第15話 初陣

「石動と佐伯、来栖はそのまま待機しろ。美智花は歌乃花様の護衛を、鼓と三日月は私と供に来い!」

 久遠はそう命令を下すと馬に跨った。

「了解だ!」

「えぇ……嫌だなぁ……」

 鼓と三日月も馬に跨る。

「おい、あたしは?」与羅那が訊ねた。

「与羅那、お前は爆破の準備だ。我々で奴をおびき寄せる。そこにお前の爆弾を食らわせろ。弱ったところを全員で叩く」

「はっ」久遠の作戦を与羅那は鼻で笑った。「嫌だね!」

 与羅那は岩から飛び降りると、馬に飛び乗った。


「おい貴様!何をするつもりだ!」久遠が怒鳴る。

「要はあいつをブッ殺せばいいんだろぉ!あたしは好きにやらせてもらう!」

「おい!待て!」

 久遠の制止を振り切って与羅那は馬を走らせた。

「くそ!追うぞ!」久遠がその後を追う。

「おい、おい、待ってくれよ!」

「ちょっともぉー……」

 鼓と三日月も、その後を追うように駆けていった。


「どんな悪魔だ?」

 来栖は一際大きな岩の上で望遠鏡を構える石動にそう訊ねた。

「デカい百足みたいな奴だ。岩の間を縫って来てる」石動はそう答えると、

「一体どういう進化を遂げたらあんな姿になるんだか……」蓄えた髭を撫でながらそう呟いた。

「俺にも見せてくれ」

 来栖は岩をよじ登って石動の隣に立った。

「あぁ、ほら」石動が望遠鏡を差し出した。

 来栖はそれを受け取ると、レンズを覗き込んだ。


 岩陰の隙間に悪魔の乳白色の身体が見えた。細長い胴体には肋骨の様な模様が浮かび、背骨の様な突起が浮き上がっていた。そして、その側面からは細長い人の指の様な形をした脚が左右対象にびっしりと並んでいた。

 --なるほど、確かに百足だ。


 来栖は悪魔の様子を眺めながら、石動に気になっていた事を訊ねた。

「なぁ、あんた人を悪魔に変える研究をしてたって言ったよな?なんでそんな事を?」

「なんでってそりゃ、逆になんで知りたく無いんだ?」石動が困惑した表情を浮かべた。「この国じゃ、人は生まれながらに持つ罪によって死ぬと悪魔になると言われてるだろ?」

「あぁ、当たり前の事だろ」

 来栖の答えに石動は真剣な顔で訊き返した。

「本当にそうか?その瞬間を見たことがあるのか?」

「そりゃ……ないけど」

 確かにその瞬間を見たことは一度も無かった。何故ならばそうなる前に天使がやって来て魂を天に帰すからだ。


「そうだろう。何故誰も見たことが無いのに皆それを信じているんだ?俺にはまったくもって理解できないよ」石動が飽きれた様子で言った。

「ちょ、ちょっと待てよ……。じゃあ嘘だっていうのか?人は死んでも悪魔にならないのか……!?」

 来栖の脳裏に理不尽に殺された妹の姿が浮かんだ。

 来栖よりも明らかに軽傷だった妹は悪魔に成りかけていると言われて殺された。それもやはり嘘だったのか!?

 来栖の中で天使に対する怒りがこみ上げて来た。

「待て待て、そうは言ってないだろう。俺は人が本当に悪魔になる事を証明したかっただけだ」


「……天使を崇拝してるから、か?」

「逆だ。人が悪魔になれるのなら、悪魔を人に戻す事も可能かも知れないだろう?そうすれば、天使様に殺してもらう必要もなくなる」

「出来るのか……!?」石動の言葉に来栖は目を輝かせて訊ねた。

「おいおい、俺の話を聞いてなかったのか?実験に入る前に俺はお尋ね者になって、全てを失った。そう言ったろ」

 --あぁ、そう言えばそうだった。

 来栖はがっくりと肩を落とした。


「だが、今度は逆の実験ができるかもしれない。悪魔の死体を持って帰るんだからな。悪魔の身体を調べれば何かわかるかも知らん」

 その言葉に来栖は再び目を輝かせた。

「なるほどな、あいつの死体があれば悪魔を人に戻せるって事だな?」

「おいおい、そこまでは言ってねぇだろ……」

 石動が白髪交じりの頭を掻いた。

「可能性があるだけで充分。俄然、やる気が出た。絶対、アイツを倒す」

 そう意気込んだ来栖は再び望遠鏡を覗き込んだ。

 しかし、悪魔の姿は何処にも無かった。


「何処行った……?」

 その時、僅かな振動を感じた。

 --なんだ?地震?

