第1章 幕間

幼き王女殿下と意地悪な勇者

 何故かロリさが増してしまった王女殿下のお話です。


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 基本的には夕食の後に皆風呂に入るので、大抵浴場には全員揃っているのだが、一方で拓磨はこの数日間で既に三回ほど風呂に入る時間がズレている。


 今日もそうだ。俺が風呂から出てもまだ居らず、また俺達の知らないところで難しい話をしているのだろうと思う。

 少しは手伝ってやれたらいいのだが、果たして拓磨が了承するかどうか。こういうのは拓磨本人と話して肩の荷を下ろしてやるのがいいんだが、拓磨自身がそれを負担に思わなければ、アイツは自分でやろうとするだろう。


 今は見守るしかない……そう判断したのだが、風呂から部屋へと戻る道中、ふと、拓磨と、そして金髪碧眼の美少女───王女が何かを話している場面を発見する。


 少なくとも世間話では無さそうだ。


 微かに聞こえてくる声から判断する。全容は見えないが、王女が拓磨を心配しているらしい。


 普通なら『なんだ、王女様といい感じじゃないか』なんて後で茶々でも入れるのだが、残念ながらこちらの世界ではそういう気にもなれない。色恋沙汰、それも王女となんてなれば、どんな問題があることやら……。


 拓磨と王女がそこで別れる。拓磨は奥に、王女はこちらに……廊下の角で何気なく気配を消していたが、残念ながら王女は横目でこちらを見つけてしまった。


 「あら、トウヤ様。こんばんは。そんな所でお隠れになって……どうかなさいました?」


 わざわざこちらまでやってきて、真ん丸とした碧眼が、下から俺の事を見上げる。


 先程拓磨と王女が話していた位置からは、ここは随分と離れている。聞き耳を立てていた、とは考えなかったらしい。


 王女とは初日以降ほとんど話したことがないので少々戸惑うが、そこはそれ、仮にも高いコミュニケーション能力を自称している俺なので、ポーカーフェイスを保っておく。

 ほとんど話したことがない俺の名前を覚えていてくれたのは、王女の記憶力が飛び抜けていいからなのだろう……と思うには、少し俺個人に対してなにか思うところがある様子。


 「王女殿下、こんばんは。隠れていたつもりはありません。たまたま王女殿下が通りかかるのが見えたので、道を譲ろうと思ったのです」

 「まぁ、そうなんですの? ゴメンなさい、気を遣わせてしまいましたね……勇者なんですから、もっと堂々となさって構わないんですよ?」

 「いえ……では、次からはそのように」


 お世辞ならば遠慮を見せても良かったが、お世辞ではなく純粋に言っているようだったので素直に頷く。世辞と本音の見分けを間違えると、遠慮しなくていい所で遠慮し、遠慮すべき所で遠慮しない、なんてことになりかねないからな。


 そうやって答えれば、満足させられたらしい。俺よりも20センチ近く低い王女は、ゆったりとした動作で頷き、笑みを見せる。


 「ふふ。タクマ様もそのぐらい素直になってくれたら良いのですけど……」

 

 どうやら拓磨は素直ではないらしい。あいつの事だ。立場をはっきりさせるためとかそんな感じである意味遠慮しないのだろう。

 その言葉を聞き終えたところで、俺はそろそろこの場から逃げ出したくなっていた。


 というのも、王女と話すのは非常にこう、神経を使う。なるほど、拓磨があまり王女と話すことに乗り気でないわけだ。


 「じゃあ、自分はこれで───」

 「あぁお待ちになってください」


 そのままそそくさと別れようと思ったのだが、残念。王女は俺のことを引きとめてしまう。


 「……えっと、何か?」

 「そう避けなくともいいではありませんか。何故皆様、そうやってお避けになるのでしょう?」


 いや、そんな純粋な質問で聞かれても答えは明白なのだが。


 「……緊張するからでしょう。相手は王女殿下、下手なことを喋りたくはありませんから」

 「まぁっ、私、そんな言葉遣いやちょっとしたことで目くじらを立てるような器の狭い女ではありませんのよ? むしろ他の王族貴族の方よりも寛容であるように心がけておりますの」


