第16話 退魔の剣

「無事か!?」

 久遠は来栖の元へ駆け寄るとそう訊ねた。

「危うく吹っ飛ばされる所だったけどな……!」

 久遠の側でニヤニヤとした笑みを浮かべている与羅那を睨みながら来栖は答えた。

「左腕はどうした」

 久遠が肘から先の無い来栖の左腕に視線を落とした。

「悪魔に吹っ飛ばされただけだ。それ以外は特に問題はねぇ。ただ、あの回転する身体に正面から向かっていったらこうなるぜ」


「何か弱点はないのか?」

「あぁ、それだが……なんとなくわかった気がする。石動さんに聞けばもう少しハッキリするかも知れねぇ」

「わかった。全員を一旦集めるぞ。作戦を立て直す」

 久遠の指示で来栖達は美智花と歌乃花が身を潜める岩石の密集地へ向かった。


 ***


「来栖と石動の話から立てた作戦は以上だ。何か質問のある者は?」

 全員の顔を見渡して久遠が訊ねた。

「ホントにそいつの言ってる事があってんのか?」

 与羅那が怪訝な表情で来栖を見た。

「他にええ案もあらへんし、試してみるしかないやろ」

 佐伯が庇うように言った。


「……ねぇ、それより。悪魔が出て来なきゃ話にならないんだけど本当に戻ってくるの?」

 ボソッとした小声で三日月が訊ねた。

「来栖の話が本当なら奴は今、地中で体温を下げてるとこだろう」石動が答えた。「あれだけの回転エネルギーだ。身体に篭る熱量も相当なものだろうからな」

「だから、地面の下でお休み中ってか?あんな化け物にそんな常識が通用すんのかぁ?」

 与羅那が鼻で笑って言った。

「悪魔だって生物だ。体温調節は必要だろう」

「おいおい、あんな回転する生物がいるかよ」

「お前ら、いいから配置につけ」

 久遠の一言に二人は言い合うのを辞めた。

 そして、来栖達はそれぞれの班に分かれて配置に着いた。


 久遠、歌乃花、美智花の誘導班。石動、与羅那の中距離攻撃班。来栖、佐伯、三日月、鼓の近接戦闘班の三つの班だ。


 来栖は岩陰に隠れながら悪魔が出てくるのをじっと待った。

 ふと、美智花達がいるであろう方向に眼を向けると、青白く光る煙が立ち昇っているのが見えた。

「あれは……歌乃花か……?」

 もしかすると、悪魔はあの光に寄って来るのだろうか。そして、歌乃花はその事を知っていた。だから、自ら囮になると言い、久遠や美智花の反対も聞かずに誘導班に名乗り出たのではないか。

