第12話 姉と妹

 佐伯と久遠、お互いの攻撃が相手に届くその一歩手前で大地が爆発した。

 吹き飛ばされた来栖、佐伯、久遠の三人は転がるように地面に倒れ込んだ。

「おあああああ!?」

「な、なんやぁ!?」

「何だ!?」


「ちっ!狙いがズレちまったじゃねーか、おっさん」

「おいおい、お前本気で当てるつもりだったろ」

 少し離れた所で男女が何やら言い合いをしていた。

「どうせ、全員ろくな奴じゃねーんだ。一人二人死んでもなんてことねーよ」

 黒い髪を後ろで一つに結った女はそう言うと、懐から筒状の塊を取り出した。

「おい、よせ」

 白髪混じりの頭と蓄えた髭が特徴的な中年の男がそれを止めようしていた。


「おせーよ、おっさん」黒髪の女が筒状の塊から針金の様な物を引き抜いた。

「お前ら!避けろ!」髭の男が来栖達に向かって叫んだ。

 同時に黒髪の女が筒状の塊を放り投げた。

 投げられた筒状の塊は綺麗な放物線を描きながら、正確に来栖達の頭上に落下して来た。

 --やばい、さっきの爆発はコレか!

 黒髪の女が投げた物が手投弾だと理解するのに、時間がかかった。

 もう避ける事は不可能だ。そう判断した来栖は咄嗟に頭を抱えて地面に伏せた。


 パンッ、という乾いた発砲音と同時に来栖の頭上で爆発が起きた。

 爆音で耳が遠くなる。

 --なんだ?何が起きた?

「来栖!大丈夫!?」

 顔を上げると、そこにはライフルを構えた美智花の姿があった。

「あ……?」来栖は改めて自分の体に視線を落とした。そこには傷一つない体があった。

「そっちの二人も無事!?」美智花が叫んだ。


「あ、あぁ……」「死ぬかと思たわ……」久遠と佐伯が答えた。

「へぇ、やるじゃんアンタ」黒髪の女が美智花に声をかけた。「銃弾であたしのボムを弾くなんて」

「あんたねぇ!私が撃ってなきゃ、こいつら死んでたわよ!?」

「殺すつもりで投げたからねぇ、クックック」黒髪の女は何がおかしいのか笑い出した。

「はぁ?」その様子に美智花は困惑した声を上げた。


 そこに男の声が響いた。

「はっはっは、元気があっていいな!」

 声の主は一部始終を黙って見ていた筋骨隆々の大男だ。

「こ、怖い……」その大男の影から、栗色の髪をした小柄な少年が顔を出した。


「おいおい、笑い事じゃないよ……」髭の男がため息混じりに呟いた。そして幌馬車に向かって叫んだ。「おーい!隊長さん!どうにかしてくれよぉ!」


 すると一台の幌馬車から一人の女性が降りてきた。

 その女性は金の刺繍が施された緑色のコートに白いズボンと黒いブーツを纏い、一目見ただけで品の良さを感じさせた。

 スラッとした身体に、白い陶器の様な肌、腰まで伸びた黒い艶のある髪。そして、人形のように整った顔。

 --美しい。来栖はその女性の姿に目を奪われていた。


 その場にいた全員の視線が彼女に集まった。

 女性が口を開いた。

「初めまして皆さん。私がこの度、遠征隊の隊長を務めさせていただく事になった夕紅ゆうくれない歌乃花かのかと申します。以後お見知り置きを」

 そして、夕紅歌乃花と名乗った女性は頭を下げた。

 夕紅ゆうくれない--つまり、彼女は四大貴族の一つ、夕紅家の息女と言うことだ。どうりで気品があるわけだ。


 しかし、顔を上げた歌乃花は先ほどとは打って変わって素っ頓狂な声を上げた。

「姉さん!?」

 その視線の先に居たのは美智花だった。

「久しぶりね。歌乃」美智花が言った。


「え?」来栖の口から思わず声が出た。「姉さんって……、え?」

 驚きが隠せなかった。

 --美智花が姉!?

 その身長や、服装の所為だろうか、どこからどう見ても美智花より、歌乃花の方が年上に見えた。

 いや、そもそも美智花が歌乃花の姉だとしたら美智花も夕紅家の人間という事になる。

 来栖の知っている美智花からはそんな気配は一切感じなかった。

 何故、四大貴族ともあろう者が、あんな格好で国境警備などしているのだろうか。

 先日の戦闘で、もし美智花が大怪我を負っていたら、自分はどうなっていたのだろうか。最悪死刑もあり得たのではないか?

