第11話 遠征に行こう

 来栖は北西の国境に築かれた石壁の上に立っていた。

 ここは三ヶ月前、牛鬼と戦った場所だ。

「良い天気だなぁ」来栖は灰色の空を見上げて呟いた。

「どこがやねん!」

「うおあぁ!」

 背後から背中を叩かれた来栖はバランスを崩して石壁から落ちそうになった。

「何すんだよ!?」背後を振り返って叫ぶ。

「お前がおかしなこと言うからやろ〜」来栖を叩いた男はそう言って笑った。


 細い輪郭の顔に、額の中心で分けた黒い前髪と、一つ結びにした後ろ髪が特徴的なこの男の名前は佐伯さえき。数日前に顔を合わせたばかりだが、佐伯はずいぶんとガサツな性格のようで、非常に馴れ馴れしく接して来ていた。

 気を遣わなくて良いという意味では楽なのだが、今のようなガサツな場面も多いため来栖は少々嫌気がさしていた。

「神州の外は常に曇り空なんだから、いい天気と思えばいい天気なんだよ」

 来栖は佐伯に向かって言った。

「なんやそれ」佐伯は呆れたような顔でそう言うと話を変えた。「それより、他の奴らはまだ来うへんのか?おっそいのー」

「なぁ、ずっと気になってたんだけど、その変な喋り方なんなんだよ」来栖は訊ねた。


「あー?カンサイベンも知らんのか?」

「カンサイベン?」

「まだ、この国が出来る前な、西の方に住んどった人が使ってた言葉や」

「ほーん。変な言葉だなぁ。で?なんでお前はそれ使ってんの?」

「俺の村じゃこれが普通なんや。婆ちゃんのそのまた婆ちゃんの時からず〜っとな」佐伯が言った。「伝統を重んじるってのは大事なことやろ〜」


「今からこの国の伝統を壊そうとしている人の言葉とは思えないわね」

 横から二人の会話に割って入るように美智花の声が響いた。

「美智花と……隊長」

 声の方を向くと、そこには美智花と警備隊長の戸狩が立っていた。

「おい、来栖。お前、俺に何か言うことはないのか?」戸狩が口を開いた。


「あー……お久しぶりです。お元気そうで何よ」

「あぁ!?お前のせいでこっちがどんな目にあったか知ってんのか!?」戸狩が声を荒げた。「西の警備隊長は無能だとか、新人の管理が出来ていないとか、中には俺が命令して悪魔と戦わせたとか言う噂も流れてやがる」

