第189話 現地到着

 Aランクダンジョン【冥獣めいじゅうダンジョン】。

 そこに辿り着くや否や、複数の冒険者と獣型の魔物たちが戦う姿が目に飛び込んできた。


「ガーッ!」

「くっ!」


 冒険者は通常、地上で戦うことがないからだろうか。

 彼らの作る包囲網に甘いところがあったようで、一体の魔物が抜け出してきた。

 その魔物はタンクや剣士を避けるようにして、後方にいるヒーラーを狙う。


「きゃあっ!」

「――――!」


 あのままだと、彼女が危ない。

 そう考え左手に魔奪剣グリードを召喚しようとするが、それよりも早く動いた人物がいた。


「集空結界」


 七海さんがそう呟くと同時に、獣型の魔物の動きが止まる。

 これは……結界か。

 だけど、ただの結界じゃない。

 七海さんのユニークスキル【魔力干渉】を利用し、大気中の魔力を使用して生み出したものだ。

 発動速度から強度に至るまで、通常のそれとは遥かに格が違う。


「まだまだ、この程度で済むとは思ってはいないだろうね」

「これは……」


 結界の形が変わる。

 ゆらりと波打つように広がる透明の防壁は冒険者を除き、この場にいる十を超える魔物だけをその内に封じ込めた。

 そして――


「乱空」


 ――結界内を、複数の魔力の塊が駆け巡る。

 結界に当たるごとに勢いを増して反射するそれは、瞬く間に魔物を殲滅せんめつした。


 訪れる沈黙。 

 だけどそれも一瞬のことで、すぐにわあっ! と場が沸いた。


「七海さんだ! 七海さんが来てくれたぞ!」

「クラシオンからの救援ね、これで何とかなったわ!」


 さすがはSランク冒険者。

 登場しただけでこの盛り上がりよう。

 クラシオンの本部が置かれている地域だということもあり、随分と信頼されているのだろう。


 しかし当の本人はというと、彼らの言葉に応えるでもなく、真剣な表情を浮かべていた。


「ふむ、まだ最悪の事態には陥っていないか。この様子だと、完全崩壊まではもう少し時間がかかりそうだが……」


 となると、ここからしばらく魔物の進行を食い止める必要が出てくる。

 もっとも、それを回避するための手段は存在するが。


「ラストボスを討伐しますか?」

「そうしたいのは山々だが、残念ながら今はスパン中でね。私が中に入ることはできない」

「ということは……」

「崩壊が終わるまで耐えきった後、出てきたラストボスを倒すという手が現実的だろう。無論、それにもリスクはあるが」

「…………」


 ダンジョン内ではなく、地上で魔物と戦うということ。

 その上で注意しなければならないことが幾つもあるが、その最たるものが周囲への被害。

 Eランクダンジョンにいる魔物ですら、一般人にとっては命に関わる脅威。

 Aランクダンジョンのラストボスがどれほどの被害をもたらすかなど、考えるまでもないだろう。


 もっとも七海さんの場合、それはそこまでのリスクではない気もするが。

 先ほど見た結界を使えば、被害を周囲に広げないように戦うことが可能なはずだ。


 だけど――


 俺は七海さんに向けて言う。


「なら、俺がいきます」

「……本気かい? 今から最深部に向かおうと思えば、かなりの時間を要するだろう。それより先に崩壊を終えて出てくる可能性の方が高いと思うが……そもそも君の実力では、単独でラストボスと戦うのはかなり危険な気が――」

「だとしてもです」

「――――」


 強く、強く断言する。

 そんな俺を見て、七海さんは言葉を止めた。


 ここにいる人々を守りたい。

 その気持ちは確かにあって。そうするには七海さんの案に頷くのが一番で。

 そんなことは初めから分かっている。


 だけど。

 俺が今、それ以上に大切に思っていることがあって――


 そんな俺の気持ちが伝わったのだろうか。

 七海さんは重々しい表情から一転、ふっと表情を緩めた。



「やはり、君は彼女に似ているな……」

「えっ?」

「いや、何でもない。君がそこまで言うのなら行ってみるといい。ただし、無理だけはするなよ」

「はい」

「それから突入の前に、幾つか手短に注意事項を――」



 一分ほどで七海さんから注意事項を聞いた俺は、新たに出てきた魔物の群れを抜け冥獣ダンジョンの中に突入する。

 そして――


「ダンジョン内転移」


 階層をショートカットし、最短でボス部屋に向かうのだった。

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