第5話 貂と雀 その3

「これが、我々の仕事だ」

 集落を出た所で、貂は雀に声をかけた。

 雀は黙ったままだった。

「どうした?」貂は訊ねた。

「……私達のした事は本当に正しい事なんですか?」雀が言った。


「当たり前だ。人を救う誇りある仕事だ」

「私はそうは思えませんでした。正直言っておかしいですよこんなの!」雀が声を荒げた。

 こいつは一体何を言っているんだ。貂は雀の言葉が理解出来なかった。

「では何だ?お前はあの母親が悪魔になっても良かったと言うのか?」

「そうじゃないですけど……あんな、子供から無理やり母親を奪って、更に思想を強要するようなやり方……納得出来ません」


 その言葉に貂の中で何かが弾けた。

「お前は何も知らないからそんな事が言えるんだ!我々のお陰でこの国の人々は平和を享受出来ているんだぞ!?我々を信じない者が増えるという事はこの国の崩壊を意味しているんだ!!」

「……ッ」貂の気迫に雀は押し黙った。

 貂も何故自分がこんなに熱くなっているのか分からなかった。

 どうも、こいつと一緒にいると調子が狂う。

 貂は自分を落ち着かせる様に息を吐くと、

「戻るぞ。今回はイレギュラーだ。毎度こういった事が起こる訳ではい」冷静に言った。

 雀の返事は無かった。


 貂は構わず続けた。

「次の魂送りはお前がやれ。言いたい事があるのなら、自分でやって世界を見てから言え」

 雀は未だに無言のままだった。

「返事は?」貂がそう言うと「……わかりました」雀は渋々、そう答えた。


「行くぞ」貂はそう言って翼を広げた。

 そして、飛び立とうとしたところで、背後に嫌な気配を感じた。

 反射的に振り向くと、雀の背後に人影が見えた。

 次の瞬間、貂は叫んだ。

「雀!避けろ!」

「え!?」

 同時に影の腕が伸び、先程まで雀が立っていた場所を切り裂いた。


「ぐぅ……!」貂の口から呻き声が漏れた。

 切られた。見ると胸のあたりが真横に切り裂かれ、血が滲んでいた。

 影が動いた瞬間、貂は雀を抱えて背後に跳んだ。お陰で雀は傷つかずに済んだが、代わりに貂自身が傷を負ってしまった。


 改めて影を見ると、それは人間では無かった。

 全身のフォルムは人間の女性に近いが、その目は赤く染まり、口は大きく横に裂けていた。そして、最も特徴的なのはその腕だった。伸びた腕の先端にはまるで蟷螂かまきりの様な鋭い鎌が付いていた。


「え!?え!?え、え!?」

 雀が困惑した声を上げる。何が起きているのか分かっていないのだろう。

 しかし、それは貂も同じだった。唯一分かることは、目の前にいる悪魔がいるという事だった。

 貂は小脇に抱えた雀を、投げ捨てる様に離した。

「きゃ!?」雀が悲鳴を上げた。

「雀!離れてろ!」


 くそ、何でこんな場所に悪魔がいる!?それに、天使の衣服と肉体をいとも容易く切り裂いた。並大抵の悪魔で無い事は明らかだ。


 貂は即座に弓を構えた。

 奴が動く前に倒す!

 貂は悪魔に向かって矢を放った。放たれた矢は一直線に悪魔の心臓目掛けて飛んだ。

 矢が刺さる寸前で悪魔が動いた。悪魔は横に跳んで矢を躱すと、そのまま此方に向かって突っ込んで来た。


 貂は直ぐさま次の矢を番え、放った。

 頭部を狙ったその矢を、悪魔は身を屈めて躱した。

 馬鹿な!一度ならず二度も躱した!?

