隣人恐怖症
九時頃に仕事のため家を出る。その時間帯には必ず隣人と鉢合わせた。
「おはようございます」
ほがらかに声をかけると隣人はびくんと肩を震わせる。私がいないと毎回思っているようで申し訳ない。
「お、おはよう、ございます……」
一応返事はもらえる。しかし目を合わせることもなく、長居は無用とばかりにさっと消えてしまう。不思議な人だといつも思う。
最も不思議に思うのは午後二十一時を越えた頃、薄い壁越しに響いてくる話し声である。
がりがり、引っ掻くような音。ごんごん、叩くような音。ばりばり、割るような音。それらは一定の間隔で続き、おさまったあとにようやっと声が聞こえてくるのだ。
「うまくいかないんだよなあ……」
それきりは水を打ったような静けさが訪れて、翌朝九時には鞄を持って部屋を出てくる。
好奇心に負けて部屋を覗きたくなったが、知らずにいるほうがいいに決まっていた。ここで覗けばホラー映画のような展開が待つに違いない。とっ捕まって羽交い絞めにされて引っ掻かれたり叩かれたり割られたりしては堪らない。
隣人は翌日も九時きっかりに部屋を出た。私にささっと頭を下げて、ぱぱっとエレベーターへ走っていく。
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