第13話



 「───ダメです」


 早速の否定。俺は案内された部屋───今回は応接室のような場所───で、目の前のクリスから却下されたことに、頭をかきたい気分だった。


 もちろん何を却下されたのかは言うまでもない。俺が外に出ることに関してだ。


 「一応理由を聞いてもいいか?」

 「まだトウヤ様達は召喚されて10日程度です。こちらの世界の常識を学ぶには明らかに時間不足ですし、そんな中一人で出るなど、命知らずにも程があります。聡明なトウヤ様ならそのくらいお分かりのはず」


 淡々と王女の顔で述べるクリス。そのくらいなら何とでもなると思っているからの提案なのだが、少し楽観視が過ぎたのだろうか。

 けれど、世間知らずが旅をすることなんて有り触れているはずだ。まぁ厄介事には大なり小なり巻き込まれるかもしれないが、不良に絡まれたりするぐらいなら返り討ちだ。少なくとも戦力に関しては俺はある程度自信があるし、その真偽も魔族を倒したことで示した。


 まだ絶対とは言えないが、大抵の相手なら倒せるだろう。それこそ、騎士団の騎士ぐらいならは問題は無いと思われる。グレイさんやマリーさんのように規格外の存在に関しても真正面からでは敵わないが、魔法の使い方次第では逃亡ぐらいはできるかもしれない。


 「一応それなりに自信があるから言ってるんだが……」

 「例えある程度トウヤ様に自信があり、事実その通りなのだと思いますが、絶対はありません。第一、勇者の存在はまだ公表していないんですよ? そこはどうするつもりですか?」

 「田舎から上京……もとい、やってきたってことで誤魔化すよ。顔立ちは違うだろうけど、自分から勇者だと言わない限り、そう簡単にはバレないだろうし、そもそも信じて貰えない可能性の方が高いからな」

 「ですが、ステータスには勇者と示すような証拠があります。王都のように主要の都市では、ステータスプレートや[鑑定]のスキルを用いた検査がありますが、それはどう避けるおつもりです?」

 「ステータスを誤魔化せるスキルを俺は持ってるから、平気だ」

 「黒髪黒目はこちらの世界ではとても珍しいですよ?」

 「全く居ないわけじゃないから平気だし、どうしても目立つようなら髪を染めることも考えてる」


 問題点を指摘されるが、その辺は考えている。考える素振りも見せずに返せば、クリスは思惑通りには行かないことに仮面の下で面白くなさそうな感情を見せるが、それも一瞬。


 「……トウヤ様は聡明ですが、同時に厄介でもあります」

 「却下される可能性は考えてたからな」


 指摘されるかもしれない部分や、強調した方がいい部分。話の内容は予想出来ていたから、事前に考えるのはそう難しくない。ただそれでも最初に却下が来るのは想定していなかったが、それも順序が狂っただけだ。


 あとはクリスがどう答えるか次第、なのだが……。


 「はぁ……それでも、一人で行くのはダメです。何度も言いますが、絶対が無い以上トウヤ様を一人で行かせるのは無理です」

 

 諦観のため息を吐きながら、それでも否定の姿勢を見せる。


 これには流石に俺も一瞬止まる。今の流れは認めてくれるところではないか。


 「顔に出ていますよトウヤ様」

 「顔に出してるんだ。一応俺が出ても問題ない根拠は示したはずなんだが……」

 「前提が違いますから。トウヤ様は純粋にご自身を『勇者の一人』として話しているかもしれませんが、私からしてみれば貴方は、単なる勇者ではなく、勇者の中でも『最も能力が高い存在』です」


 素直な賞賛だが、それを理由にすることで逃げ道が塞がれていくのが分かる。これはミスったかもしれないと。


 「リーダーとしての資質においてはタクマ様に軍配が上がるかもしれませんが、それ以外に関しては、タクマ様や高い戦力を持つシンジ様と比べても頭一つ以上突出しています。そんな貴方だからこそ、容易に外には出せないんですよ」


