第57話


「相変わらずえげつない魔法を使うよな…」


氷のツタが闘技場を埋め尽くしていくのを見てジルは呟く。


「ねえジル、あの魔法はどういう魔法なの?」


「ツタに当たって傷が付いたらそこから凍り始めて相手の体温を奪う。それで動きが鈍くなったところを仕留めるっていう魔法だよ」


「あの範囲でやられたら逃げ場なんてなさそうだね…」


エリンは苦笑いしながら試合を見る。

自分だったらどうするだろうか。火の魔法であの茨に対抗できればそれで良い。でもそれが通用しなかったら…その時は速攻でアイシャを狙ったらなんとかなるものなのだろうか。


アイシャ本人の防御力も相当なものがあるし、近くに行くだけで一苦労だ。しかも近づいたところで防御を突破できなければ意味がない。


まだまだ壁は高そうだと思うエリン。そしてふと、ジルだったらどうするのかが気になった。


「もしジルだったらどうするの?」


「俺か? そうだな…」


顎に手をやり考える仕草を見せるジル。


「多分、普通に真っ直ぐ突っ込むな。せっかくツタっていう足場があるんだからそれを使いながら移動して本人を叩く」


「ツタに当たったら駄目なんじゃないの?」


「傷が付かなきゃいいんだ。だからそれなりの強化をして突っ込めば平気だよ」


「そういうものかな…?」


ジルの言うそれなりの強化というのはおそらく自分たちのそれなりとは違うんだろうな、とは言えないエリン。


周りで話を聞いていた同じチームの面々も似たような顔をしていた。


「まあ、時間制限まで逃げ切るっていうのも手だけどな。今回は試合で制限時間もあるわけだから」


ただあいつがそれを許してくれるかどうかはわからないけど、とジルが付け加えると、それはそれでみんなは微妙な顔をする。


「あたし、逃げ切れる自信ないわよ…」


「大丈夫カレン。私も無理だと思う」


「俺もあれから逃げ切る自信はねぇなァ」


アイシャに対抗心を燃やしていたカレンとエリンの二人は落ち込んでいるようだ。


一体どのくらいの差が自分たちとあるのか。それを測ることもできていない状態に遠い目をしてしまう。


「やられる前にやるしかねえよなァ。集中させねえようにするしかねえだろ」


ガジは試合開始直後から全力で押し切るという形を取ると宣言。

おそらく今はそれが一番勝率の高い方法だろう。


「後になればなるほどアイシャに有利になるからな。先手必勝が一番いいだろうな。っと、試合が動いたぞ?」


ジルがそう言うと、みんなが闘技場の二人に注目した。





身体が動かなくなりつつあるクィンは、頭の中で次はどう行動したらいいかを考えていた。


一つはこのまま逃げ続ける。


これはすぐに疲れて魔力もなくなり動けなくなるだろうし、なにより目の前にいるアイシャがそれをみすみす見逃すわけがない。よって却下。


もう一つは、特攻をかける。


悪くはないと思うけれど、今の自分の状態だとアイシャに見切られて終わる確率のほうが高い。

一発にかけるにも、それを準備する時間が足りない。よって却下。


最後の一つは、いったん引く。


遠くまで逃げるわけではなく、一瞬気を引いてその隙をついて体勢を整える。

今のところこれが一番現実的かつ効果的だろう。


クィンは手をアイシャから見えないようにさりげなく隠す。


「そろそろ動けなくなってきたんじゃないかしら?」


自分の勝利を確信しているけれど警戒を決して緩めないアイシャ。彼女の油断を誘うというのは現実的ではない。


「まだまだ、動けます」


震えて動きにくい身体に鞭を打って構えるクィン。


その姿にアイシャはつまらなそうな顔をする。

なんの策も弄せず向かってくるタイプか、一番ありきたりでおもしろくない。


これがジルや彼の父のように異常とも呼べる強さを持つ人物であれば、策を練る必要もなく潰されるだろうけれど、今戦っているのはそこまでの領域に達しているようには見えないクィン。


「そう。それじゃあ、これで終わりね」


アイシャは遠慮なく、躊躇なく、茨を重ね合わせねじり合わせまるでドリルのようにしてクィンを貫こうとする。


クィンはそれを身体を投げ出して間一髪避け、隠していた掌をアイシャに向ける。


「まぶしっ…!」


クィンの掌から太陽を直に見たかのような光が放たれてアイシャを襲う。


アイシャが目を離した瞬間、クィンは彼女の視界から逃れ、身体をなんとか動かして隠れることに成功する。


こんな子供騙しが通用するのは最初の一回きりだろう。

けれど、その一回で勝利を手繰り寄せようと頭を使うことが大切なのだ。


アイシャは、よく見ていれば不自然に半身の姿勢を取っていた彼女に気づくことができていたと後悔していた。


「…勝手に見切りをつけて判断してしまうのは悪い癖ね」


いきなり明るい光を見たことでチカチカする視界に目を細めながら呟く。

心なしか頭も少し痛い気がするけれど、そのうち治るだろう。


「でも、彼女なかなか良いわね。次はどんなことをしてくれるのかしら?」


まだそこまで遠くは行っていないだろうクィンを探す。彼女の息づかい、足音、気配を逃さないように神経を研ぎ澄ませる。


そんなアイシャを、クィンはアイシャが作り出した茨を足場にし、上から見ていた。


流石に遠く離れていないで近くに潜んでいるとは考えていなかったか。

もしそこまで看破されていたらもうお手上げだった。


この茨が傷が付かなければ怖くないものだというのには、先ほど気づいた。

それがなければ普通の武器や魔法と同じ。


クィンは虎視眈眈とアイシャを見つめて、せめて一撃与えようと準備を進める。


身体が動かなくなるまでもうあと少ししか残されていない。だったら、燃え尽きようとも本気で行くのが正しい。


そう考えて、クィンは覚悟を決めた。

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