「……す、すいませんでした」怒りを露わにする戸狩に来栖は頭を下げた。

「あ?何がすいませんだ?反省して戻ってきたのかと思ったら今度はお仲間を引き連れて来やがって、全く反省してねーじゃねーか!このイカレ野郎!」

「うっ……」戸狩の気迫に来栖は言葉が出なかった。


「おっさん、ちょいまちや」佐伯が口を挟んだ。

「あ?」

「コイツは人類史上初、悪魔と戦った英雄や。そいつをそんな風に言うんはちょっと見過ごせんなぁ」

 佐伯がジロリと戸狩を睨んだ。

「なんだぁ?最近の若い奴は敬語も使えねぇのか?」戸狩が拳を握って、指の関節をポキポキと鳴らした。

「おっさん。やるってんなら手加減できへんで」

「おい、佐伯!」

「隊長!落ち着いて……」

 来栖と美智花はそれぞれ、両者を宥めようとしたが、熱くなった二人にその声は届かなかった。


 先に手を出したのは戸狩だった。

 戸狩が右の拳を佐伯の顔面に向かって突き出した。

 佐伯はそれを身を屈めて躱した。

 そして、そのまま体を捻ると、地面に両手を着いて後ろ回し蹴りを戸狩の胴体に叩き込んだ。

「がはっ!」戸狩が嗚咽を吐いてその場にうずくまった。

「はっ!俺と体術でやり合おうなんて百年はやいで、おっさん!」

 勝ち誇った顔でそう語る佐伯の顔に向かって、来栖は蹴りを放った。

「佐伯!」

 同時に美智花も反対側から佐伯に向かって蹴りを放った。

「あんたよくも!」


「うぉ!」両側面からほぼ同時に放たれた蹴りを佐伯は片腕と片脚で受け止めた。「おいおい!何すんねん!あっぶな〜」

「こっちのセリフだ!戸狩隊長に何しやがる!」来栖は言った。

「先に手ぇ出したんはあっちやろ〜」

「いててて……」脇腹を押さえながら戸狩が立ち上がった。

「隊長、大丈夫ですか!?」美智花が戸狩に寄り添う。

「こいつ、何者だ?その身のこなし……只者じゃねぇな」戸狩が言った。


「あー、コイツはたしか地下格闘技のチャンピオンです」来栖は答えた。

「そういうこっちゃ。ただ強すぎて挑戦者が居なくなってしもたからな〜、次は悪魔倒して一儲けや」

「地下格闘技ぃ?おいおい、犯罪スレスレじゃねーか」戸狩が顔を歪めた。「金の為に悪魔と戦うってのかよ」

「白夜の当主が悪魔殺せば金くれる言うたんや」


「金の為にこんな事をするってのか……」

「金は大事や。俺の生まれ育った村は貧しいからな〜。爺ちゃん婆ちゃんに楽な暮らしをさせてやりたいねん。学もない俺が首都に行く方法なんてこれしかあれへんやろ」

「……」佐伯の言葉に戸狩は黙り込んでしまった。

 佐伯はそんな戸狩から視線を美智花に移すと、口を開いた。

「あー、それと嬢ちゃん。今の蹴りは中々効いたわ」

「それはどうも」眉間に皺を寄せながら美智花が言った。「あんた、覚えておきなさいよ」

「おーこわ」怖がる様子など微塵も見せずに佐伯が言った。


 そこに一人の警備隊員の男が駆け寄ってきた。

「戸狩さん。来ました」

「そうか……通せ」戸狩は隊員の男にそう言うと、来栖の方に向き直った。「お仲間が着いたようだぞ……」

「やっと来たか!待ちくたびれたわー」佐伯はそう言って石壁に備え付けられた階段を下って行った。

 来栖もその後を追った。


 壁の下には幌馬車が二台とそれに乗ってきたであろう人物が集まっていた。

 来栖達がその集団に近づくと、

「お前達が、来栖と佐伯だな?話は大河様より聞いている」集団の前方にいた、若い端正な顔立ちの男が声をかけて来た。

 

「あぁ、そうだけど」

「せや」

 来栖と佐伯がそう答えると、若い男が名乗った。

「私は久遠くおん。普段は大河様の護衛をしている。この度のこの遠征隊の副隊長を務めることになった。よろしく頼む」

 久遠はその見た目や話し方からして、いかにも真面目な好青年といった印象を受けた。歳は来栖より少し上くらいだろうか。あまり来栖が好きなタイプの人間では無かった。


「あぁ、よろしく」

「よろしゅう」

 来栖と佐伯は各々そう返事をした。

「おい、お前等。私の話が聞こえなかったのか?」久遠が言った。

「んお?聞いてたけど?」来栖はそう答えた。

 その瞬間、久遠の平手打ちが頬に飛んできた。

「お、あ?」

 来栖は一瞬何が起きたのか理解できなかった。ただ打たれた頬がじんじんと痛んだ。

「なんすんだ、てめぇ」

 来栖は久遠に食って掛かろうとしたが、そこに今度は、反対側の頬目掛けて平手打ちが飛んできた。

 ぱぁん、という乾いた音と共に来栖の頬が弾かれた。

 何故頬を叩かれるのか理解ができず来栖は言葉を失った。


「お、おい!なにすんねん!佐伯が叫んだ。

 久遠がギロリ、と佐伯を睨む。

「お前も叩かれたいのか?」

「はぁ?ちょい待ちや!なんであんたに叩かれなあかんねん』

「返事は、はい、だ」そう言って久遠は佐伯の頬を叩いた。「私はこの隊の副隊長だと言ったはずだ。上の者には敬語を遣えと教わらなかったのか?」

「あ〜……そいつわ済まんかったの〜。なんせ俺の生きてきた世界じゃ肩書きで偉さが決まらんかったさかい」佐伯の纏う雰囲気が変った。「弱いヤツに従うつもりはねぇな!」

「分をわきまえろ。野良犬が」久遠が腰に下げた刀に手を添えた。


 両者から放たれる殺気を感じて来栖は困惑していた。

 --え?何この人達?なんで直ぐに手が出るんだ?てか何この殺気、マジのやつじゃん。ここで殺し合い始めるの?え?え?


「「死ね!」」

 佐伯が顎を狙った上段蹴りを繰り出すとの同時に、久遠が刀を横一閃に抜き放った。

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