第67話 ダンジョン事情

 魔狼ダンジョンを攻略した翌日。

 朝食の時間、おもむろに華は口を開いた。


「そうだ、お兄ちゃん。今週末って空いてる?」


 ソロでダンジョンに潜っている俺は、スケジュールを自由に決められる。

 そのため、こくりと頷いた。


「ああ、空けることならできるはずだ」

「よかった、それなら一安心だね。動きやすい服装しておいてねっ!」

「? ああ、分かった」


 またこの前のように、買い物に付き合わされて、荷物持ちをする羽目になるんだろうか?

 まあ、たまにはそんな日もいいかもしれない。


 と、考えていたのだが――



 数日後、俺がいたのはダンジョンだった。



「なんでだ!?」

「うわっ! びっくりしたお兄ちゃん、いきなり横で叫ばないでよ!」


 俺のリアクションに対し、隣にいた華からツッコミを入れられる。

 いやいやいやいや、こんな反応になるのも仕方ないだろ。


 俺と華がやってきたのはEランクの【住福すみふくダンジョン】。

 紫音ダンジョンと同様、初心者御用達の低難易度ダンジョンである。

 ちなみに、俺が以前踏破を目的として幾つものダンジョンに足を踏み入れた中の1つでもある。



「華、なんで俺たちはダンジョンに来てるんだ?」

「あれ? 説明してなかったっけ?」

「してないな」

「そっかそっか、ごめんね! 実は――」



 そう前置きした後、華はこうなった経緯を語り始めた。



 華の話を聞き、俺はようやく経緯を理解する。

 ただこの経緯を理解するには、事前に世界のダンジョン事情について知る必要がある。


 現在、世界では特別な事情を除いて、18歳以上しかダンジョンに入れないようになっている。

 ダンジョンの中は常に死の危険と隣り合わせであることに加え、その手で魔物を殺す必要があるからだ。

 十分な判断能力を備える年齢になるまでは禁止、というわけである。


 日本において、18歳になり冒険者として活動したいと思った者は、個別に冒険者協会が行う講習を受け資格を得る必要がある。

 そこまでやって、ようやくダンジョンに足を踏み入れることが可能になるのだ。


 しかし今回、華が語った内容はこれまでの慣例とは違ったものだった。



「つまり、今年からは個人で勝手に講習を受ける他に、冒険者協会の方から学校宛てに希望者を募集するようになったってことか?」

「うん、そんな感じ。わたしの学校にも、18歳の誕生日を迎えた人の中で冒険者になりたい人は申し出るように、って言われたんだ」



 たしかに華は現在高校3年生。

 さらに4月生まれで既に誕生日を迎えているため、資格は十分ある。

 そのため、今回こうして募集に応じたのだろう。



「それにしても、学校経由で募集するようになったのは少し驚いたな」

「お兄ちゃんの時は違ったんだよね?」

「ああ、個別に行くしかなかった。だから早生まれの俺は卒業後にようやく資格を手に入れたんだ」



 俺が驚くのには理由がある。 

 かつて国家プロジェクトとして、18歳以上の者全員がダンジョンに入り、ステータス獲得を目指すことを強制する法案が通りかけたことがあった。

 トップクラスの冒険者は兵器に匹敵する戦力を誇ることもあり、少しでも多くの国民を冒険者にしたいという考えからだった。


 しかし、ステータスを獲得できるのは全体の約50%であるため格差が生まれること。

 魔物――生物殺しを強制するのは非人道的であるとして、その法案が通ることはなかった。

 冒険者になりたい者は、あくまで自分の意思でなれ、ということだ。

 まあ、某国なんかではガンガン強制してるって噂もあるけどな。


 そんな事情を知っているからこそ、今回学校経由で募集するというのには驚いたのだ。

 冒険者になるよう、積極的に働きかけているわけだしな。


 と、ここで俺は本来の疑問を思い出す。



「そこまでは理解できたけど、なんで俺が呼ばれたんだ? それに、いきなりダンジョンに行くってのもよく分からないんだが」

「えっとね、学校経由で参加する人はもう既に簡単な講習を受けて仮資格をもらってるの。それで今日は冒険者協会の人の案内で、実際にダンジョンに行くことになったんだけど、初めてのダンジョンが不安な人は、知り合いの冒険者を連れてきてもいいってことになってるんだ」

「……なるほどな」



 それで俺が呼ばれたわけか。



「でも、そういうことなら先に言っといてもらわないと困るぞ。俺が一週間以内にダンジョンを攻略してスパン中だったらどうしたんだ?」

「スパン……?」



 初耳のような顔をする華。

 本当にそれで講習は受けたんだろうか?


「まあそれについては置いておくとして! 今回参加する人があっちに集まってるから急ごっ、お兄ちゃん!」

「はいはい、分かった分かった」


 華は俺の手を握ると、引っ張りながら歩を進めていく。

 俺は小さくため息をついた後、後を追うのだった。

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