好きだった・その2

その日の夜7時過ぎのことであった。


ところ変わって、今治市通町にあるカラオケ喫茶にて…


かつて施設で暮らしていた私・イワマツと同い年の子たちが店内に集まって、カラオケパーティーをしていた。


女の子たちは子連れかおひとりさまで、男の子たちは妻子を連れて店に来た。


けんちゃんは、律世とふたりの子どもたちを置いてひとりで店に来た。


女の子たちは、ソファの席で子どもたちと男の子の妻子たちと一緒に座っている。


男の子たちは、カウンターの席に座って酒をのんでいた。


パーティーの席は、ゆりこと私・イワマツの分もあったけど、空席になっていた。


ステージの上では、数人の子どもたちがオキニのアニメソングを歌ってる。


カウンターに座っているかーくんは、空いているふたつの席をちらっとみたあと、しょうくんとりゅうくんに言うた。


「ゆりこちゃんとよーくんは、まだ来てへんみたいだけど、なんぞあったんかなぁ~」

「ホンマや…どないしたんやろか?」


かーくんは、右となりの席でビールをガバガバのんでいるけんちゃんに声をかけた。


「けんちゃんよぉ~」

「なんぞぉ~」

「なんでオメーは嫁はんと子どもたちを連れてこんかったんぞぉ~」

「なんでって…しらんわ!!」


けんちゃんは、のみかけのビールを一気にのみほしたあと、わけのわからへんことを口走った。


「オレ…リコンするかもしれへん…」

「リコン?」

「ああ…」

「なんでリコンするんぞぉ~」

「なんでって…ゆりこちゃんが大好きだから嫁はんとリコンするんや…」


それ聞いたりゅうくんは、けんちゃんにあきれ声で言うた。


「おい。」

「なんぞぉ~」

「オメーなぁ~、冷静になれよ。」

「オレは冷静だ!!」

「ゼンゼンなってへんぞ。」

「オレは、シンケンにリコンをするのだぞ!!」

「オメー、頭いかれとんとちゃうで?」

「頭なんぞいかれてへんわ!!」

「ほな、オメーはなんで嫁はんと結婚したんぞぉ?」

「なんでって…ダイキで働いてた時に、コゴトオバハンからガミガミ言われたから嫁はんと結婚した。」

「オメーはユウジュウフダンやのぉ~なんでイヤやと言わんかったん?」

「イヤやと言うたら、『あなたクビになるわよ。』とおどされた!!」

「オメーもアホやのぉ~」

「せやせや。」

「なんでオメーはコゴトオバハンのオドシに屈したんぞぉ?」

「なんでって…出会った時、嫁はんは子連れだった…」

「つまりあれだろ…コゴトオバハンから子どもたちのテテオヤになれと命令されたけん、オメーは仕方なく嫁はんと結婚したと言うことだろ。」

「そうだよ!!」

「それがイヤだから、嫁はんとリコンするといよんか?」

「そうだよ!!」

「ほんで、嫁はんとのリコンが成立したらゆりこちゃんとサイコンするといよんやな。」

「そうだよ!!」

「オメー、ひょっとしたらゆりこちゃんのこと好きなのかよぉ?」

「ああ、好きだよ…ちいちゃい時からずっと大好きや…その想いは、変わらへん!!」


けんちゃんは、酔った勢いでかーくんたちに言うた。


「ちいちゃい時、ゆりこちゃんがオレに言うたんや!!…『おっきくなったら、ゆりこ、けんちゃんのお嫁さんになる…』…ゆりこちゃんはオレにそう言うたんや!!」


かーくんは、あきれ声でけんちゃんに言うた。


「ゆりこちゃんは、オメーにそう言うたんか?」

「ああ、言うたよ!!」

「ホンマに?」

「ホンマや!!」


けんちゃんは、近くに置かれている瓶ビール2本を手にしたあと、一気にのみほした。


「おいコラ!!アホなことするな!!」


かーくんたちは、イッキのみしているけんちゃんを止めた。


止められたけんちゃんは、テーブルに顔を伏せて泣き出した。


「チクショー、チクショー、チクショー、チクショー、チクショー、チクショー、チクショー、チクショー、チクショー…」


けんちゃんは、今の気持ちをかーくんたちに泣きながら伝えた。


「オレはゆりこちゃんが大好きだから嫁はんとリコンする…同時に、田布施の家ともリエンしたるんや!!」

「リエン…」

「ああ。」

「オメーはどこのどこまで自分勝手なんぞぉ~」


かーくんに言われたけんちゃんは、りゅうくんがのんでいる冷酒を勝手にのみほした。


「オイ、それオレの酒だぞ!!」

「るせー!!のませろ!!」


冷酒をイッキのみしたけんちゃんは、なさけない声で泣きながら言うた。


「チクショー、チクショー、チクショー、チクショー、チクショー、チクショー、チクショー…チクショー!!…うううううううううう…」


けんちゃんは、何度も繰り返して『チクショー!!』と言うたあと、わけのわからへんことを口走った。


「オレはにくい…オレはにくい…」

「にくい…なにがにくいんぞ!?」

「きまっとるやないかぇ~ゆりこちゃんをドロボーしたやつがにくいねん!!」

「ほやけん、誰がゆりこちゃんをドロボーしたんぞ!?」

「きまっとるやないかぇ…よーくんがゆりこちゃんをドロボーした!!…うううううううううううううううう…」

「コラ!!オメーええかげんにせえよ!!」

「せや、オメーはなにをコンキョによーくんをにくみよんぞ!?」

「コンキョがあるけん言うたんや!!」

「オメーな!!子どもたちがおる前でえげつないこと言うんじゃねえよ!!」


かーくんたちに怒鳴られたけんちゃんは、なおも『チクショー…』と言うて泣きよった。


店の外にて…


この時、ラベンダーのカーディガンとネイビーのスカート姿のゆりこがやって来た。


店の中から、別の男の子が選んだ歌で鶴田浩二さんの歌『好きだった』が聞こえていた。


同時に、けんちゃんの泣き声が聞こえていた。


「オレは、ちいちゃい時からゆりこちゃんが大好きなんや…ゆりこちゃんはオレに大人になったら結婚しようねと言うたんや!!…それなのに、よーくんの方が大好きと言うた!!」