 始めは小さかった振動が徐々に大きくなっていく。

「何だ!?」石動が叫んだ。

 そして、立っているのも大変なほど振動が強くなった、次の瞬間。

 地面から、高速で回転する乳白色の柱が飛び出してきた。


 岩の間にできた開けた地面から飛び出したそれは少し経ってからその回転を止めた。

 その正体は先ほど見た悪魔だった。

 悪魔はその乳白色の身体を捻りながら高速で回転しながら地中を掘り進んで来たようだ。その所為で、身体はまるで絞った雑巾のように細長くなり、今にも捩じ切れそうだった。

 体高は牛鬼ほど大きくは無く、馬よりひと、ふた回り大きいぐらいだが、未だに地面に埋まったいその身体の全長は数十メートルはありそうだ。


「なんだ、こいつ……」

 来栖がその姿に呆気にとられていると、乳白色の身体の先端、頭部と思われる箇所にある双眸がギョロリ、と開いた。

 悪魔はその燃えるような赤い瞳で周囲を見渡すと、馬に跨った歌乃花の方向に視線を定めた。

 そして、

「あ、あああああああ」悪魔が口を開いた。

 そこには人間同じような平たい歯がズラーっと並んでいた。


 そして、悪魔の身体が再び回転し始めた。恐らくは先ほどと逆回転、細く捻れた身体が再び元に戻り、そして再び捻れていく。


「おいおい、こいつはドリルか!?」石動が叫んだ。「なんでアレで死ない?肉体がねじ切れるはずだ。身体の伸縮性が異常に高いのか?それともねじ切れたそばから高速で肉体を再生してるのか?」

「そんな分析してる場合かよ!」

 来栖は嬉々として悪魔を見つめる石動にそう言うと、腰の刀を抜いた。

 回転した悪魔は、その身を曲げ歌乃花目掛けて突っ込んだ。


「歌乃!!」

 美智花の叫び声が聞こえた後、激しい振動と共に土煙が上がった。

 --歌乃花を狙った!?

 周りにこれだけ人がいるのにも関わらず、悪魔は少し離れた所にいた歌乃花に突っ込んだ。

「歌乃!しっかりして!」

 土煙の中から美智花の声が聞こえた。どうやら美智花は無事な様だ。


「くそ!」

 来栖は刀を構えて、駆け出した。

 しかし、その肩を石動が掴んだ。

「待て!」

「おい、何すんだ!?」

「よく考えろ、ここは国境の外だ。天使は来ない。つまり、致命傷を負ったヤツから悪魔になるかも知れないって事だ」

「あっ……!」

 言われて初めてその事に気がついた。

 何故今まで気付かなかったのか、恐らくは無意識に天使を頼っていたからだろう。

 それが事実なら、外で悪魔と戦うにはこないだの様な大きな怪我は避けなくてはならない。

 --認識が甘かった。一体俺は何を浮かれていたんだ?仲間が増えた事への安心感か?


「歌乃!」

 土煙が晴れると、意識を失った状態で地面に倒れる歌乃花と、その側で彼女を支える美智花の姿が露わになった。

 どうやら衝撃で馬から落ちた様だが、馬の姿は見当たらなかった。恐れをなして逃げたのだろう。


 そして、その二人の前方で鎌首をもたげる悪魔の姿が見えた。

「う、あ、あは、あは」

 悪魔が何処と無く笑っている様な気持ちの悪い声を上げた。

「この!」

 美智花が腰から抜いたライフルの引き金を引いた。

 放たれた銃弾は悪魔の頭部に命中し、

「ああああ!」悪魔が悲鳴の様な声を上げた。

 美智花は間髪入れずに、次弾を装填し引き金を引いた。

 一発、二発、三発と乾いた銃声が響き渡る。その度に悪魔は悲鳴を上げた。


「くそ!」

 装填されていた全ての弾を撃ち尽くしてしまったのか、美智花が悪態を吐いた。

「あ、あは、あは、あは」

 まるでその瞬間を待っていたかのように、悪魔が笑った。

 そして、その大きな口を開くと二人に向かって首を伸ばした。


 そこで来栖はハッと我に帰った。

 --まずい!二人が喰われる!

 しかし、悪魔の口が二人に届く事は無かった。

「兜割り!」

 佐伯が悪魔の頭上から、その拳で頭部を地面に叩きつけたからだ。

「おいおい、無事か!?何イキナリやられてんねん!」

 佐伯は足元の悪魔に追加で拳を叩き込みながら言った。

「いっ……!すいません……!」歌乃花が謝った。どうやら意識が戻った様だ。


「歌乃!大丈夫!?」美智花が叫ぶ。

「姉さん、私は大丈夫だから--」歌乃花が言葉を呑んで、目を見開いた。

「あ?なんやぁ?」

 頭部を佐伯に押さえつけられた状態のまま、悪魔の胴体がゆっくりと回転し始めていた。

「あかん!お前ら岩陰に隠れろ!」

「歌乃!早く!」

 美智花が歌乃花を引きずる様に岩と岩の間に僅かに間隙間に身を隠した。

 それを確認して、佐伯も岩の隙間に飛び込んだ。


 そこに、悪魔が突進した。その回転の衝撃で地面や岩が削れ、粉塵が舞い上がる。

 土煙の中、悪魔は回転したまま、のたうち回る様に周囲の岩を手当たり次第、砕いていった。

 来栖は暴れる悪魔と距離を保ちつつ、回り込む様にして佐伯達が身を隠した岩の背後に滑り込んだ。

「無事か!?」三人に声をかける。

「私は……大丈夫です」歌乃花が答えた。

 軽い擦り傷はあるが、身体は無事な様だ。

「地形のお陰で助かったわ」佐伯が言った。


 ここが岩石の並ぶカルスト地帯でなく、ただの平原なら今頃三人は無事ではないだろう。

「悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ!早く移動しないと持たないわよ!」美智花が歌乃花の腕を肩に掛けながら言った。

