうだろうか。特に親しい間柄の人間がいる訳では無いし、強いて言うならクリスや女性陣との出会いぐらいだが、ともかく一概に嬉しいイベントと言うことは出来ないはずだ。


 少なくとも二人の時間は確実に減る。そしてそれに対しルリが複雑な気持ちを抱いているのは明らか。


 「……また」

 「あぁ、また二時間後に」


 その可能性を考えながらも、俺は気の利いた言葉をかけることも無く拓磨達を、ルリを見送る。


 「……刀哉君」

 「平気、平気だから」


 そんな俺の姿がどこか哀愁漂うものだったのだろうか。叶恵が神妙な声で名前を呼ぶが首を振って答え、樹に向き直った。


 「んじゃこっちも行くか。樹、ここから先は自由に動いてくれ。俺は後ろで見てる」

 「了解。悪ぃな、手間かけさせて」

 「多少とはいえ、実際俺の方が迷宮に関しては先輩だからな。それに、これも友人のよしみって奴だから気にすんな」


 これが他人だったら少し面倒くさかったかもしれないが、相手は親友やクラスメイト、嫌な事は何もない。


 「そりゃ有難いな、うっし頑張りますか」

 「おうよ!」

 「夜栄君が来てくれるんか、安心やなぁ」

 

 そう言って気合を入れる三人だが、叶恵は少し反応が薄い。だが俺が顔を向けると何事も無かったかのように「竜太君は特に怪我とか気をつけてね」と言いながら自然と会話に参加し、歩き出す。

 何か気になるという程のものでは無い。単に反応が遅れるなんて誰にでもあることだ。


 ただ何となく、違和感のようなものが残ってしまっただけに過ぎない。


 「……ここからは一応、ゴブリンじゃなくなるから気をつけろよ」

 「わぁってるよ。ヘマはしない」


 それなら良いが、と俺も樹達後をを軽い足取りで追い始めた。




 ◆◇◆




 「───前々から気になっていたのだが」

 「……?」


 第二層で刀哉と分かれたすぐ後。拓磨は通路の先の気配に警戒しながらも、すぐ後ろをついてくる少女、ルリに言葉を向けた。

 背後で首を傾げたルリは、無意識か意識的か果穂の傍に居る。やはり同性の近くに居た方が安心するのかもしれないがそれはともかく、拓磨は続けた。


 「君は何故刀哉と一緒に? それだけがずっと気になっていた」


 雄平は手持ち無沙汰なのか顔に手を当てながら、美咲は拓磨と共に警戒しながら歩いていて、どちらもあまり気にしていないように見えてその実拓磨の言葉に耳を傾けているようだった。


 果穂に関しては、明らか興味のある雰囲気だ。


 拓磨もずっと疑問ではあった。何故このような少女が刀哉と共にいるのか。

 もちろんクリス経由で理由に関しては聞いている。何でも刀哉が城を出る条件として誰かしらを同行させる必要があったらしいが、その際にルリに声をかけてオーケーを出したのだと。


 だがそれは表面的な話。そもそも何故ルリは刀哉と同行することに了承したのかという部分が不思議なのだ。良いよ良いよと安請け合い出来るほど簡単な用件でもない。


 日程不明の危険な旅。刀哉がずっと連れていたり、わざわざ今回も二人で手分けしたりしていたことからも戦闘能力に関して問題ないのは把握できる。だがそれでも出来る出来ないの要素だけで判断できるものでは無い。

 善意によるものか、何かルリ自身にも利益があったのか、はたまた……。


 「刀哉の手前口には出さなかったが、君が何かを考えているのではないか。そういう理由も疑える」

 「ちょ、拓磨それは言い過ぎじゃないの? ルリちゃんだって……」

 「すまないが、咎めるなら後にしてくれ」


 美咲が横から拓磨を咎めるも、拓磨は気にしない。

 むしろ拓磨は例え険悪な雰囲気になろうとも聞き出さなければならないと考えていた。それはルリ自身の勇者への、クラスメイトへの印象を悪くしてしまう危険性も孕んでいるが、看過できないことがあるのも事実。


