第14話 遠征隊

 低い草が生い茂る平原を、来栖達は馬に跨り駆けていた。

 隊の先頭を駆けるのは久遠。その後ろを佐伯と与羅那が、そして鼓が手繰る歌乃花を乗せた幌馬車が続く。三日月と石動は馬車の両サイドを馬車と同じ速度で駆けている。そして、隊列の最後尾に来栖と美智花はいた。


 --本当に付いてくるなんてな。

 横を駆ける美智花の姿を見ながら来栖は思った。

「可愛い妹をこんなヤバい奴らに任せておけないでしょ!歌乃は私が守る」

 そう言われてしまっては、返す言葉も無かった。

 歌乃花の方も自ら志願した者を止める訳にもいかず渋々と隊に加わる事を了承した。

 来栖としても、美智花が共に来てくれる事は喜ばしい事だった。美智花の実力は知っているし、何より気の知れた相手がいる事が心強かった。

 と言っても、他のメンバーよりはマシというだけで来栖も美智花の事を殆ど知らないのだが。


 --まさか、美智花が夕紅家の人間だとはな。

 なぜ、そんなお嬢様が国境警備にいるのか。なぜ、妹が遠征隊の隊長になっているのか。など、色々と聞きたい事があった。

「何?どうかした?」来栖の視線に気づいた美智花が訊ねた。「私の美貌に見惚れちゃったぁ?」

「はぁ?何言ってんだよ」

 来栖は呆れた顔で答えた。

「あーはいはい、アンタさっきも歌乃花の事ずっと見てたしねー……」

「え!?み、見てねーし……」

「わかりやす!まぁ、私と違って歌乃はスタイルも良いしねぇ……」


 確かに歌乃花は小顔で身長が高く細身で、出るところは出ているという理想的な体型をしていた。

 それに比べて美智花は、身長も低いし、胸も無く、ぱっと見、元気な少年のようだ。

 その体格差からはこの二人が姉妹だとは到底想像出来ない。それも美智花の方が姉だなんて尚更だ。


「ちょっと!どこ見てんのよ!」

 胸元に向けられた視線に気づいた美智花が言った。

「いや、その……本当に姉妹?」

「はぁ」

 来栖の質問に美智花は大きなため息を吐いた。

「正真正銘の姉妹よ。私が二十二で、妹が二十歳。そういや、アンタと同い年ね」

「え!?」美智花の言葉に来栖は驚いた。「二十二!?」

「何?そこ?」

「い、いや……てっきり歳下かと……」来栖は目を逸らしながら答えた。

「はぁ!?もしかして……アンタが私に対して生意気なのってそのせい!?」


 美智花に図星を突かれて来栖はしどろもどろになりながら答えた。

「……いや、その、すいません……」

「あ〜……もう、いいわよ。今更敬語使われても気持ち悪いし」

「いや、あの、凄く、その、若々しく見えたから……」

「気持ち悪いんだけど……」

 なんとか言い訳しようとする来栖に対して美智花は軽蔑するような視線を向けた。


「昔からあの子の方が年上に思われてたしね」

「え?なんの話……」唐突な話題についそう言ってしまった。

「歌乃花は小さい頃から、賢くて、大人しくて可愛いかった。周りの大人も歌乃の事をよく褒めてたわ」

「あぁ……」

「それに比べて私は落ち着きが無くてよく叱られた。じっとしてるのが苦手で同世代の女の子と遊ぶより、男の子に混じって遊んでた。両親はそんな私に呆れて、あの子ばっかり気にかけてた」