けんちゃんの泣き声を聞いたゆりこは、泣きそうになった。


「けんちゃん…」


店の中にて…


けんちゃんは、なおもわけのわからへんことを口走った。


「オレの子どもたちは、親の想いにそむいて特別支援学校に行きよる…オレはそれが気に入らへん!!」

「コラ!!わけのわからへんこと言うのやめいや!!」

「せや、これ以上えげつないこと言うたらしゃーきまわすぞ!!」

「しゃーきまわしたきゃしゃーきまわせ…とものりのドーキューセーの子たちは、クラブ活動で心身をきたえよんぞ…ドーキューセーの子たちは、目指す県立高校(こうこう)を決めて受験対策をたてよんぞ!!」

「それがどないした言うねん!?」

「ほやけん、ドーキューセーと違うことしたらアカンいよんや!!」

「ドーキューセーと違うことしたらアカンって、どういうことやねん!?」

「ほやから、ドーキューセーと同じ人生を歩めといよんや!!」

「オメーな!!ええかげんにせえよ!!」

「せやせや…」

「るせー!!とものりが特別支援学校へ行き続けたらどないなるんかわかっとんか!?」

「それはどういうことやねん!?」

「せやから、なりたい職業につけんなるといよんや!!」

「ますますワケがわからへん…」

「オメーがいよることとゆりこちゃんがどういうカンケーがあるんぞ!?」

「カンケーあるからいよんや!!」

「コラ!!」

「オレは、律世を選んでソンしたわ…律世の親が『ホーデ、ホーデ、ホーデ、ホーデ、ホーデ、ホーデ、ホーデ、ホーデ…』と言うて律世を甘やかしよるけん、あななボロい嫁になったんや!!」

「オメーな!!嫁はんの悪口をボロクソにいよったらどないなるんか分かっとんか!?」

「ホンマのことだからいよんや!!」

「オメーがいよることは理解できん!!」

「チクショー…うううううううう…」


けんちゃんは、ワケのわからへんことを言うて『チクショー』と泣きよる…


かーくんは、ものすごくしんどい声で言うた。


「オメーの不満はよぉ分かった…そないに嫁はんとリコンしたいというのであれば、弁護士に頼めや…」

「弁護士…いるさ…高校の時の先輩が愛媛県の弁護士会におる…ほやけん、先輩に頼んどく。」

「オメーはなさけないのぉ~」

「なんとでもいよれ!!」


けんちゃんはまた『チクショー…』と言うてビービー泣いたあと、ゆりこに対する想いを言うた。


「オレがちいちゃい時、毎日正午に『思い出のリズム』(南海放送ラジオ)をゆりこちゃんと一緒に聴く時間が唯一の楽しみだと言うことをしらんのか!?…オレとゆりこちゃんとよーくんと先生(施設長さん)と4人で聴いてたあの時間だよ…泣き歌が流れていた時、よーくん…ぐすんぐすんと泣きよった…その時、ゆりこちゃんはオレにこういよった…『よーくんはメソメソ泣き虫で三角お顔だからキライ…メッタなことでも泣かないつよいけんちゃんが大好き。』といよった…」


りゅうくんは、あきれ声でけんちゃんに言うた。


「それがどないした言うねん?」

「ゆりこちゃんはつよい男の子が好きと言うことや!!」


かーくんは、けんちゃんにあつかましい声で言うた。


「オメーのいよることは、ムジュンだらけや…」

「オレはゆりこちゃんの理想のカレシになるためにひたすらガマンしたんぞ!!…ガマンして、ガマンして、ガマンして、ガマンして、ガマンして、ガマンして、ガマンして…泣きたくても泣くのをガマンして来たんや!!」

「オメーがそない想うのであればゆりこちゃんに聞けよ!!」

「ああ、聞くさ…けど、ゆりこちゃんは今でも『よーくんは、メソメソ泣き虫で三角お顔だからキライ!!』と答えるよ!!」

「分かった…もうやめろ!!」


かーくんは、ウンザリした表情で言うた。


「ったく、オメーの泣き言が原因でカラオケパーティーが台なしになってもうたわ!!」


けんちゃんは、ワーッと泣きながら言うた。


「ゆりこちゃんー!!オレは大好きだ!!ゆりこちゃんのことが大好きだ!!ちいちゃい時から今日までずっと大好きや!!…ゆりこちゃん…オレは…ゆりこちゃんを愛してる…田布施の家とゼツエンしたる…嫁とリコンしてゆりこちゃんとサイコンするんや…ゆりこちゃん…オレとサイコンしてくれぇ~」


けんちゃんの言葉を聞いたゆりこは、店から出たあと泣きながら走って行った。


ところ変わって、辰の口公園にて…


ゆりこは、砂場に座りこんだあと激しい声で泣いた。


「ぐすんぐすんぐすんぐすんぐすんぐすんぐすんぐすんぐすんぐすん…ぐすんぐすんぐすんぐすんぐすんぐすん…」


ゆりこは、誰を想って泣いていたのか?


けんちゃん…


いいえ、てつろう…


それとも…


私・イワマツなのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る