 --悪魔の引き寄せる光か……。


 来栖が思案に耽ていると、地面に微かな振動を感じた。

「!!」

 顔を上げると、佐伯達も振動に気付いた様だった。

「来た……!」

 全員が即座に戦闘態勢を取った。

 重低音が響き、歌乃花の光が上がっていた方向から土煙が激しく巻き上がるのが見えた。

「やっぱり、狙いは歌乃花か……!」

 来栖がそう呟くと、隣の佐伯も

「ホントに来よった……!」驚いた様子だった。


 後は作戦通り、久遠達が悪魔を上手く誘導出来るかが勝負だった。

 だが、どうやらそれも上手くいった様だ。

 歌乃花を背後に乗せた久遠の馬が、駆け足で岩の隙間を縫って来た。その後を、美智花が背後の悪魔にライフルを撃ちながら続いた。

 悪魔はというと、久遠が予め決めていた馬が通れて、悪魔の身体が通れない隙間を行く手を阻む岩の砕きながら歌乃花達を追っていた。


 そして、久遠が左右に一際大きな岩がある地点に差し掛かった。その直ぐ後を悪魔が回転しながら迫る。

「与羅那!やれ!」久遠が叫んだ。

 次の瞬間、激しい爆発音と共に、左右の岩と地面が爆発した。

 丁度、久遠達は被害を受けず、悪魔に左右の岩石が降り注ぐ完璧なタイミングでの爆発だった。

「えらい爆発やなー」佐伯が言った。

「ダイナマイトって言ったか?アホみたいに火薬を詰め込んだ爆弾らしい」

 来栖は与羅那の言葉を思い出しながらそう答えた。


 作戦ではここで、悪魔の回転が止まれば来栖達の出番なのだが、身体に降りかかる石片を回転する身体で弾き飛ばしながら悪魔が土煙の中から飛び出して来た。

「くそ!ダメか!」

 来栖は吐き捨てる様に言った。

「俺の出番だな!任せろ!」

 そう言って鼓が岩陰から悪魔の正面へと踊り出た。

 鼓が手に持っているのは身の丈を越える巨大な鉄の棍棒だ。

 鼓は棍棒を後ろに引くと、突進して来る悪魔の頭部に向かって思い切り棍棒を叩きつけた。

 衝撃で悪魔はのけぞる様に身体を曲げ、鼓は背後に転がるように吹き飛んだ。

 その直後に、悪魔の回転が止まった。


 --今だ!!

 来栖、佐伯、三日月は一斉に駆け出した。

 最も早く悪魔の元に辿り着いたのは三日月だった。彼は腰から抜いた二本の短剣を構えると、素早い身のこなしで悪魔の懐に入り込み、その身を切り刻んだ。

 それは、まるで踊っているかの様な華麗な動きだった。

「何だあいつ……!?」

 先程までのおどおどした姿からは想像の出来ない動きに来栖は驚きを隠せなかった。


 悪魔が雄叫びを上げて、胴体に纏わりつく三日月を捕らえようと首を曲げて、口を開いた。

 そこで、佐伯が悪魔の頭部に飛び乗った。そして、体重を乗せた拳を頭部に叩き込む。

 悪魔は佐伯を振り解こうと暴れるが、佐伯はその身を掴んで離さない。そして、再び拳を叩き込んだ。


 --このまま、決める!

 来栖は腰に挿した二本の刀の内、先程までとは別の刀に手を伸ばした。

 退魔の剣。そう名付けたその刀は、天使の矢から生成された刺突剣。悪魔を殺せる可能性のある武器だ。


 しかし、来栖がその刀を抜く前に悪魔の身体が再び回転し始めた。

 同時に銃声が鳴った。

 交代の合図だ。


 その合図で、来栖達三人は再び近くの岩陰に身を隠した。

 回転しながら周囲の岩を破壊する悪魔に向かって、美智花が馬上から銃撃を繰り返す。

 同時に、歌乃花の身体から青白い光が発せられた。


 悪魔が方向を変え、歌乃花の方へ迫る。

 それを確認した久遠が再び馬を走らせた。次のポイントへ奴を誘導するつもりだ。


「よし!俺たちも移動するぞ!」

 来栖が近くに停めてあった馬の元へ向かおうとした時、

「その必要はなさそうだよ」悪魔を指差して三日月が言った。

「?」

 悪魔の方へ視線を向けると、悪魔の身体の回転が止まっていた。

「!!」

 即座に三日月が悪魔に向かって駆け出す。

「来栖!行くぞ!」

 佐伯と来栖もその後に続いた。


 来栖と石動の分析では、あの悪魔が回転を止める条件はいくつかあるという見立てだった。

 一つは、獲物を捕食しようとする瞬間。

 回転したままでは獲物を食べることは難しいだろう。実際、歌乃花達を食べようとした時、奴の回転は止まっていた。

 二つ目は、回転限界に達した時。

 来栖の観察ではあの悪魔は一定数回転した後、一旦停止し、再び逆回転をする瞬間が何回かあった。

 悪魔といえど生き物だ。ずっと身体を捻り続ければ身が千切れるのだろう。

 三つ目は、ダメージの蓄積。

 石動が言うには、悪魔は通常の生物の数十倍の再生能力があると言う。あの回転を行うには、身体を常に高速で再生し、ねじ切れた筋肉や内臓を即座に修復する必要があるのではないか。それに加えて、回転エネルギーによって生み出される熱量。来栖が見た蒸気は、肉体の再生と回転のエネルギーによって生じたものではないかという予測だった。


 --効いてる……!