 俺自身の問題であることを告げられれば、どれだけ根拠を示したところで納得を得られる可能性は低いだろう。それが俺自身の能力の高さを指摘するものなら、尚更。

 ただでさえ貴重な勇者の中でも、とりわけ優秀な存在。なるほど、簡単に手放せはしない。俺が俺自身の能力を貶めたところで、客観的な事実は無くせないし、クリス相手ではそう簡単に誤魔化せるとも思わない。完全にポーカーフェイスを保ったところで、難しい。


 「分かってくれましたか?」

 「クリスの言い分はわかった。高く評価してもらってることは有難いし、それ故に簡単に一人で出す訳にはいかないのも理解出来る」

 「……ですが納得はしてないと」

 「その通り」


 相変わらず鋭い子だ。俺とて覚悟を決めては来ているし、これ以上誰も死なせないために必要な事だと判断しているのだ。


 簡単には引き下がれない。


 「保留にしてた褒賞があっただろう? それを今、渡して欲しい」

 「大抵の望みが叶うとはいえ、あくまでそれを与えるのは王族である私達です。その願いを、私が了承すると思いますか?」


 一応それなりの有効打だと思ったのだが、クリスはすげなくあしらう。罪悪感を刺激するというか、それ以外にも貸し借りをここで精算しておくのはクリスにとっても良いことだと思うのだが、取り付く島もない。


 「後でもっと大きなことを要求するかもしれないぞ」

 「ダメなものはダメと言いますし、私としては、その要求を飲むことでトウヤ様に危険が及ぶ可能性の方が看過できません」


 それを言われると中々指摘しにくい。結局のところクリスは、心配してくれているのだろう。それだけでは無いが、それが見て分かる。

 命の恩人だからか、はたまた砕けた言葉遣いの仲だからか。理由なんてなんでもいい。一つ言えるのは、心配という理由があると中々動きづらく、こちらとしてもやりにくということだ。


 さて、最も有効な手段と考えていた褒賞の件を出すというのは空振りに終わった。クリスとしては早いところ話を終わらせたいはずで、あと1秒もしないうちに会話の切り上げを図るだろう。


 そうなる前にどこか切り崩すための要素を考えて……ふと。


 「なぁ、俺が一人で行くのは危険だからダメなんだろう?」

 「その通りです。あ、他の勇者様を連れていくというのも同じ理由で認められませんよ。常識の欠如は時に大きな問題を呼びますし、勇者様が何人行こうとそれは変わりません」

 「流石にアイツらを付き合わせるなんてことはしない」

 「では?」


 あまりいい表情では無かったが、クリスは一応俺の提案を聞いてくれるらしい。フェアな部分に感謝しつつ、俺は少し考える。


 クリスも、戦力に関してはきっと認めてくれているはずだ。問題は、常識や立場の方。確かに俺にはその手の知識が足りていない。例えば魔法やスキル、ステータス、そっち系の知識は最初に仕入れてはいたものの、常識を綴った本などそう簡単には無いので、調べるのも難しい。


 だが、常識というのは『知っていて当然のこと』を示している。つまり、大抵の人間がそれを知り得ているということで、ぶっちゃければ勇者以外の人間なら大抵当てはまる。


 常識が足りていないのなら、補ってくれる人を一緒に連れていけばいい。知識に関して豊富な人間を、俺は一人知っている。


 何より、勇者を連れていくのはダメ、という言い方から察するに、他の人間を連れて行く分には問題なく、そこに関して却下を下すつもりも現状はないということではないか。


 「一人、心当たりがある。可能性としては五分五分だが……」

 「……例えあてがあったとして、身分はどうしますか? 現状では貴方を勇者として送り出すことはまず無理ですから、身分は偽る必要があります。数日間の滞在許可を出すことは可能ですが、身分証を作るには……」

 

 当然だが、この世界にも身分証明証は存在する。恐らく地球ほど正確なものでは無いが、その人物の出自や年齢を示したもので、基本的に主要な都市への出入りや、ある程度以上のグレードの店に入る時に必要となる。


 そしてこれまた当然ながら、身分証の偽造はこの世界でも犯罪だ。王族ならばその事実はなかったことに出来るだろうが、それは言わば汚職に近い。クリスはそれをするつもりは無いということで、俺もそんなことを頼むつもりは無い。


