第33話


ジルの目の前を大剣が通り過ぎる。

風圧を感じて少し目を細めるけれど、完全に目は閉じない。


物語じゃないんだから目を閉じても相手の動きがわかるだとかそういうことはない。音で立ち位置くらいはわかるけれど、完全には分からない以上目は開けておいた方がいいに決まってる。

魔力を見ればわからないことはないけれど、今はそういう訓練ではないから。


大剣を振って隙のできたミュゼルに突っ込もうかと思ったけれど、やめる。だって身体に隠れた右手が怪しいんだもの。


「あら、来ないの?」


「だって何か狙ってるでしょ」


「それは残念ね」


パッと開かれた右手には小振りのナイフが握られていた。やっぱり狙ってるんじゃないか。


ミュゼルが右手を一振りするとナイフがスッと姿を消す。これは魔法じゃなくて彼の技術だ。


ミュゼルは大剣を主に使うけれど、それと同時に身体に仕込まれている暗器も使う。

大剣使いという王道でありながらトリッキーな戦い方も得意な近接戦のオールラウンダーだ。


近づいたら暗器で滅多刺しにされるし、距離を取ったら大剣で一刀両断。遠距離になったら勝てるかと思いきや魔法も一流ときたもんだ。


「若様こそ、相変わらずよく避けるのね」


「それが得意技みたいなものだからね」


「でも、それだけじゃ勝てないわよ!」


ミュゼルはこちらに数本投げナイフを放る。避けたらどれかに当たるか掠るか微妙なライン。


「ふっ!」


ジルは右手に持った直剣で全てをほぼ同時に叩き落とした。


「流石若様」


「そっちこそ!」


ジルが投げナイフを叩き落とす瞬間を狙って、大剣を捨ててミュゼルが詰め寄る。

右手に握られている直剣では対応が間に合わない。


「相変わらず速いなあ!」


「褒め言葉として受け取っておくわね」


ガードしたら暗器で刺されるかもしれないし飛び退くには身体の体勢が整っていない。


「おりゃ!」


ジルは手首のスナップだけで直剣を投げナイフのように投げる。

それの対応のため立ち止まったミュゼル。開いた時間で距離を取って仕切り直しだ。


「あらいいの? 大事な剣をそんな風に使って」


「緊急事態だから大丈夫!」


しかしこれで俺は無手。ミュゼルはどれだけ武器があるかわからない。できれば直剣を回収したいけれど、ミュゼルを挟んで逆側に飛ばされたからな。そう簡単には返してもらえないだろう。


「それじゃあこっちから行くわね」


「いや、俺から行かせてもらう!」


これ以上良いように転がされてたまるか。気を引き締めてミュゼルに詰め寄る。


「っ! 速い!」


「速さなら俺も負けてないな!」


ミュゼルがどこに何が仕込んであるのかわかったものではないから、とりあえず狙うべきは…顔!


思い切り顔を蹴りにいくが、ミュゼルに防がれる。その腕を踏み台にして後ろに回って足払いをかけるけれど、ミュゼルの足は太い木の幹のように動かない。


「硬すぎんだろ!」


「真っ先に顔を狙ってくるなんて!」


足払いに使った足を踏み折られそうになったので慌てて足を引く。

おい、足の裏にトゲが出てんぞ!


踏み抜かれた訓練場に無数の穴が空く。危うく足に穴が空くところだった。

ギリギリの戦いじゃないと人は成長しない…らしい! 父さんが言ってた!


引いた勢いで直剣を取りに走る。

背後をミュゼルが追ってきている気配がしているけれど振り向くな! 振り向いていると間に合わない!


片手ですくい上げるように直剣を手に取り振り向き様に本気で振り抜く。

いつの間にか大剣を手に持っていたミュゼルの大剣の腹を思い切り叩いた音が響き火花が散る。


体勢を崩したミュゼルの横腹を剣を振り抜いた勢いで回し蹴り。ちっ、大剣の柄でガードされた。


でもいい。今が攻め時だ。勢いを止めるな。

直剣を下から振り上げ、そのまま回転を利用して足技も入れていく。


大半が避けるかガードされる中で、腿のあたりに一発蹴りが入った。


「ったいわね!」


蹴った足を引く前に掴まれて投げ飛ばされる。おいおい、片手でぶん投げるってどんな筋力してんだ!?


