第6話 首都

「入るわよ」

 扉をノックする音に続いて美智花が聞こえた。

 来栖が返事をする前に、既に美智花は病室に入っていた。

 図々しい奴だな。来栖は内心そう思った。


「なんだ元気そうじゃん」美智花が言った。

 二ヶ月ぶりに会う彼女は以前となんら変わりのない様子で来栖に接して来た。

「まぁな。体が鈍って仕方ねぇよ」来栖も以前と同じ様に接する。「で?何しに来たんだよ?」

「何その言い方。相変わらず生意気ねぇ。私はアンタの命の恩人なんだから少しは敬いなさいよね」美智花はムッとした表情でそう言った。「アンタが今日退院するって聞いたから、迎えに来てあげたのよ」


 二人が会話しているのは首都、明州都あすとにある中央病院の一室だった。

 二ヶ月前、悪魔との戦闘によって負傷した来栖は近くの病院で治療を受けた後、この病院に搬送された。なんでも、悪魔と戦って傷を負った人間など初めてという事で色々調べたいとの事らしい。

 最初はモルモットの様な扱いを受ける事に不満だった来栖だったが、首都の景色を見るとそんな気持ちは直ぐに吹き飛んだ。


 初めて見た明州都あすとはまるで別の世界に来たかの様だった。

 電気、ガス、水道のインフラは全て整っており、街中を車や電車といった乗り物が走っていた。

 住民の服装も、洋服と呼ばれる天使が纏う服によく似た物を着ていた。

 明州都あすとは神州の中でも選ばれた者しか暮らすことの出来ない土地だ。明州都あすとに暮らす者には厳しい条件が課せられ、それらを全てクリアしなければここで暮らす事は許されない。それだけ、魅力的な土地なのだ。