 悪魔の身体からは蒸気が立ち上がっていた。そして、先ほど三日月によってつけられた傷が塞がりつつあった。やはり、肉体を高速で再生しているようだ。


 来栖は退魔の剣を鞘から抜いた。

 --こいつを脳天に突き刺してやる。

 来栖達に気づいた悪魔が首を持ち上げその双眸を光らせた。

 そして、無数に生えた脚を動かしその胴体で来栖達を押しつぶそうと突進して来た。

「うおあ!」

 来栖はそれを横に飛んで躱した。

 しかし、三日月は違った。すれ違い様に悪魔の最中に飛び乗ると、短剣を突き刺しながらその背中を駆け、乳白色の大地を赤く染め上げた。


「なんなんだ、あいつの身のこなしは……」

 三日月の猿のような身のこなしに、ついそう呟いていた。

 そうこうしている内にも、悪魔はその長い身体をくねらせながら氾濫した川のように縦横無尽に大地を駆け回っていた。

 一度躱したと思っても、その長い身体の別の部分が迫ってくる。


「くらいな!」

 与羅那の声と共に、悪魔の頭部に手投弾が炸裂した。

 怯んだ悪魔の動きが止まった。

 その一瞬を逃さず、三日月が背骨の様な突起を伝いながら、頭部に向かって駆け上がる。


 悪魔は首を捻ると、その双眸で三日月を捉え、大きな口を開けた。

 そこに銃声が続けて二発響いた。

 美智花の放った銃弾は正確に悪魔の眼球を捉えた。

 視界を失った悪魔が雄叫び上げ、身を激しく捩る。

 次の瞬間、来栖には振り落とされそうになった三日月の目が光った様に見えた。そして、悪魔の身体から大量の鮮血が噴き出した。


「後は任せたよ」

 血の中から顔を覗かせた三日月はそう呟くと悪魔の身体から飛び降りた。

「あいつ今、何をしたんや!?」

 佐伯が驚嘆の声を上げた。

 佐伯が言わなければ来栖が言っていただろう。

 いくら身のこなしが軽いからといって、あの短剣では深い外傷を与える事は出来ない筈だ。一体何をどうしたらあんな事が出来るのか来栖には理解出来なかった。


 しかし、これはチャンスだ。

 来栖はそう思い直すと、佐伯と共に悪魔の頭部めがけて全速力で走った。

 そこに、

「うおおおお!」鼓の雄叫びが響いた。

 鼓は棍棒の根元を掴むと、身体を回転させ遠心力を使って巨大な棍棒を悪魔目掛けて放り投げた。

 棍棒は回転しながら飛び、正確に悪魔の頭部を捉えた。

 その衝撃で悪魔が地面に伏した。


 --今しかない!

「喰らえ!」来栖は悪魔の頭に飛び乗ると、その脳天に退魔の剣を突き刺した。

「ぐおおおおおお!」

 悪魔が一際大きな悲鳴を上げた。


「やったか!?」

 しかし、悪魔は再びその身体を捻り始めた。今、あの回転をされたらひとたまりも無い。

 来栖は剣を一度引き抜き、再び突き刺した。

 しかし、悪魔の動きは止まらなかった。


 --くそ!何でだ!何故死なない!?傷が浅いのか!?

「来栖!下がれ!」

 佐伯が悪魔の身体に突き刺さった退魔の剣の柄に踵を落とした。

「ぐおおおおお!」

 刀が深く刺さり、悪魔が悲鳴を上げた。

「もう一丁!」

 佐伯はそう言うと、今度は足裏を使って刀の柄を思い切り踏みつけた。

 退魔の剣は柄まですっぽり突き刺さり、悪魔の動きが止まった。

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天使の国 佐藤里 @eugene_310

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