ジルは受け身を取ってすかさず横に飛ぶ。ミュゼルは蹴られた太腿を痛そうにする素振りを見せずに突っ込んでくる。


ジルがいた場所に大剣が振り下ろされた。訓練場の地面がけたたましい音を立てて破壊される。当たったらすごい痛いぞ?


お互いに魔法抜きで戦っているものの、本来の戦闘スタイルは魔法を乱打しながらの魔法近接混合スタイルのジルとミュゼル。


「そろそろアップはいいんじゃないか?」


「そうね…今日こそは一発入れさせてもらいましょうか?」


「言ってろよ!」


ミュゼルの周りを不規則に動く火の球。ジルは不規則に動くそれらを全て氷の針で刺し潰す。


お互いが魔法を使って動きながら、時に斬り合い殴り合いながら隙を探り合う。


ミュゼルの火の球がジルの前髪を少し焼いたと思ったらジルの氷の針がミュゼルの脇を掠めて服を破る。

ジルがミュゼルの腹を殴ったと同時にミュゼルもジルの腹を殴る。


お互いに致命傷ではないにしろ少しずつダメージを負っていく。


「はあ…」


「ふう…ふう…」


息を切らしながらも戦うことはやめない。


「ねえ若様、そろそろ本気出したらどう?」


「ああ? 一瞬で終わらせるけど、耐えられるの?」


「今日こそは一発くらいは耐えてみせるわよ」


「じゃあ、遠慮なく」


ジルは自分の魔力で自分の身体を強化する。ミュゼルは最初からしていたが、ジルは素の身体能力が化け物染みているのだ。


溢れ出た魔力がジルの身体の傷を治していく。余りに多い彼の魔力が勝手に身体の活性化も行っているためだ。


ぐっと沈み込んだジル。それを見て構えるミュゼル。


ミュゼルはジルから目を逸らしていなかった。警戒していた。けれど、ミュゼルが動いたと思った瞬間、彼の身体は吹き飛んでいた。


「ぐっ!」


訓練場の壁に叩きつけられるミュゼル。前までは一発くらったら意識を飛ばしていたけれど、少し慣れたのか気を失ったりはしていない。


圧倒的なまでの魔力量に加えて、自分の速さに負けない身体の反応に戦闘センス。これがジルがエヴィアンを押し退けてハウンド家の次期当主になっている理由の一つだ。


「大丈夫か?」


「…ええ、結構キツイけど…平気よ」


合図もなく始まった模擬戦は同じく合図もなく終わった。

痛みを散らすように息をするミュゼルにジルは肩を貸して壁に寄りかからせる。


「前までは一発耐えられなかったけれど、意外と根性でいけるものね…ごほっ…」


「俺が言うのもなんだけど、あんまり無理すんなって。早いところ診てもらった方がいいな」


「大丈夫よ…」


ミュゼルは懐から真っ黒の球を取り出し口に含んで噛み砕く。

苦々しい顔をしながらそれを飲み込んだミュゼルの顔色は飲み込む前よりも大分良くなった。


「それは?」


「エレナ様にもらった回復丸よ。試作品だから味は不味いけど、ちゃんと効くって言ってたから飲んでみたけど……重傷じゃなかったら死んでも飲みたくないわね」


「そんなクソ不味いんだ…」


けれど効果は抜群らしく、飲んで数分しか経たないけれどミュゼルは立ち上がれるようになった。


「まだまだ精進が足りないわね。これからも機会があったら手合わせしてもらっていいかしら?」


「もちろん、俺からもお願いするよ」


それから二人は他愛もない雑談をしながらそれぞれの部屋に戻って汗を流して眠りについたのだった。

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