「へー、その手、ぱっと見普通の手にしか見えないじゃん」美智花が来栖の左手を指した。

「まぁ、ただのハリボテだけどな」来栖は右手の甲で義手を叩いた。「武器にしてくれって頼んだら断られたよ」

 来栖の言葉に美智花が腹を抱えて笑い出した。

「あ、アンタ武器って……ばっかじゃ無いの!?」

「そんなに可笑しいか?」

「あはは、あったり前じゃん、日常生活どうすんのよ」

「普通の日常生活なんて望んでねぇよ。俺は悪魔を殺せればそれでいい」


「はぁ!?」美智花が口をあんぐりと開けた。「アンタそんな体でまだ戦う気なの!?」

「当たり前だろ」来栖はあっけらかんと答えた。

「悪魔は殺せない!」美智花がぐいっと顔を近づけた。「こないだの戦いでアンタ自身がそれを証明したじゃ無い」

「アレで殺せないなら別の方法を考えるだけだ」

 至近距離に迫った美智花の顔にドギマギしながら来栖は答えた。

 コイツ、顔はそこそこ可愛いんだよなぁ。


「はぁ、呆れた……」美智花がため息を吐いた。

 来栖はそんな美智花に腹が立った。

「美智花、アンタ俺より射撃上手いだろ」来栖は走る馬の上から一発で牛鬼の目を撃ち抜いた美智花の姿を思い浮かべた。「何のための力だよ。勿体ないと思わないのか?」

 美智花は一瞬、真剣な面持ちになると、

「別に。私のは、ただの当てつけだし」と言った。

 来栖には何のことか全く分からなかったが、それ以上美智花は話すつもりは無いようだ。


 仕方がないので、来栖は話題を変えた。

「俺を迎えに来たって言わなかったか?」

「そうよ。アンタが反省してるなら、もう一度国境警備隊に入れてあげるって隊長が言ってたわ」

「俺は何も間違った事はしてねえ」来栖は即答した。

「間違った事しかしてないわよ!せっかく戸狩隊長も謝れば許すって言ってくれてるのに!」


 来栖はあの戦いの後、国境警備隊から除名された。何せ悪魔と人が戦ったなど前代未聞の大事件だ。事が大きくなる前に戸狩は来栖をクビにしたのだ。


「自分達の身は自分達で守る。それの何が間違ってるのか教えてくれよ」

「勝てる相手ならね」美智花が即答した。

「わかったよ」

「え?分かってくれたの?じゃあ--」

「勝てばいいんだろ。勝てば」美智花の言葉を遮る様に来栖は言った。


 そして、荷物の入った鞄を手に取り、そのまま病室の扉へと向かう。

「え!?どこ行くの?」美智花が訊ねた。

「ある人に会いに行く。預けてた物が出来てるはずだからな」来栖はそう言って病室を出た。

「ちょっと!待ってよ!」美智花が慌てて後を追ってきた。


 ***


 病院の外に出ると、レンガやコンクリートで出来たビルの向こうに、聳え立つ巨大な柱が目に入った。

 正直、巨大過ぎてここからではそれが柱であるということを認識することすら難しかった。

 明州都は天まで伸びるその柱を中心に広がっていた。

 天使が暮らす聖なる柱、神柱とも呼ばれるそれは明州都に様々な恩恵をもたらしていた。

 絶えることのない電力の供給、水の浄化、気候の安定、明州都が発達した都市であるのは全て柱のおかげだ。


 だからこそ、我が物顔でそれを管理する天使達に来栖は憤りを感じた。

「アンタが今考えてること当てたげよーか」背後を歩く美智花が言った。

「んあ?」来栖は振り返った。

「天使ども、あの柱を独占しやがって〜。とか思ってるんでしょ、どうせ」

 来栖は目をぱちくりさせると、

「よく分かったな。気が合うじゃん」と笑った。


「バーカ。一緒にしないでよね」美智花が言った。「いい?あの柱を管理してるのは天使様だけど、そこから生み出される富を分配してるのは、議会とそれを仕切る四大貴族よ。憎むならそっちにすることね」

「そんぐらい知ってるよ……」来栖はそう言うと再び歩き始めた。

「ねー、ちょっと!どこ行くの!?」

「その、四大貴族のとこだよ」

「ほぁあ!?」美智花が素っ頓狂な声を上げた。「四大貴族って何家のことよ!?」


 美智花は明らかに動揺していた。

 変な奴だなぁ。来栖は心の中で呟いた。

「白夜家だよ」来栖は答えた。

「なんだ白夜か……良かった」美智花がほっと胸を撫で下ろした。と思った瞬間叫んだ。「って良くなぁーい!」


 その様子に、頭がおかしくなったのか?と来栖は心配になった。

「白夜家って言ったら左翼の中核じゃない!最近は過激派とも手を組んでるみたいな噂があるし、関わらない方が身のためよ!」美智花が言った。

「白夜家には昔お世話になった事があるんだよ。それに俺は北の出身だぜ?小さい頃から白夜のお膝元で育ってきたんだ。今更だろ」


 四大貴族はかつてこの国を作った創始者の末裔だ。その時から、彼等は天使と人間の間を取り持つ役目を担っている。

 そのため、その権力は絶対的なもので、かつてはこの国を東西南北に分割し、それぞれの家が独自の統治権を持っていた。その名残から今も各家は広大な領地を持っており、神州の北の土地の多くを白夜家が所有していた。

 現在、表面上は四大貴族に政治的権力は無いことになっているが、それでも議会の半数を占めるのは四大貴族出身の者、彼らと深いつながりのある者ばかりで、彼らの権力は未だ大きかった。

 そのため、来栖の生まれ育った北区に暮らす者は少なからず白夜家との繋がりがあった。


「それに俺はリベラル派だ」来栖は続けて言った。

「あぁ、もうっ」美智花はそう唸ると、それ以上は何も言わず黙って来栖の後に続いた。


 大通りを進むと、道を塞ぐ程の人だかり見えた。

「我々は変わらなくてはならない!もはやこの国は限界だ!年々作物の収穫量は減り、鉱物の採掘量も減少している。しかし、天使達は我々に何もしてくれはしない!我々は自分達の力で新たな道を切り開くしかないのだ!」

 群衆の前で男が演説をしていた。

「立ち上がるのだ!」男がそう言うと群衆がドッと沸いた。


「リベラル派の演説ね」美智花が呟いた。「罰当たりにも程があるわ」

「間違った事は言ってねーと思うけど?」来栖は訊ねた。

「あいつらの大半は悪魔の姿すら見た事無いのよ。あんたみたいに、自力で悪魔と戦う気概もない癖に天使様に文句を言うなんて信じられない。いずれバチが当たるに決まってるわ」

「へっ、まぁ大丈夫だろ」来栖はニヤリと笑った。

 美智花が困惑した表情を浮かべる。

「俺が悪魔の倒し方を見つけてやるからよ。そしたらもう天使に気を遣う必要もなくなるぜ」


「はぁあ?本当、アンタって……」美智花は何かを言おうとして、途中で言葉を飲んだ。「どうせ何言っても無駄なんでしょ」

「まぁな」

「付いてきて、さっさと白夜のトコに行くわよ」美智花はそう言うと、路地に入って行った。

「え?おい!ちょっと待てよ!」

 来栖は慌ててその後を追った。

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