 今も岩の背後では悪魔が暴れまわっていた。

「俺たちが囮になる。その隙にもっと岩石が入り組んだ場所に身を隠してくれ」

 来栖の言葉に美智花は頷いた。

「わかった」


「佐伯!奴を引きつけるぞ!」

「任せろや!って言いたいところやけど……なぁ。あの回転をどうにかせんと歯が立たへんぞ」

 佐伯の言葉は最もだったが、今それを考えている余裕が無いのも事実だった。

「……とにかくやるしかねぇ!」来栖は刀を構えて岩の隙間から悪魔の前に躍り出た。「こっちだ!クソ悪魔!」


 悪魔の動きが止まった。捻れた身体のまま悪魔はその双眸で来栖をじっと見つめた。

 --動きが止まった!今がチャンスだ。

 そう思った来栖は一気に距離を詰めると、右手に持った刀で悪魔に斬りかかった。

 しかし、刃が届く前に悪魔の身体は再び回転を始めた。その高速で回転する身体に来栖の刀は容易く弾かれた。

「うあ……!?」

 弾かれた衝撃で身体のバランスが崩れた。

 そこに、悪魔の身体が迫る。

 来栖は咄嗟に左の義手を盾にして身を守ったが、悪魔の横薙ぎの攻撃に、為すすべも無く吹き飛ばされた。


 吹き飛ばされた来栖は地面を、蹴り飛ばされた小石の様に転がった。

「いってぇ……!」

 義手のお陰で大きな傷は負わずに済んだが、それでも直ぐには起き上がる事が出来なかった。

「何しとんねん!アホか!」

 佐伯の叫び声が聞こえた。

 佐伯は岩陰から悪魔の前に躍り出ると、

「こっちや!かかってこい!」腕を振って悪魔を挑発した。

 どうやら、悪魔の注意を引いてくれている様だ。

 挑発に乗った悪魔がその身をくねらせ佐伯に襲いかかった。


「うおぉ!あっぶね なぁ!」

 悪魔の突進を佐伯はひらりと、軽い身のこなしで躱した。

 しかし、悪魔の攻撃は止まない。回転した身体を左右に振って周囲の物体に手当たり次第体当たりをしてきた。

「くっそ!やべえって!」

 佐伯はそれを、跳ねたり伏せたりしながら何とか躱し続けているが、その表情には焦りの色が浮かんでいた。


 このままでは二人ともやられる……!何か、策はないか!?

 来栖が思考をめぐらしていると、悪魔の回転が止まった。

 --止まった?

 それも束の間、再び悪魔の身体は回転を始めた。

 しかし、その隙に佐伯は岩陰に姿を隠した。

「来栖!交代や!少し、休ませてくれ!」

 岩の背後から佐伯の声が聞こえた。

 その言葉に来栖は大きく息を吸って、叫んだ。

「次はこっちだクソ悪魔!」

 その声に反応した悪魔が来栖に向かって、一直線に突進して来た。


 来栖は左腕の義手から刃すと、腕を前に構えた。

 そして、悪魔の突進を身を捻ってギリギリで躱すと同時にその刃を悪魔の身体に押し当てた。

 刃は悪魔身体を切り裂き、鮮血をまき散らした。

 しかし、それと同時に回転に飲まれ、来栖の身体を物凄い力で引き寄せた。

 来栖は義手を外すと、なんとかその回転から逃れた。


 来栖の背後にあった岩に突撃した悪魔の回転が止まった。

「なんだ!?」

 よく見ると、その身体からは蒸気が出ていた。悪魔の身体が高熱を発しているのだ。

 --これは……。


 次の瞬間、来栖の直ぐ側で爆発が起きた。

「うお、わ!?」

 爆発音の残響が消えると、馬の駆ける音が聞こえてきた。どうやら、久遠達が戻ってきたようだ。

「吹っ飛べ!!」

 与羅那の声と共に、手榴弾が放物線を描いて飛んできた。

 悪魔の側に落ちたそれは激しい爆発を起こし、周囲に金属の破片をばら撒いた。


 来栖は咄嗟に岩陰に身を隠すと、高速で飛び散る金属片から身を守った。

「あっぶねぇな!おい!」

「おおおおおおおお!」

 手投弾の被害を受けたであろう悪魔が雄叫びを上げた。

 そして、再び身体を回転させると、地中へ潜っていった。

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