第7話 白夜家

 美智花は明州都の路地裏をずんずんと進んで行った。

「おい!本当にこっちで合ってるのか?」来栖は先を進む美智花の背中に声をかけた。

「大丈夫。こっちこっち」

 そう言う美智花の後を追って路地を抜けると、開けた場所に出た。

 前方に、高い塀に囲まれた巨大な邸宅が有った。神州の一般家屋とは違って、石材やレンガを多く使った建物には煌びやかな装飾が施されていた。かつて、西洋建築と云われた建築法で作られているらしい。


「はい到着」美智花が言った。

「なんで、道知ってたんだ?」来栖は訊ねた。

「昔、ちょっとね」美智花の口から出たのはその一言だけだった。

「ふーん」

 それ以上詮索する気もなかったので、来栖は正面の門へ向かった。

 門の横のベルを鳴らすと、

「どちら様でしょうか」女性の声が聞こえた。

「来栖と言います。白夜大河殿に会いに来ました」

「申し訳ございませんが、本日そのような予定は……」そこで女性の声は途切れた。

 そして、代わりに男の声が聞こえた。「やぁ、来栖君。そろそろ来る頃だと思ってよ」

 声の主は白夜大河だった。


 その後、少し経って女性が一人門の前までやって来た。先程、受話器を取った女性だ。

 女性に連れられて、来栖と美智花は邸宅に足を踏み入れた。

 様々な花が植えらた美しい庭を抜け、重厚感のある玄関を潜ると、そこに白夜大河が立っていた。


 白夜大河は細かい刺繍が施された高級感の漂う洋服を纏っていた。

 年齢は三十歳。ウェーブのかかった金髪に端正な顔をしており、天使と比べても遜色のない色男だ。

 彼は先代当主を早くに亡くし、若くして白夜家の当主となると、その美貌と躍進的な思想から若者を中心に大きな支持を得ていた。

 先ほど街頭で演説をしていた反体制派も、その大半が来栖と同じような若者だった。


「やぁ、来栖君。こうして直接会うのは何年振りかな」大河が言った。

「俺が道場に通う前なんで……七、八年振りですかね」来栖はそう答えた。

「そうか、もうそんなに経つか……」大河はそう呟くと、横目で美智花を見た。「其方の女性はどなたかな?」

「あぁ、こっちは」

「美智花よ。一応、コイツの元上司」来栖の言葉を遮るように美智花が言った。


「みちか……?」大河が首を傾げて、美智花の名前を呟いた。

「私の名前が何か?」美智花がいつもよりワントーン低い声で言った。

「あ、いや失礼。何処かで聞いた気がしたものでね」


 そんな二人を他所に、来栖は早速本題を切り出した。

「それで、例の物は出来たんすか?」

「あぁ、出来ているよ」大河はそう言うと「着いてきたまえ」と奥の部屋へと二人を案内した。


 部屋に入るなり、大河は奥の棚から布に包まれた棒状の物を取り出した。

「見たまえ」大河が布を取った。

 現れたのは鞘に収められた刀だった。神州の警察や国境警備隊が装備しいている刀と異なる点は刀身が真っ直ぐ伸びていることくらいだろうか。

 来栖は刀を手に取ると、鞘から刀身を引き抜いた。

「え?刃がない……?」

 そう言ったのは美智花だ。

 その刀には刃の代わりに、鍔から先端の尖った細い金属の棒が付いていた。


「かつて西洋で、レイピアやショートソードと呼ばれていた剣に近い」大河が言った。

「よく加工出来たっすね」刀をマジマジと見つめながら、来栖は言った。

「本当は刃に加工したかったのだが、下手に弄るのも怖いのでね。簡単な整形をして金属を繋ぎ合わせただけだよ」

「いや、十分ですよ」来栖は刀を軽く振った。「これで悪魔を殺せる」


「ちょっと待って、一体何の話してるの?」美智花が口を挟んだ。「その刀は何?」

「あぁ、これは……あの時、赤い髪の天使に助けられただろ」

 来栖は牛鬼にトドメを刺した赤い髪の天使の姿を思い浮かべた。

 そして、ニヤリと笑った。


「あの時手に入れた天使の矢だ」

「ちょっと!なんて事してんのよ!」