 しかし、ならば身分証を発行するにはどうするか。ここは先人の知識と、それを裏付ける本の知識から、最適な答えが得られる。


 「この世界には、冒険者〃〃〃という職業があるだろ? あそこでは確か、冒険者としての身分証が作れたはずだ。その性質上、身分証の発行は口頭による申告のみで行えるから、俺でも出来ると思うんだが」

 「……もしやと思ってはいましたが、トウヤ様は外に出た後、冒険者として生活するおつもりなのですか?」

 「そのつもりと言うか、身分や金銭云々も合わせると、それ以外道がないと考えている」


 呆れたような表情をするクリス。だが俺としては何も意外性を感じてはいない。

 お金を稼ぐ方法が先ず限られている。そしてこの場に居座るつもりでもないので、職場が決まっている職業は困るし、何より現状の俺が身分証を合法的に入手できる方法は、冒険者という職業に就くことぐらいしかない。


 なので冒険者として生活するのは当たり前だ。魔物を倒して路銀を稼ぎつつ、移動出来たらいいなと考えていたり。

 まぁ、ゴブリン程度では何体倒したところで小遣いぐらいにしかならないが。


 「……勇者ということを公表してからなら、もっと快適な旅が送れるかと思いますが」

 「少しでも早めに行動しておきたい。それに、自分自身で色々賄ってこそ、様々な状況に対応できる技能が身につく。勇者だから、この先は誰よりも戦いに身を投じることになるだろうし、今のうちにな」

 「……分かりました。身分に関しては問題ないと判断します。しかし話を戻しますが、トウヤ様が連れていこうとしている方はどなたなのですか? グレイやマリーは当然離れられませんし、サラも所属としてはこの城、ひいては私とお父様が雇用していますから難しいですし、トウヤ様が他に交流のある相手となると……」


 少し考えて、クリスはハッと顔を上げた。その表情を見るに、やはり意外と言うか、考えにくい結果なのだろう。

 騎士団や魔法師団からは抜け出せず、もちろん大臣などの高官も同様。メイドもダメとなると、必然的に選択肢は限られてきて、その中でも勇者と交流しうる可能性が高い人物をピックアップ。


 そうして出てきた結果が、クリスにとっては驚くもののようだ。


 「───まさか、彼女ですか? とても気難しい方で、あの場からは動かないと思いますが」


 そして、その言葉から俺はクリスの予想した人物が俺と同じであることを悟りつつ、同時に互いの印象に差があることも把握する。


 「どうかな、俺としては脈アリだと思うんだが……」

 「ですが、あの方が離れると……いえ、分かりました。私の予想ではいい返事が貰える可能性も低いですし、私の方から声をかけておきます」

 「いや、そのぐらいは俺がするぞ」

 「心配しなくとも、公平性のある発言しかしません。あくまでトウヤ様の考えを伝え、同行するかどうかを聞くだけで、それ以上のことは何も言いませんよ」


 別にクリスが自分に都合のいい会話をするとは考えていない。単純に煩わせたくなかっただけなのだが。


 「せめてメイドに任せてもいいんじゃないか?」

 「私自身が行けばあの方も動くと思いますから。メイドだと、良く動いてくれないことがあるんです」


 どうやら物臭なところは周知されている様子。そう言われてしまうと俺もなんとも言えないので、じゃあと頷くことしか出来ない。


 「返事だけ聞いて、すぐに戻ってきます」

 「もしアイツが良いって言ったら……」

 「分かってますよ、王族に二言はありません。その場合は身分問題なし、戦力問題なし、常識も彼女の補佐があるので問題なしとして、お父様に代わって私が、貴方の外出許可を出します」


 それなら、安心だ。わざわざ言質を取るまでもなく、クリスは根っから真面目なので問題はなかったようだが。


 クリスが部屋を出ていく。何処にいるかなんてのはもう考えなくともわかる。大体俺が交流を持っている相手がそれぐらいしか居ないからな……まぁ、確かに意外なんだろうが。


 何はともあれ、これでやれることはやった。あとは、流れに身を任せるしかない。これ以上俺が出せる交渉のネタもないしな。

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