「ふーん……」

「だから、家を出たの。両親も厄介者を追い払えて清々してるでしょうし、私自身も家の仕来りに縛られた人生なんて嫌だったから丁度良かった」

「なるほどなぁ……」


 四大貴族となれば色々と面倒な仕方りがあるのだろう。美智花が上品な振る舞いをしている姿は想像出来なかった。

「あの子が家を継いで裕福な暮らしをして、私は一人、普通に生きて行く。それで良かったと思ってた。でも、どうやら違ったみたい」

 確かに、歌乃花は好きで家を継いだ訳では無いようだ。

「どうかな。俺にはよくわかんねーが、歌乃花の様子を見るに自ら望んでここに来たんだろ?」来栖は落ち込んでいる美智花を励ますように言った。


「本当にそう思う?」美智花が訊ねた。「あの子がこんな事自ら進んでやるとは思えない。白夜大河に騙されてるに違いないわ」

「おいおい、やけに大河さんに対して噛みつくな。大河さんはそんな人じゃ無いって……」

「……そういうアンタは白夜大河の事をどれだけ知ってるわけ?」


 そう訊ねられると、来栖自身も白夜大河の事はそこまで知らないかった。

 ただ、悪魔に襲われた来栖の元にいち早く駆けつけ妹を失った来栖を励ましてくれたのは彼だ。そして、もう二度と同じことが起こらないようにすると約束してくれた。

 来栖が強くなるために、武術を学びたいと言った時も快くそれを受け入れ、道場を紹介してくれた。

 それ以来、直接会う事は無かったが、来栖にとって白夜大河は恩人に違い無かった。

 そんな彼を悪く言う事は来栖には出来なかった。


「……とにかく大河さんは悪い人じゃねーって」

「だと、良いわね……」

 美智花はそう呟くと、黙り込んでしまった。

 来栖もそれ以上話す事も無く、無言で馬を走らせた。


 馬を走らせていると徐々に景色が変化して来た。一面を覆っていた草は疎らになり、乾いた大地とゴツゴツしたむき出しの岩が目立つ様になって来た。

 更に進んだ先には、巨大な岩がまるで暮石の様に一面に立ち並んでいた。

 そこで、先頭を行く久遠が停まった。


「なんや?ここで停まるんか?」

 佐伯が訊ねた。

「あぁ」久遠が答える。

「すごい地形だな……初めて見た」

 周囲の岩石を見上げながら、来栖はそう呟いた。

「カルスト地形だな、これは」

 そう言ったのは石動だ。

「かるすと?なんやそれ」佐伯が訊ねた。

「石灰岩が風雨で削れてできる地形だ」

「ふぅん。で?ここで野宿でもするんか?」


「ええ、ここで待機しましょう」

 佐伯の質問に、馬車から降りた歌乃花が答えた。

「まだ、そんなに経っていよな?」

 来栖は隣でまだ馬に跨ったままの美智花に訊ねた。

「うん、まだ一時間も経ってない」

 国境を出てからここまで悪魔と遭遇する事もなく順調に進んでいたように思えたのだが、何かあったのだろうか。


「皆さん。ここなら国境からそう遠くなく、かつ天使様も直ぐには来れない。初陣には丁度良い場所です」

 歌乃花が全員に聞こえるように言った。

「それって……」

 そう呟いた来栖に応じるように歌乃花が言った。

「ええ。皆さんはここで悪魔と戦っていただきます」

「まぁ、アタシらは別に何処だろうと構わないけどさぁ。悪魔が来るまでずっとここで待つってのかい?」

 与羅那が不満げに訊ねた。

「ええ、そうですが。そんなに時間はかから無いはずです。その為に私が居ますので」


 --どういう意味だ?