「イッテェ!?」美智花の鋭い蹴りが、来栖の膝裏目掛けて飛んできた。「何すんだよ!」

「天使様の武器を盗むとか、そんな事許されるわけないでしょ!?」

「あー?大丈夫だろ。あの天使なんかアホっぽかったし」

 美智花が再び蹴りを繰り出した。

 来栖はその蹴りを横に飛んで躱した。

「今更、騒いだってしょうがねぇだろ。盗っちまったんだから」

「〜〜っ!!」

 美智花は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべると、言い返しても無駄と悟ったのか、噛み付く相手を変えた。

「白夜大河!天使の武器を勝手に改造するなんてそんな事許されると思ってるわけ!?」


「私は来栖君に期待しているんだよ」大河は美智花の質問には答えずそう言った。「あの時の子供が、まさか本当に悪魔と戦うとは思っても見なかった。知らせを受けて直ぐに来栖君に手紙を出したよ。本当は直ぐに会いに行きたかったが、忙しい身でね……」


「いえ、助かりましたよ」来栖が言った。

「はは、まさか返事の手紙と一緒に矢が送られて来るとは思わなかったが」

「今から十年前だ。あの日、来栖くんは私に言ったね。いつか、自分の手で悪魔を倒すと」

 十年前、神州の北区に悪魔が発生した事件。心身共に傷ついた来栖に手を差し伸べたのが、白夜大河だった。

 大河は真摯に事件と向き合い、何故悪魔が発生したのかその原因を必ず突き止める事と何か困った事があればいつでも助けになる事を約束してくれた。

 貧しい農家生まれの来栖が武術を磨く事が出来たのも大河の計らいがあっての事だった。


「これからも君の働きには期待しているよ」大河がポンと来栖の肩を叩いた。

「ちょっと待ちなさいよ!それどう言う意味!?」美智花が叫んだ。

「言葉通りさ。来栖君には悪魔と戦って貰う」大河が言った。

「自分が何を言ってるか、分かってるわけ!?」

「このままではこの国は持たない。新たな土地を獲得しなくては未来は無い」

「それは天使様が決める事でしょう!?」

「天使達は動かない。彼等は我々に何もしてくれないよ」

「なんでそんな事……」

「再三、我々は天使様に具申したさ。神州の外へ出るべきだと。しかし、彼等はそれを受け入れなかった」


「……だからって、天使様の助けも無しに外へ出ようっての?」美智花が訊ねた。「そんなの無理に決まってる」

「やってみなければわからないさ」大河はそう言うと、来栖の方を向いた。「来栖君、そうだろう?」

 その問いかけに、来栖は頷いた。

「はっ!馬鹿言わないでよ!あんな悪魔一体と戦っただけでそのザマよ!?外に悪魔がどんだけいると思ってるのよ!?」美智花が来栖の左手を指差して叫んだ。


「今度は来栖君一人じゃない。私や来栖くんと同じ考えを持つ者は多い」大河が言った。「近いうちに有志を募って遠征を行うつもりだ。来栖君には是非、遠征隊に加わって貰いたいが、どうだい?」

「是非、参加させて下さい」来栖は即答した。

 願っても無い話だった。志が同じ者が一緒ならば心強い。


「そんな事、他の三家が黙ってないわよ」美智花が言った。

夕紅ゆうくれない家に話は通してある。渋々だが、私の計画に同意してくれたよ」

「なっ!?」美智花が目を見開いた。そして、動揺を隠しきれない様子で呟いた。「うそ、でしょ……!?」


「そんなに驚く事か……?」来栖は美智花に訊ねた。

 しかし、美智花は来栖の質問には答えず、大河に向かって話しかけた。

「夕紅戴天たいてんがそんな事認めるわけ無い!あんた一体何を……」

「これはまだ世間には公表していないのだが……」大河はそう呟くと続けた。「夕紅家のご息女、夕紅歌乃花かのかと私は近々、結婚する事になっている」

美智花はまるで鳩が豆鉄砲を食ったかのような表情を浮かべると、叫んだ。

「はああああ!?」

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