四面疎外

 友人に御呼ばれをしたのでうきうきと来訪した。部屋に踏み入って驚いた。壁一面に口がぎっしり詰まっていた。

「話し相手がおらんから壁と話してる」

 それは大変なことだった。とりあえず部屋の真ん中まで躍り出た。

 口はどうも口紅で描かれているようだった。指で擦るとあっさり消える。おい! と背後から怒号が飛んできた。慌てて振り返り謝るが、私に怒ったのは背後の壁の口の中の一つの……すこし混乱してきた、一先ずもう一度ごめんなさいと謝罪する。

「全員、ちゃんと喋るんやで」

 友人はいつの間にか隣に立っていた。

「か、壁が?」

「いや、口が」

 私の視界に入っている範囲の口が一斉に笑みの形になった。およそ三十個ほどの唇が一気に笑う様子をみたのははじめてである。

 なかなか貴重な体験だった。私はしばらくの間、友人が壁と、いや口達と会話を楽しむ姿を眺めて過ごした。日が暮れる頃、腹が減ったので帰宅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る