 歌乃花の発言が引っかかった。しかし、それを追求する前に久遠から、

「全員配置につけ」号令がかかった。

 久遠の指示で全員馬から降りると、岩陰に馬車と馬を集め、各々、歌乃花を中心に円を描くように一定の間隔を開けて配置に付いた。

 来栖は目を凝らして周囲を見渡したが、辺りはゴツゴツとした岩が剥き出しの荒野が広がるばかりで、悪魔どころか生物の存在を一切感じなかった。


「一体、何するつもりなんやろなぁ」

 ただ突っ立ているのに飽きたのか、佐伯が持ち場を離れて近づいてきた。

「さぁな。取り敢えずいつでも戦える準備はした方が良いんじゃないか?」

 特に武器も持っていない様子の佐伯を少し心配して言った。


「準備なら出来とるわ」佐伯はそう言って自身の拳同士を打ち合わせた。

 ガキンという金属音が響いた。

 よく見ると佐伯は両腕に金属製の手甲を着けていた。

「それは?」

「ガントレットや。この鉄の拳があれば悪魔だろうとイチコロやで」

 どうやら、悪魔相手でも己の拳と格闘術で戦うつもりの様だ。


「銃とか刀とかは?」

「いらんいらん。そんなもん着けとったら動きづらくてしゃーないわ」

 確かに悪魔との戦闘においては身軽さは重要になってくるが、本当に拳だけで戦えるのだろうか、と少し半信半疑になった。

 そんな来栖の様子に気がつく事も無く、佐伯が言った。

「来栖、お前のその腕なんかカッコいいの〜」

 来栖の左腕には普段着けてるものとは違い、指先が獣の鉤爪の様になっている金属製の義手が取り付けられていた。

「あぁ、戦闘用の特注品だ。大河さんに作って貰った」


 そう言いながら来栖は右手で、義手の指握り込む様に曲げた。

 神経が繋がっている訳ではないので自由に動かす事は出来ないが、こうして握り拳を作る事で刀を持つ事も可能だ。と言っても手首の返しが使える訳ではないのであまり役には立たない。


「コイツの良いところはコレだ」そう言って来栖は左腕を振った。

 カシャン、という音が鳴って左腕の側面から鉄の刃が飛び出した。

「おお!なんやそれ!カッコええな!」

 来栖が佐伯と話していると、少し離れたところから美智花が叫んだ。

「ちょっとそこ!静かにしなさいよ!」


 渋々と佐伯は声のボリュームを下げて言った。

「あの二人、本当に姉妹なんかぁ?全然似てへんな」

「確かに」来栖は頷いた。

「しかし、隊長さんは一体何をするつもりなんや?」

 佐伯が陣の中央にしゃがみ込んで何かをしている歌乃花に目線をやった。


 歌乃花の前には脚のついた小さな陶器が置かれていた。歌乃花はその陶器の蓋を外すと、懐から取り出した懐紙を広げ、包まれていた灰を陶器の中に入れた。続けて、その灰の上にマッチで火を付けた炭を置いた。


「なんやあれ」佐伯が呟いた。

「お香……じゃないか?」

 来栖も実際に見たのは初めてなので、確証は持てなかった。

 そして、歌乃花が炭の上に香木を置くと、お香の香りが辺りに漂い始めた。

「匂いで誘き出そうってか?」

「さぁ……どうだろうな。悪魔が獣と同じだとすればお香よりも、血肉の匂いに反応しそうだけど……」


 次の瞬間、来栖は己の目を疑った。

 歌乃花の体から青白く光る煙のようなものが立ち上がっていた。

「なんだ、あれ……」来栖はそう呟いてから、隣の佐伯に言った。「佐伯、ありゃなんだ?」

「あ?なんやて?」

「歌乃花から出てるあの光だよ」

「あぁ?確かにあのねぇーちゃんは眩しいけどよぉ……」佐伯がニヤリと口元を歪ませた。「なんだ来栖。お前、惚れたのか」


「はぁ!?なんでそうなるんだよ!」来栖は顔を赤面させながら言った。「ふざけてないでちゃんと見ろよ!あの光だ!」

「ふざけてんのはそっちやろ。なんや光って。俺には見えへんぞ」

 佐伯は至って真面目な顔でそう答えた。

「え……」

 --見えてないのか?

 見間違えか?来栖は再び歌乃花に視線を移した。しかし今も尚、青白い光の煙が歌乃花の周囲を取り巻いていた。


 他の隊員を見ても、歌乃花の様子に気づいている者はいないようだ。特に美智花が何も反応しないところを見ると、彼女にも見えていないのだろう。

 あの光は何だ?何故自分にだけ見えるのだろうか、疲労からくる幻覚だろうか。

 来栖が頭を悩ませていると、

「おい!来たぞ!」与羅那の声が響いた。


 その場にいた全員の視線が与羅那に集まる。

「何処だ!?」久遠が持ち場を離れ、与羅那の立っている岩の上に飛び乗った。

「あそこだ!岩の隙間を縫うように動いてやがる」

 与羅那の指差す方向を確認した久遠は、全員を見渡して号令を出した。

「全員戦闘態勢をとれ!悪魔が来たぞ!」

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