 心外だとでも言うように口元を覆いつつ、そしてそっとスカートの裾を摘む。

 確かに、イメージしているよりはとても話しやすいのだろうが、それでも王女という肩書きは大きい。


 「タクマ様にも、もっと砕けた言葉遣いで構わないと言っているのに、ちっともそうして下さらないんですよ? トウヤ様はどう思いますか?」


 と、小首を傾げて聞いてくる。普段は雰囲気からして一般人が近寄ってはいけない感じがするのだが、こうして話していると、少しだけ、歳下というイメージが強くなるな。


 それとも、俺の緊張をほぐそうとしてくれているのか。はたまた、会話の主導権を握ろうとしているのか。


 僅かに計算された行動であるような気がするのだ。別に、だからといって気にする事はないのだが。


 「俺……私に意見を聞かれましても。いえ、拓磨は勇者のリーダー役を引き受けていますし、そういう立場もあっての事だと思うので、御容赦をお願い頂ければ」

 「それでもいいと言っていますのに……そうですわ。トウヤ様が私と普通に喋れば、タクマ様も少しは改めてくれるのではなくて?」

 「私がそうしても、拓磨にとっては関係ない事だと思いますが……」


 実際には、多少なりとも気にするかもしれない。俺と王女が今後も話すことがあったり、俺が拓磨にこのことを伝える機会があればだが。

 とはいえ、王女が何かしら確信があってそういったことも知っている。俺が拓磨に影響すると、踏んでいるのだろう。


 「そう知らぬ顔をしないでくださいまし。タクマ様からは、誰よりも頼りになる、英雄のような人物だとお聞きしました。それこそ、勇者の話となればトウヤ様のことばかり、なんて程です」

 「……あの野郎」


 しかし、そういうものとは思っていなかった。王女の前であるというのに、俺は苦々しい顔でそう声に出していた。

 根回ししていやがったのか、まさか。いや、わざとではあるまい。勇者の話の時に、自然と俺の話が出てしまったのだろう、きっと。そうなればあとは、アイツの俺に対する評価からして、どういう風に話されるかもわかる。


 あぁ、もしかして、だからか? だから王女の瞳に確かな期待とキラキラしたものが見えるのか?

 だから、俺のことも知っていると。


 「……多少なりとも誇張が入ってると思ってください」

 「何を言いますか。レベル1という身でありながら、現役の騎士を下し、マリーから魔法師団に誘われるなんて、勇者であっても出来ないことだと思いますよ?」


 王女殿下ともあろうお方が、一勇者のことをそこまで把握してくれているなんて嬉しいですね……白々しく思う。


 「それでいて人間としても信頼出来ると、堅物で生真面目なタクマ様が仰ったんです。無条件で貴方を信頼している訳ではありませんが、その腕と、人間性については、王女として期待しています」

 「それは光栄でございますが……そうだとしても、私が言葉遣いを変えたとして、それで拓磨も変えるかと聞かれれば頷くのは難しいです。多少は考えるかもしれませんが、拓磨は今、リーダーとしての責務でいっぱいでしょうからね」

 「でしたら、タクマ様のことは抜きにして、普通に言葉遣いを変えてはくださいませんか?」


 そう言って、胸の前で手を組んで、あざとく上目遣い。

 なるほど王女、自分の見た目をよく理解して、そして使っている。健気な王女と、そんな印象すら抱いてしまうほどに。


 そもそも王女が俺にこだわる理由は、確実に実力云々に関してだろう。


 王女として期待している……その言葉はそういう意味のはず。


 特に躊躇い無く、首を横に振る。


 「難しいですね。王女殿下にはこの言葉遣いでないと落ち着かないですから」

 「もぅ、そんな意地悪なこと言わないでくださいまし。国の王女と、救世主とも言える勇者、本来なら、立場は勇者の方が上なのです。歳下の子女を相手にするように話してくださって結構です」