 雄平と果穂の二人も少し険しい顔をしていて、だが止めないのは拓磨の意図を図りかねている故か。


 「……私、が、トウヤに、悪いこと、を……?」

 「そうだ。決めつけている訳ではなく、その可能性も考えられるというだけの話だが、ともかく俺は君の口から聞いておきたい。刀哉と一緒にいる理由は、善意や感情的なものか? それともたまたまの利害の一致なのか? もしくは……話すことが出来ないものなのか?」

 「…………」


 いつしか拓磨は足を止めていた。歩きながらする話では無かったし、拓磨自身警戒をしながらこんな会話をするのは無理だったというのもある。

 思ったよりも感情が先走っていて、集中が途切れてしまっていた。普段よりも饒舌になっているのがその証拠だろう。

 刀哉のことに関して熱くなってしまうのはいつもの事だが、それを客観的に認識できるだけの冷静さはまだ持っていたようだ。

 

 拓磨には、刀哉のように天才的なの良さは無い。だがリーダーという立場を通して得た観察能力はある。


 少なくともルリは悪い人間ではないと思うし、拓磨自身半ばそうだと確信している。普通だったらこんなことすら聞かない。


 それでも聞いてしまっているのは、何より刀哉のことだからであって。


 「ルリ。一体どうなんだ?」

 「……私、は」


 確認のための質問を投げかければ、ルリは考え込むように顔を下げる。


 それは、事実を隠すために誤魔化しの言葉を考えているのか、はたまたいきなりの質問に、自身の思考を整理しているのか。そんな思考までを読むことは拓磨には出来ず、だからどういう意図で一度口を噤んだのかを判断することは出来なかった。


 だが何にせよ、拓磨が待っていたのはほんの数秒程度で済む。ルリは再び口を開いて、拓磨だけでなくこの場にいる四人に伝えようと言葉を発した。


 「……私、は……トウヤと、一緒に居たい、から、一緒に居る。目的は、それだけ……トウヤがここ以外に、行く、なら、私も一緒に、行く」


 何かを隠したりではなく、それが本心なのだと伝えてやまんばかりに……ルリは初めてそこで、拓磨の顔をしっかりと見返した。

 瞳に力強さはない。ふとした瞬間に消えてしまいそうな儚さを持っていて、それは彼女の印象と何一つ変わらないだろう。


 それでも、その儚さをかき消すように少女はじっと拓磨を見つめていた。


 「…………これで、いい?」


 そして無表情に首を傾げる。その顔は困惑でもなんでもなく、言うべきことは言ったと堂々としていて、誤魔化しているような様子など一切ない。


 「拓磨、もう良いんじゃないの? ルリちゃんが嘘をついてるようには見えないけど」

 「……そうだな」


 目を一度閉じ、そして開く。美咲に促されるまでもなく、彼の中からも疑念は消え去っていた。

 

 「尋問のような真似をしてすまなかった、ルリ。謝罪する。君には悪意なんてない……俺が疑り深いだけで、他の皆は君に対し好意的だからどうか気を悪くしないで欲しい」

 「……別、に。気にしてない」

 「そう言って貰えると有難い」


 ルリは頭を下げた拓磨に対し、首を横に振った。気分を害したようには見えず、拓磨は内心ほっとしていた。

 自分が嫌われるのは構わないが、仲間まで、友人まで一緒に嫌われてしまったら謝罪では済まない。関係悪化は精神にも負担を及ぼす。


 ルリと拓磨達がこの先どの程度の交流を持つことになるかは分からないが、ルリの言葉を真実と仮定するならば、刀哉が居る=ルリが居るということになる。そんなルリと険悪な状態になるのは避けるのが一番だ。


 「お前達も、足を止めて悪かった。改めて探索を再開しよう」



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 次回、明日、用事あるから、ちょい遅れるかもです!! 具体的には明明後日+1日とか!


 以上!

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