番外編ペレット=イェットマン生存録』⑤

 男の仲間になれば生き延びて、仲間にならなければ殺される。

 それは、とてもわかりやすくて、とても難しい2択だった。


 一体、何故なのだろう。生まれた時からずっとこうだ。自分たちは常に、生死の関わる極端な選択をさせられ続けてきた。

 何故いつになっても、自由に生きるという選択肢が与えられないのか?


 不満は大いにあったが、それを口にすることは出来なかった。


「……貴方がたの仲間になった場合、俺たちは一体、何をするんですか?」


「そうだな、まぁ……手広くやる予定だから、具体的に何をするかはまだ決めかねている。しかし、君たち特殊暗殺者の機械科は、機械作りに特化していると聞いているからな。武器や――いや、戦車を作らせるのも……」


 ぶつぶつぶつぶつ。

 ペレットの質問に対する返答は、文末に向かうにつれて独り言へ変化。最終的に男は自分の世界にどっぷりと浸り、ひたすら思考を巡らせる。

 自動追尾式ミサイル、寄生型洗脳用ナノマシン――物騒な名前を並べていく中、不意に男は『あ』と顔を上げ、


「そうだ! ペレット=イェットマン。君には潜入の任務を頼みたいんだ」


「潜入、ですか……?」


「あぁ。以前から、私が懸念している組織があってな」


 男曰く、その組織の名前は戦争屋『インフェルノ』。

 世界改変を目論む少人数の組織なのだが、先日、大東大陸の国家間で起きていた戦争に加担し、劣勢だった片方の国を勝利に導いたというエピソードがあるなど、とにかく常識では測れない集団であり、世界に天国を作りたい男は『計画を狂わされるのでは』と彼らを非常に危険視しているらしい。


「でも。皮肉なことに、その組織がなければ得られないメリットも多くてね」


「メリット?」


 ごう、と次第に強まってきた夜の風に、燃える橙色を写すつややかな黒髪の毛先を遊ばれながら、疑心を抱くペレット。その近く、焼け落ちる校舎を包む火が大きく身を揺らし、火の粉を周囲へ飛ばし始めた。

 校舎は山の上に建っているので、下手すると山火事にまで及ぶ。そのことに気づいたのは、この会話の中で唯一平静な自称神様の男であり、


「例えば――我々が欲しているが、我々では見つけられない、というものを彼らは代わりに手に入れてくれるんだよ。まぁ、彼らは私達のことを知らないし、ただ自分のためにそいつを手に入れようとするんだろうが。あ、ちょっと暑いな」


 そう言って男は、くるりと後ろを振り返る。そして、背後に控えていた白装束の集団に向けて、複雑怪奇に片手を動かしてみせた。

 人差し指を右へ、左へ。かと思えば、手全体を払うように横へ。


 それは、ハンドサインだった。指示を飛ばされた彼らは、話し合うでもなく即座に散開し、付近の森にまで移り始めた火を消すため、各々動き始める。その姿は機械的で、ともすると意思のない傀儡のようだった。


 ペレットは、ぞっと背筋を震わせる。


 もしもこの勧誘を受け入れたら、自分もいずれあぁなってしまうのだろうか。

 そんな考えを頭の端に置きつつ、


「じゃあ、もしその人たちが、貴方が欲しいものを手に入れたとしたら……?」


「もちろん、そいつを奪ってから潰すよ。欲しいものを手に入れた以上、我々を脅かす存在を生かしておく必要性はないからな」


「……」


「それで、話を戻そうか。まぁ、あれだ。先程話したように、『戦争屋』は私の欲するものを代わりに手に入れてくれる――になっている」


「……その予定に、なっている?」


 ワンフレーズに引っかかりを覚え、咀嚼するように唱えるペレット。

 含みのある言い方に、何か大事なことを隠されているのでは、疑り深い少年は説明を求める目で男を見上げた。

 しかし、眩い金の双眸はすげなく横へ逸らされてしまい、


「あぁ、そうだ。そこで君には、一時的に『戦争屋』に加入してもらい、私が望むものが手に入った時。彼らを裏切って、強奪してきて欲しいんだ」


 ただし、と男は言葉を繋ぎ、


「この任務を行うのは君1人。挙句、最低でも2年はかかる見通しだ。だからその2年、下手するとそれ以上の間、君はずっとセレーネ=アズネラには会えない」


「……ッえ、」


 目を見開き、溢したのはセレーネだった。

 彼女は告げられた言葉を下すように、唾を呑んで喉を鳴らす。薄い唇は震え、小さな呼吸が僅かに乱れ、擦り傷をところどころに覗かせながらも均整のとれた少女の顔は、大事なものを取り上げられたような絶望感に覆われていた。


 なお、彼女の様子に気づいているのかいないのか、男は一向に失速することなく上機嫌に口を回し、


「それから、戦争屋に居る『嘘を見破る』能力者への対策もしなければ……あぁ、そうだな、丁度いい! セレーネ=アズネラの能力『記憶の鍵』を使用し、任務に支障の出る記憶は全て抜いた状態で潜入させよう!」


「――え。そ、れって……つまり、セレーネさんやこの学校のことも、全部忘れるってことですか……?」


「あぁ、君の出自や正体をそいつ――嘘を見破るという能力者に聞かれた時に、真実の記憶があると厄介だからな、怪しまれて追放、もしくは殺されかねない。だからすまないが、君には色々と忘れてもらうよ」


「……っ」


 言葉を詰まらせたペレットは、ちらり、と横へ目を向ける。そこには陰鬱とした表情のまま、うつろな瞳で地面を見つめるセレーネの姿があった。彼女はアメジストの視線が自分の方に向いていることに気がつくと、ただ呆然と首を横に振って、


「私は嫌よ。貴方が私を忘れたまま、2年も、下手すればそれ以上の長い間、どこかに行ってしまうのは嫌……絶対に嫌……!」


「……セレーネさん」


 駄々をこねる子供のような、しかし子供と呼ぶにはあまりにも疲弊した少女の喉から絞り出される声に、ペレットは目を伏せる。


 ペレットに心酔するセレーネだが、恐ろしいことに理性はきちんとある。

 だから今の発言も、感情的に言葉を紡いだわけではなく、彼女なりに考え抜いた上で口にしたものだったのだろう。真摯に訴えかける彼女の眼差しも、それを証明している。本気でペレットが心配なのだ、彼女は。


「……でも」


 強く下唇を噛むセレーネ。薄桃色の、やや乾いた唇に血が滲む。


「外の世界を見るという貴方の夢を、叶えられないまま終わりたくもないの。……だから私は、ペレットくんの選択に従うわ」


「――!」


「私は貴方が幸せであればそれでいい。貴方が幸せなら、私は自分が死ぬことも、貴方を送り出して1人になることも、全然怖くないから。だから、選んで。貴方が生きるなら私も生きる。貴方が死ぬなら私も死ぬわ」


 手を取られ、言い切られ、ペレットは愕然と口を開く。


「……もしかすると、俺」


「うん?」


「セレーネさんのこと、一生理解できないかもしれないです」


 言葉通り、訳がわからない、と言いたげな顔つきでぽつりと溢すペレット。その仏頂面に、真摯な顔つきをしていたセレーネも思わずふっと息吐いて、


「それでもいいわ。でも、私の言うことは全部本気だから」


「……はい。貴方の考えてること、何も理解できないですけど、恐ろしいことに本気ってことだけはわかります」


 っは、と張り詰めた頬を緩め、微笑を浮かべる少年。その手前、


「――さ、て、と……。大変仲睦まじいところ、ひじょーうに恐縮なんだが」


 完全に蚊帳の外だった男が、ゔゔん、とわざとらしく喉を鳴らす。

 低音の咳払いが鼓膜に触れ、ペレットは再び男に向き直った。


「そろそろ答えをもらおうか。私も天国の創造なんてやってる身だから、結構スケジュールが厳しくてね。返答は早めが好ましいんだ」


 そう言って、ちらり、とこちらを注視してくる白装束の集団へ視線を返す男。

 いつのまにか消火活動は終わっていたようで、辺りは暗く沈んでいた。火の弾ける音も消え、すっかり静寂が降りて、冷たい空気が息を凍らせる。


「あぁ、すみません。答えは決まりました」


「よろしい。さぁ、ペレット=イェットマン。君はどちらを選ぶんだ?」


 銀の星々に照らされて、淡く輝くトパーズの金眼が少年を見つめる。

 セレーネを忘れて生き延びるか、セレーネを巻き込んでここで死ぬか。どちらもとても至難で、残酷な選択肢だったが、ペレットは大きな賭けに出ると決めた。


「その任務、引き受けます。だから俺たちを、外の世界に連れていってください」


 ――その一言は、世界の命運を大きく変えた。





 それから時は大きく飛んで、約3年後のとある秋。


 殺戮兵器の設計図を奪取したギル・シャロ・ペレット・ジュリオットら一行は、転移陣を使って拠点に帰還した。

 深夜だったにも関わらず、扉を開けると朝食のシチューの仕込みをしていたらしいフラムがすっ飛んできて、熱湯に浸して固く絞ったタオルを持って来てくれて、


「これで顔、拭いてください。お風呂は準備できてますから、ここで脱げるものは脱いでくださいね。靴もここで脱いでください、洗って干して、明日までには綺麗にしておきますから」


「さんきゅーフラム、あぁぁぁぁ〜あったかーい……!」


 熱々のタオルに顔を当て、とろけた声でフラムの気遣いを堪能するシャロ。

 その横でジュリオットは、漆黒のマントを外して小脇に抱え、血のかかった革靴を脱いでフラムに預けると、


「では、私は先に入らせてもらいますね」


「あっ、ちょっと待ったジュリさん、俺も行くわ。色んな奴の血でベトベトしてて気持ち悪ぃから、俺も早いとこ水浴びてェんだ」


 言いながら、ジュリオットと共に大浴場へ続く廊下を歩こうとするギル。だが、ジュリオットは疲労の滲む目でギルの手元を見やり、『いえ』と彼を制止すると、


「ギルさん。貴方は入浴する前に、手にしている設計図それをフィオネさんに提出しに行くのが先でしょう。大浴場まで持っていくと、紙が湿気を吸ってしまいますし、貴方の場合最悪どこかに置いて失くすと思いますよ」


「あ、えっ? ……あ、そうか、これ俺が持ってたんだった。ったく、めんどくせェな……! おいワンコ、アイツは今どこに居んだ? 寝室? ダイニング?」


「ッ、僕はワンコじゃありません!! 僕の名前はフラムです!! あと、フィオネさんなら書斎に……って、あ」


 ふと、この場に近づく足音を耳にし、誰が来たかを察してそちらを向くフラム。するとそこには、耳に手を当て、苦笑している顔立ちの整った男が居た。ギルが今ちょうど探していた人物――フィオネである。


 2階から玄関ホールまで続く階段を降りていた彼は、フラムの大声に鼓膜をやられて床にひっくり返る、4つの遺体に憐れむような視線を向け、


「おかえりなさい。それとフラム、もう夜中なんだから静かになさい」


「あ……っ、すみません……」


 しゅん、と縮こまり、空色の耳と尻尾を垂らすフラム。その横、撃沈していたうちの1人であるギルが『ッてェ……』と呻きながら起床。


「……あァ、ちょォーど良いとこに来たじゃねェか、フィオネ。おら、これが設計図だ。多少俺とおっさんの血で汚れてっけど、見る分には問題ねえだろ。ほい」


「っと……投げないで頂戴、もう。――しかし、本当に汚いわね……まぁいいわ、貰うものは貰ったから、早くその全身にこびりついた血を落としてきなさい」


「へいへい。んじゃあ、ジュリさん行こうぜ」


 設計図の提出を果たし、ぷらぷらと手を振りながらこの場から離席するギル。そして同じく大浴場に用のあったジュリオットは、『わざわざ一緒に入る必要はあるんですかね……』などと言いながらも、よろよろと起き上がってギルの後を追う。

 一方、シャロとフラムは血で汚れた鎌や靴を抱えながら、ランドリールームへと消えていった。


 そうすると、この空間に残されるのはペレットとフィオネだ。

 きぃんと甲高い耳鳴りに苦しむペレットの手前、設計図を受け取ったフィオネは階段を降り切って、すぐ手近のドアに手を掛けようとした。


 だが、


「あ、あの」


 ペレットに声をかけられ、ドアノブに触れた指の長い手が止まる。


「? 何かしら?」


「あの、それ……確認したら、どうするんスか?」


「え? まぁ、必要ないと思ったら捨てるつもりでいるけれど……」


  切羽詰まった様子のペレットに、不思議そうな顔をするフィオネ。なお、ペレット本人も自分が何故これほどまでに焦っているのか全くわかっていなかった。


 だが、自分が設計図を持っていなければならない、という漠然とした使命感がペレットを突き動かし、


「俺、ちょっと興味あって……よければその設計図、後で渡してくれませんか? あ、もし捨てる予定なら、俺の方できちんと捨てるんで……」


 怪しさを滲ませながらも、少年は真っすぐな目でう。

 非常に挙動不審ではあったが、漠然とそれを欲する彼に明確な下心はなく、それをフィオネも持ち前の観察眼で見抜いたのだろう。彼はいぶかしむように少しの間ペレットを眺めていたが、やがて小さく首肯し、


「そう、別にいいわよ? ただし、これは迂闊に作ってはいけないもの。だから、間違っても再現なんてしないで頂戴ね」


「……ッ、はい」


「じゃあ、確認が終わったら渡すから、貴方は先に入浴を済ませてきなさい」


「……はい」


 ペレットは、訳もなく脈を早める自分の心臓を自覚しながら、強張った表情で頷いた。

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