 そう言って、一歩近づいてくる。そうすれば、それは男を惑わす距離だ。一歩の距離で、鼻腔をくすぐる香りが強くなる。

 もしこれをされれば、拓磨と言えどドギマギしてしまうかもしれない。鼓動を高鳴らせて、動揺したり。

 王女は歳下ではあるが、その美貌と可憐さ、そして清楚な雰囲気……どれもこれも、男には耐え難い。


 その状態で王女という立場の相手から何かを言われれば、思わず頷いてしまうかもしれない。慌てて取り消す、なんてことは王女の性格的に笑ってやり過ごされてしまうだろう。


 「───それは、命令ですか? それとも、お願いですか?」

 「……素直に頷いては下さらないのですね」

 「申し訳ありません、ですが、もう少し近い距離感での会話をお望みであれば、このくらいは見逃していただけますよね?」


 少し意地悪な質問。残念ながら動揺は見せない。何せ俺は幼馴染みがあの美少女であり、そして家族も勿論…………。


 ともかく、そういうのには人一倍耐性がある。思惑が外れたのか、王女の少しだけむくれた表情を見れたので、ちょっとした仕返しはできただろう。


 「……お願いですわ、トウヤ様。私、トウヤ様ともっと仲良くなりたいのです……ダメ、でしょうか?」


 それでも、その返しは正直予想以上のものだった。王女相手にこんなことを言わせるのは、中々くるものがあるな。

 俺の手を掴んでくるおまけ付きだ。計算された行動なのは目に見えているが、ここまで王女が言ってくるのであれば、俺が読めてない意図もないだろう。裏なんてない、純粋な話として受け取っていいはずだ。


 拓磨が頑なに言葉遣いを変えなかったことから、俺も変えない方がいいかもしれないと思ったが、別に心配するようなことは無い様子。


 「承りました。もし次にお話する機会があれば、その時は」


 しかし最後までこちらも素直ではない。あくまで次に持ち越す。今からではなく、次回から。どこまでも思惑通りに進ませはしない。こういうちょっとした会話に計算を入れてくる相手なら、俺も意地悪するのだ。


 いくら王女だからといって、歳上をからかわないでくれ、という意図も含めたものだが。


 「………意外と、タクマ様の方が可愛げがあったのですね」

 「歳下の王女殿下にそんなことを言われたと知れば、流石の拓磨も苦い顔をするでしょう」

 「そういう返しは、タクマ様はしませんわ」


 ぷいっ。年相応の反応をようやくしてくれた王女は、そのまま自分から俺に背を向けて、「お次に話す時は、もう少し感情を見せてくれると嬉しいです」と言った。


 感情を隠しているのではなく、ポーカーフェイスでボロが出ないようにしているのだが。どうしてもそうなってしまう。


 「王女殿下がお相手ですから」

 「……次を楽しみにしています」


 それでも、少なくとも再度話の機会を望んでくれる程度には、上手く会話を運べたようだ。皮肉にしては、嫌な感じはしなかった。

 まぁ、最初は王女が、その後は俺が、順番に主導権を握ったのもあったのだろう。俺の憶測でしかないが、王女ともなれば、普段からそういう、対等な立場でのキャッチボール的な会話ができるとも思わない。

 

 優雅に歩いていく王女の後ろ姿を見送って、俺は引かれることもなく部屋へと戻ることにした。




 道中、予想通り〃〃〃〃角で拓磨が待機しており、「いい関係を築いているようで、何よりだ」という言葉を貰ったが、何も言えないので無視をした。少なくとも色恋沙汰には発展していないし、確かに『いい関係』だ……皮肉なのだろうか。


 元はと言えばこいつが王女になにか吹き込んでいたから、余計目をつけられてしまったのだ。いや、王女が話しやすい相手であるのはわかったのだが、それでも王女だ。何かと面倒なことがありそうな気がする。


 何より拓磨がこの事を期待した通りだと言わんばかりに、嬉しそうな顔をしているのが本当にもう……いや、いい。俺が盗み聞きをして、そのあと拓磨が同じようにしただけだ。


 



 ───ともかく、俺と王女の関係がここで止まるのか、それともこの後も続くのかなんてのは……俺がまだ召喚されて間もないことを考えれば、火の目を見るより明らかだ。



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 金髪碧眼ロリ王女って、強くないですかね……?

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