 それは今まで貂が経験した事の無い出来事だった。貂の矢を躱せる悪魔など今まで存在しなかったのだ。


 悪魔が距離を詰める。

「落ち着け!」貂は心の中で自分にそう言い聞かせた。

 再び矢を取って構える。

 悪魔はもう既に、貂の目の前に迫っていた。悪魔が両腕を振った。死の鎌が貂の両脇から襲い掛かる。

 鎌が届く寸前で、貂はそれを跳んで躱した。

 そして空中で身を捻り、悪魔の背中目掛けて矢を放った。

 同時に悪魔の背中が割れ、鎌のついた腕が数本飛び出して来た。


「ぐぁ……!」

 貂は転がる様に地面に落ちた。

「貂さん!!」雀の叫び声が聞こえた。

「くそ……!」

 どうにか傷を負った体を起こして悪魔を見ると、貂の放った矢は悪魔の心臓を背後から的確に射抜いていた。

 悪魔が地面に倒れた。


「貂さん!」雀が駆け寄る。「大丈夫ですか!?」

「あぁ……」そう答えたものの、貂の体は悪魔の背中から飛び出た鎌によって切り裂かれ、あちこちから血が滲んでいた。

「いま、手当を……」

「大丈夫だ。この程度の傷なら天使の再生能力をもってすれば直ぐに治る」貂はそう答えると周囲を見渡した。

 どうやら他に悪魔はいない様だ。

「雀、お前は周囲の村を回って被害が無いか確認しろ」

「わ、分かりました!」雀はそう答えると直ぐに飛び去った。


 貂は傷口を押さえながら、悪魔の死体に近寄った。

 一体この悪魔は何なんだ?

 人間に近い姿、高い俊敏性と殺傷能力。

 こんな悪魔は今まで見たことが無かった。

「今日はおかしな事ばかりだ……」貂は一人、空を見上げて呟いた。


 ***


「それは大変だったね」

 椅子に腰かけたまま、ラミエルが言った。

 広い室内の壁には大きな本棚が置かれ、様々な書物が綺麗に収められていた。まるで、部屋の主の性格を反映している様だ。

 その反対側の壁には天使の彫像が飾ってあり、重厚感を醸し出してる。

 部屋全体が白を基調としている所為か、床に敷かれた絨毯の赤い色が際立って見えた。


 貂はラミエルの書斎で事の一部始終を報告した。

「報告ごくろう」

 そう言ったのはラミエルではなく、机の横に立った大柄の天使だ。

 確か名前はかわうそだっただろうか。

「下がってよいぞ」獺が続けて言った。

「は……いえ……それだけですか?」貂はラミエルに訊き返した。


「うん?どうかした?」ラミエルが言った。

「待ってください!自分の話を聞いていましたよね?」貂はつい、そう訊ねてしまった。

「おい貴様!ラミエル様に向かって失礼だぞ!」獺が怒鳴った。

「す、すいません。しかし、神州の内部に悪魔が出現したんですよ!?それも、かなり強い悪魔が……!」

「うん。聞いてたよ」ラミエルはあっけらかんとした口調で答えた。


「な、何か原因をご存知なのですか……?」

「それはお前が知らなくて良い事だ!」ラミエルの代わりに獺が答えた。

 そんな獺を制止する様にラミエルが口を開いた。

「少なくとも、国境から悪魔が侵入したと言う話は上がってないよ」

「結界に不備がある可能性は……?」

「全て正常だよ」

 神州の国境には悪魔の侵入を探知する結界が張り巡らされている。国境を警備する人間、天使、結界の三重網を突破する可能性は限りなく少ない。分かっていても聞かざるを得なかった。


「という事はまさか、あの悪魔は国内で発生したという事ですか!?」貂の声が思わず大きくなった。

「その可能性は高いね」

 ラミエルの発言に貂は言葉を失った。

 国内で悪魔が発生するなど、それこそ有り得ない事態だ。悪魔は永く生きた個体ほど強くなる。仮に国内で悪魔が生まれたとしても、あれほどの強さになるまで気づかれない筈が無い。


 そうなると可能性は一つしか無かった。

「誰かが意図的に悪魔を国内に引き込んだ。もしくは、生み出した。……という事ですか?」

「おい!貴様、馬鹿な事を言うな!」獺が怒鳴った。

 しかし、ラミエルは「かもしれないね」と貂の発言を肯定した。

「ラミエル様……!そんな事は……」予想だにしないラミエルの発言を受け、獺が言い淀んだ。


「自分に調べさせて下さい」貂はラミエルに頼んだ。

「おい、待て!仮に人間が関わっているとしたら我々の掟に背く事になるぞ!!」獺が言った。

 獺が言っている掟とは、天使は魂送りと、悪魔狩り以外は基本的に人間社会に関わってはならないという物だった。

 貂も負けじと声を張り上げた。

「だが、これは明らかに我々を狙ったものだ!人間同士の争いで無いのなら干渉する事は掟に反さない筈だ!」


 両者の言葉に辟易とした様子でラミエルが口を開いた。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。分かった良いよ。今回の件は貂くんに一任する」

「ありがとうございます」貂はラミエルに軽く頭を下げた。

 獺はまだ何か言いたげだったが、貂は彼が口を開く前に「では、失礼します」と部屋を後にした。

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