第42話


転移魔法陣を踏んだジル。

一瞬光に包まれ、次に目を開けたときには薄暗くじめっとした臭いのする空間へと移動していた。


「ここが迷路か…」


周りを見たところ正方形の部屋のようだ。

しかし、みんな一緒に転移魔法陣を踏んだはずなのに同じところには飛ばされてきていない。


「みんなが一緒じゃない…。確か目標は『奥にある転移魔法陣で帰ってくること』。ま、確かに一番最初に帰ってきた人のチームが勝利ってことは、スタートを同じにする必要はないよな」


ジルは勝手にそれぞれのチームで動くと思い込んでいたけれど、今回の戦いはチーム対抗でありながらも個人戦だということだ。


スタートが全員違うということは、ジルが今いるような空間から始まっていない人がいる可能性がある。


それが自分のチームではないことが考えられる以上、早く移動するのが正解なのだが。


「何をどうするとも書いてないんだよな…」


壁伝いに手を触れながらなんとなく部屋を歩き回る。

壁を壊せないような気はしないけれど、謎解きって言っていたのだからそれに則っていきたい気持ちもある。


「最悪壊すしかないか…お?」


ジルは手に触れる感覚が違う部分があるのに気づいた。他と比べて少しだけつるつるしているそこを試しに押し込んでみる。


カチリ。


スイッチのような音を響かせた後、ゴゴゴと音を立てて壁の一部が開いていく。


「謎解き…なのか?」


ジルとしては、問題が出題されそれの答えが部屋を出る鍵であったり次に進むためのヒントとなっているものを想像していたのだが、どうやらそういうのとも少し違うようだ。


開いた壁の向こうを覗いてみると、通路が一本伸びていて、奥の方に扉が見える。


暗くはあったが、夜目の効くジルにはあまり関係なく一本道を真っ直ぐに進む。

ジルが辿り着いた扉には文字が書かれていた。


「えっと…『それは手で持てるもの。家の中にある。手で持つと震える。』…なんだこれ?」


問題があったのはいいものの、またもやジルが想像していたものを少し外していた。


「…なぞなぞ?」


手で持つと震える家の中にあるものか。


手で持つと震える。


手が震える。


震える…ぶるぶる…。


答えがわかった瞬間、ジルは思わずため息をついてしまった。

なぞなぞにありきたりではあるものの、こんな問題が試験として出されていいものなのか。


「……テーブル」


ぼそりと呟くと、カシャンと扉の鍵が外れた音がした。


ジルは黙って扉を開ける。

扉を開けた先は少し開けた空間だった。

天井はそこまで高くなく、じめじめとした雰囲気は変わらない。


そこには扉が三つあり一つはジルが入ってきた扉と同じような装飾が施された扉。あとの二つは隣り合っている扉だった。


「あ、ジル」


キィとジルが通ってきた扉と同じような装飾を施された扉が開くと、そこから出てきたのはカレンだった。


「カレンか、合流できてよかったよ」


「一人で放り出された時はどうなることかと思ったけど、この分ならみんな思ったより早く合流できるかもね」


「だといいよな。それはそうとちょっと向こう見てくれ」


「ん? …いかにも怪しそうな扉ね。何かヒントみたいなのはあるのかしら?」


カレンと二人、扉に近寄る。

すると、扉と扉の間の壁に物語が描かれていた。


『ある村に一人の男が暮らしていた。

男は村で一番の美人を嫁にもらい、幸せな生活をしていた。

そんな幸せな生活を送っていたある日、男の村に鬼がやってきた。

男は鬼に驚いて腰を抜かして逃げ出した。しかし女は逃げることができなかった。腹に子を宿していたからだ。


鬼は逃げ出した男を捕まえて男に言った。


“お前か女、どちらかを逃してやろう”


男は鬼に捕まった自分の運のなさを嘆いていたが、助かる見込みがあるかもしれないと顔を上げた。

誰かを見捨てれば自分は助かるんだと希望に目を輝かせていた。


“お、女ならお前にやる! だから俺だけは助けてくれ!”


女はそれを聞いて男を信じられないものを目で見た。


それを聞いた鬼は顔を歪ませてこう言った。


“醜い”


鬼は男を握り潰し、気丈に振る舞い鬼に敵わないと知っていても逃げることなく自分を睨みつけていた女を見た。


“私は嘘が嫌いだ”


“お前と腹の中の子、どちらかを助けてやろう”


“どちらがいい”


握り潰した男の亡骸をゴキリと骨ごと食べながら鬼は女に告げる。


“子供を助けて“


女は迷うことなくそう告げた。

それを聞いた鬼は一つ頷いた。


”わかった“


女は自分の死を悟って目を瞑る。

しかしいつまで経っても鬼は襲ってこなかった。


暫くして女が目を開けると、そこには鬼なんていなかったかのように元の通りの村の姿があるだけだった』


読み終わってジルとカレンは首をひねる。


「これ、結局どういう話なの?」


「子供を助けるには母親が生きてないといけないから見逃した…みたいな話じゃないのか?」


「なるほど…って、それはわかるわよ。これがなんのヒントなのかって言ってるの!」


「そう言われてもなあ」


ジルは顔を上げて周りを見る。

周りに何があるわけでもない。ただ四つの扉があるだけだった。


「四つ…?」


はっと思いジルは目の前に並ぶ二つの扉を見る。そこには小さく『男』と『女』と彫られていた。


「もしかして…!」


「ちょっと、ジル!?」


ジルは自分が通ってきた扉を調べる。そこには『鬼』と彫られていて、カレンの通ってきた扉には『子供』と彫られていた。


「…そういうことなの?」


カレンも扉に彫られた文字に気づいたらしく、ジルと同じような考えが頭を巡っていることだろう。


「でも、どっちを選んだらいいの? それに、子供を選んだとしてもそこって私が通ってきた道だし、何もなかったわよ?」


「…大丈夫だ。多分、選ばなきゃいけない扉は…」


ジルは扉の前に立つ。それを追ってカレンも扉の前に立つが、その顔には不安げな表情が浮かんでいた。


「え、でもそこの扉って…」


「カレン、信じてくれ」


ジルは真っ直ぐにカレンを見る。


「……わかったわ。最悪私たちがダメでもキャロルとラシューって子もいるしね」


目を逸らさないジルに負けたといった風にため息をつくカレン。


「ありがとうカレン」


「うまくいっても負けても何か奢ってよね」


「ああ」


ジルは一つ頷いて『男』と書かれた扉を開いた。

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