 来栖の頭の中は疑問で溢れ返っていた。


「姉さん!何でこんなところにいるの!?」歌乃花が訊ねた。

「それはこっちのセリフよ!なんで遠征隊の隊長が歌乃なのよ!それに、白夜大河と婚約って一体どう言う事!?」

「え!?なんで姉さんが知ってるの!?」

 歌乃花が驚いた表情で訊ねた。

 美智花は少し考えた後、説明するのが面倒くさいのか、

「まぁ、いいや、後で話す。とりあえずこんな連中放っといて帰るよ!」そう言って美智花が歌乃花の手を取った。


「離して!」歌乃花がその手を振りほどいた。「姉さんには関係ないでしょ!」

「はぁ?何言ってんの?妹が危険な事をしようとしてたら止めるのが姉でしょ!?」

「今更、お姉さん面しないでよ!家の事を全て放り投げて好き勝手やってる姉さんに、そんな事を言う資格があると思ってるの!?」

「それとこれとは話が違うでしょ!」

「その服装、国境警備隊の物でしょ。しかも銃なんか構えてさ。姉さんの方がよっぽど危ない事してるじゃない!」

「私と歌乃じゃ違うでしょ!私と違って歌乃は期待されてるんだから……」

「私が好きで周囲の期待に応えてると思ってるの!?」

 歌乃花の声が一段と大きくなった。

「歌乃……」

 その言葉に美智花は言葉を呑み込んだ。


 歌乃花は話続ける。

「姉さんがそんなだから、私がしっかりするしかなかったんじゃない!それをみんな、歌乃花は姉さんと違って偉いねって、立派だねって。……誰も私の事を分かってくれない。大河様だけ。大河様だけが私の事を理解してくれた」


「歌乃、分かった私が悪かった」美智花は宥めるように言った。「だから、帰って話し合おう……?」

「無駄よ姉さん。私は大河様の為なら何でもするわ」

「だからって、遠征隊の隊長なんておかしいでしょ!?」美智花が声を荒げた。


「姉さん。私はもう姉さんの知ってる頃の私じゃないの。大河様に出会って私は変わった。大河様が私に力をくれたの」

「力……?」

「家から逃げた姉さんには理解できないわ」

 一瞬の沈黙の後、

「……歌乃、アンタがその気なら力づくでも連れてくわよ」美智花は低い口調でそう言った。

「やれるものならね」歌乃花はそう言うと、声を張り上げた。「久遠!」


「はっ!」

 来栖の後ろで二人の様子を眺めていた久遠が、歌乃花の元へ駆け寄った。

「なんのつもり?」美智花が訊ねる。

「久遠、この人を私の前から連れて行って」美智花の問いかけを無視して歌乃花が言った。「抵抗するようなら、少ししてあげて」

 久遠が腰の刀に手を添えた。

「よろしいのですか?この方は貴女の……」

「構わないわ。それにこの人はとっくの昔に家を捨てた。夕紅家とは何の関係もないわ」


「畏まりました」久遠はそう答えると、

「行くぞ」美智花の腕を掴んだ。

「ちょっと!離して!」美智花が久遠の腕を振りほどいた。

 すると、久遠は怒りの形相で腰の刀を抜いた。

「女……!が必要なようだな……!」

「何する気……!?」

「安心しろ刃は使わない」

 久遠が上段から美智花の肩目掛けて、刀を振り下ろした。


 次の瞬間、キーン、という金属同士のぶつかる音が響いた。

 回転しながら飛んできた刀を久遠が持った刀で弾いた音だ。

「……!」久遠がギロリ、と来栖を睨んだ。「貴様、なんの真似だ……!」

「そっちこそ、何してんだよ……!」刀を投げた来栖は怒りを露わにしてそう言った。

「来栖……」美智花が来栖を見つめた。そして、

「何してんのよ!危ないでしょ!!私や歌乃に当たったらどうすんのよ!!」怒鳴り声を上げた。


「あ……?」予想と異なる反応に、来栖は一瞬、呆気に取られた。しかし、直ぐに頭を切り替えると、

「はぁ!?助けてやったのになんだその言い方!!」怒りの矛先を美智花に向けた。

「助け方が雑だって言ってんの!それにそもそも助けてくれなんて言ってないし!あんな太刀筋、私が食らう訳ないでしょ!!」

 その発言に久遠が怒った。

「なんだと……!」

「何よ!」「妹と違って可愛くねーな!」「貴様ら、覚悟しろ!」


「おいおいおい!ストップ、ストーーップ!!」

 ヒートアップする三人にくぎを刺したのは髭の男だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます