第4話 貂と雀 その2

 首都、明州都あすとを後にした貂は、西へ飛んだ。目指すは国境付近の農村だ。そこでまさに今、命の灯火が消えようとしていた。

「あのー、貂さん。私達はこれから何をするんですか?」後ろを飛ぶ雀が声をかけた。

「何言ってる?魂送りに決まっているだろ」貂は呆れた口調で答えた。


「えっと……魂送りってなんですか?」

「は?知らないのか?」

「し、仕方ないじゃないですか!私まだ生まれたばかり何ですよ!」雀が声を荒げた。

 馬鹿な。そんなはずはない。天使は生まれた瞬間から自らの使命を本能的に知っている。そういう風に創られているのだ。

「な、何ですか……?」貂の怪訝な表情に気づいたのか雀が心配そうな声を上げた。


 なぜこんな奴の指導をしなければならないのだろうか。貂は一瞬そう思った後で考え直した。

 そうか、これは神が与えた試練だ。この天使を立派に成長させる事が出来るかどうか、試されているに違いない。


「いいか、説明してやるからよく聞け」貂は雀と並走する様に飛ぶ速度を落とした。

「は、はい」

「人は生まれながらに罪を背負っている。これはかつての人間が神をも超える力を手に入れようとした代償だ」

「罪……ですか……」雀が呟いた。

「そして、人は祈った。罪を洗い流して欲しいと。それに応えた神は我々天使をお創りになったのだ」

「それが私達の生まれた意味なんですか」

「そうだ。人間が死ぬとその魂は地獄に堕ち、悪魔と成り果てる」


「悪魔!」雀が声を張り上げた。「本当にそんなものが存在するんですか!?」

 どうやら悪魔の事も知らない様だ。

「奴らの姿を見れば分かるが……奴らの体には必ず人間に似た部分が存在する。奴らが元々人間だった証だ」

「死んだ人は必ず悪魔になっちゃうんですか?」

「あぁ、だからその前に我々の手で魂を天に導く、

 それが魂送りだ」

「それって……」雀が何かに気づいた様に押し黙った。


 貂は構わず話を続けた。

「我々の手で人間を殺す」

 雀が目を見開いた。

「あの鐘の音を聞いただろう。あれはこの国の人間が地獄に堕ちかけてる事を知らせる鐘だ。だからそうなる前に我々の手で人間を殺し、魂を救済する」

「それってまるで死神みたいですね……」雀が呟いた。

「死神……?なんだそれは」聞いたことの無い言葉だった。

「死を司る神で……」雀は一瞬黙った後、「あれ、わたし何でそんなこと知ってるんだろう」と呟く様に言った。


 変な奴だ。貂は改めてそう思うと、先を急ぐ様に速度を上げた。

「あ!待ってください!」慌てた雀の声が響いた。


 ***


 貂は神州の西の外れに来ていた。

 眼下に広がるのは黄金色に輝く麦の絨毯だ。

 ここら一帯は神州の穀倉地帯になっており、広大な畑の間にポツリ、ポツリと集落があった。

 貂はその中の一つの集落に降り立った。


 すると直ぐに村人達が駆け寄ってきた。

「あぁ、天使様。おいで下さり有難う御座います」高齢の男が頭を下げた。「私はこの村の村長を務めております」

「あ、えっと……私はすず」

「そうか。では早速案内してくれ」雀の言葉を遮る様に貂は言った。

「分かりました」村長はそう言って、集落の奥へと歩み始めた。

 貂もその後を追う。更にその後を村人達がぞろぞろと付いて来た。


「天使様だ」「美しい」「お二人で来られる何て、なんてありがたい」

 背後から、村人達のそんな会話が聞こえて来た。

「キョロキョロするな」貂は後ろを歩く雀に向かって言った。

「え、あ、はい。なんか皆さんに見られてると、落ち着かなくて……」

「慣れろ。どこに行っても大体同じだ」


「ここです」

 集落の外れにある民家の前で村長は立ち止まった。

 茅葺の屋根に、木で出来た壁、神州の郊外でよく見る一般的な民家だった。

 木製の引き戸を開けて中に入ると、奥の居間で一人の女性が布団に横たわっているのが見えた。

「お、お邪魔しまーす」

 貂に続いて雀が恐る恐る家の敷居跨いだ。


 その時だった。

「母ちゃんに近づくな!」 部屋の隅から一人の少年が木材を振りかぶりながら、雀に襲いかかった。

「え!?」雀が驚く。

 木材が雀に当たる寸前で、貂はそれを掴んで止めた。

「あ、くそ!離せ!」

 少年が貂の腕を振りほどこうとするが、その程度の力では貂の腕は微動だにしなかった。


「何しとる!?」村長が声を張り上げた。

 その声を合図に村人が少年を取り押さえた。

「離せ!離せよ!こいつら母ちゃんを殺しに来たんだろ!?」少年は抵抗したが、複数の大人に押さえられてはそれも無駄だろう。


 その光景を見て固まる雀に、貂は声をかけた。

「おい、しっかりしろ」

「あ……ありがとうございます……」我に返った様子で雀が言った。

「自分の身は自分で守れ」貂は雀にそう言うと声を張り上げた。

「村長!これはどう言うことだ!」


「も、申し訳ございません!」村長が額を地面に擦り付けた。

「この村では、ちゃんとした教育を施していないのか!?我々に手をあげるという事がどういうことかわかっているのか!?」

「も、申し訳ございません!申し訳ございません!何ぞとお許しを……」


「て、貂さん……そんなに怒らなくてもいいんじゃ……」雀が恐る恐る声をかけた。

「ダメだ」貂はそれを一蹴した。「いいか、その子供のした事はこの国の根幹を覆す行為だ。そういった子供が大きくなって反体制派になるんだ。今、都を騒がせている革命派の連中を見ろ」


「私の責任です……」居間に横たわっていた女性が口を開いた。

 そちらを目を向けると、女性は布団から起き上がり震える体で、額を床に着けた。

「私の教育不足です。二度こんな事はさせないのでどうか、息子を許してあげて下さい……お願いします」女性はそう言うと激しく咳き込んだ。

「母ちゃん……!」

 その様子を見て少年は暴れるのを辞めた。その目からは大粒の涙が溢れていた。

「貂さん!」雀が叫んだ。「もういいじゃないですか!」


 貂は軽くため息を吐くと「面を上げろ」と言った。

「我々は悪魔では無い。そなた達の謝罪を受け入れよう。二度と同じ事をしないよう心に誓え」

 その言葉に女性と村長は感謝の言葉を述べながら何度も頭を下げた。


「雀、来い」貂はそう言うと女性に近づき、その瞳を覗き込んだ。

 女性の瞳は虹彩が青く変色し、その瞳孔は大きく開いていた。それは貂が北の地でよく見た悪魔の瞳によく似ていた。

「見ろ、雀」貂はそう言って、雀に女性の瞳を見せた。

 そして、女性に向かって言葉を投げかけた。

「今日までよく耐えた。これからそなたの魂を清める」


「ありがとうございます」

「これを飲め」貂は懐から懐紙に包まれた丸薬を取り出した。「痛みを消す薬だ」

 女性はその丸薬を受けとり、そのまま飲み込んだ。

 これで準備完了だ。

「何か最後に言い残すことは?」

「天使様。あの子の事をよろしくお願いします」女性はそう言うと目を閉じた。


「母ちゃん!母ちゃん!」

「あ、こら!」

 少年が村人の腕を振りほどいてこちらに駆け寄って来た。

「雀!抑えろ」

「は、はい」雀が少年を抱き押さえた。

「雪人、天使様の言う事をよく聞くのよ」女性が少年に言った。

「雀、その子を外に」貂がそう言うと、少年は首を横に振った。最後まで母親の側にいたいのだろう。


 貂は左の腰に下げた弓筒から銀の弓を手に取ると、反対側の腰に下げた矢筒から銀の矢を取り出した。

 そして、矢を弓に番えると女性の心臓を狙って矢を放った。


 女性は息を引き取った。

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