第76話『地獄は続くよ果てまでも』

 あらゆる事象を一旦すっ飛ばして、翌日の朝(10日目・死刑まで残り49日)。


 午前6時頃、すっかり早朝に起きる習慣のついてしまっていた第7班の5名は、それぞれの牢屋の鉄格子を挟みながら女看守・マルトリッドを前にしていた。


 近くには、相変わらず白装束姿のチャーリーもこの場に同席している。


 が、マルトリッドが上司なのか、というより普通に彼女が恐ろしいのか、彼女の邪魔にならないような位置で必死にモブの空気感を保っていた。残念ながら、モブの身長をしていないので相変わらず目立つのだが。


 皆の視線を集めつつ、マルトリッドは長髪を払うとひとつ咳払いをして、


「貴様ら第7班、全員のエリア移動が決まった。ギル=クラインは『サード』へ、それ以外は『セカンド』へ移動だ」


 ただ事務的な声音で、とんでもない爆弾を落としていった。





 地上1階の『ファースト』の真下、地下1階にあるという『セカンド』へ向かうその道中で、フラムは昨夜の出来事について思考していた。


 まず、自らの分身を見送ってしばらくの間は、何事も問題はなかったのだ。『監視者』で分身を定期的に見ていたマオラオからも『どんどん進むから危なっかしいけど、大丈夫そうやで』と報告をもらっていた。


 けれど途中から事態は一変し、マオラオが何かを怪しみ始め、その後『何者かに攻撃されている』とこちらに報告したのだ。


 その時はあまりにマオラオが慌てており、それ以上の情報をくれないので何がなんだかという状況だったのだが、フラムはこれ以上分身を出しておくのは危険だと判断して分身を引っ込めようとした。


 ――が、そこで異常事態が発生。


 いつものようにすんなりと回収することが出来なかったのだ。


『おま、早よせえや分身やられてまうで!?』


『ち、違うんです!!!! なんか回収が出来なくて……!!』


 いっときは、分身フラムの状況がわかっているマオラオと、何故か能力が上手く使えずに混乱している本体フラムとの間でこういった喧嘩も見られ、アズノアの騒動の裏側でそれは大変なことになっていた。


 ただし途中から喧嘩している場合ではないと気付いたのか、マオラオが分身の実況に集中するようになった。


 ――攻撃しているのは、修道女のような服を着た女性。鎖を手にしていて鉄球を振り回している。何か口を動かしながら執拗に分身を追いかけている。


 矢継ぎ早に紡がれる報告と共に、分身フラムが本体(こちら)に『何故回収しないのか』とキレている様子が脳裏に浮かび、本体フラムがめちゃくちゃ申し訳なさそうな顔で萎縮していたのはここだけの話だ。


 そしてマオラオが実況することを止め、息を呑んだ瞬間、逃れようのない土壇場に追い込まれたとわかって全員が呼吸を止めた。


 が、そこへ突如現る赤い閃光。


 後にそれがマルトリッド看守であったと知ることになる女性が、天から突き落ちて修道女の暴虐に割り込み、修道女の気を収めてやり、結果的に分身フラムの逃走に加担したのだ。(と、マオラオが解説していた。)


 その後、苦戦していたのが嘘だったかのように、何故かすんなりと分身フラムを取り込むことができ、分身が得た記憶や発見を共有できたのだが――。


「夜間のみ発動するトラップが巡らされているらしいので、夜間での脱出は難易度が高いように思います。次は明朝に探索させてみるのが良いかもしれません」


「けど、あんまり明るい時間だと監獄出た後が辛いよナァ、船はどうせ監獄のものをパチるにしろ……あれ、船ってどこにしまってるんだろナ?」


「あー、せやな、船の位置も探らんとまずいなぁ。まぁこれは海岸の方にあるんは予想つくから、オレが『監視者』で視点飛ばしてグルーッと島回れば見つかると思うけど……そもそも、船操作できる奴おるんかが問題やない?」


「船なんか多分あれでしょ、なんだっけ、舵輪? をぐるぐる回しとけばなんとかなるんじゃない? 面舵と取り舵って奴を繰り返しとけばどうにかなるよ」


「でもよ、ここに来る時を思い出せお前ら。経験者が舵手やってロイデンハーツからヴァスティハスまで6日間だろ? 当然、オルレアスはロイデンハーツよりももっと東だから、帰るにはかなりの時間がかかる。その上、ど素人が操作すンだから10日くらいは余裕でかかる見込みだよな……」


 議論、議論、議論。夜更かしを続けていることも忘れて脱獄に向けての計画を5人で練っていたのだが、気づけば起床時間になっており、ひとまず議論は『明朝での探索・外へ出る為の船を探す』ということだけ定めて終了した。


 だが、こうしてマルトリッド看守によってエリア移動が伝えられ、しかもギルが早くも『サード』送りになったことで全ての計画が狂い、


「……俺、ここで暴れ倒して逃げて身ィ隠してた方がいーんじゃねえかな」


 牢屋から出、フラムの横に来たギルが、マルトリッドやチャーリーには聞こえない程度の小声でぼそっと囁く。しかしフラムは首を横に振ることで意見を拒否し、


「貴方が問題を起こした場合、デメリットの方が多く考えられます。ですから、現状僕らはどうしようもありません……」


「かーっ、他人事だと思って悠長に言いやがって」


「ある種の信頼ですよ。貴方は死なないから、実質永遠の終身刑ですから、早く助けなきゃって焦る必要がない。けど問題は、僕らがどうやって脱獄して、更にそこから貴方をどう救出するかです……!!」


「身体は死なねーかもだけど精神が死ぬんだよ、アホ」


 もしかすると、永遠の別れになるかもしれない中でそんなやりとりを交わし、どんどんと状況が悪化しているのを再確認するギルとフラム。


 ギルの言う通り、ここで彼が暴れ散らして逃走してどこかで身を隠しさえすれば、彼だけはワンチャンスで脱獄することが出来るかもしれない。


 だが、彼が逃走したことで連帯責任を負わされ、セカンド組の死刑が早まってしまえば元も子もないのだ。それを一旦避け、脱獄の計画を練る時間をキープする為には、現状不本意でも看守側の言うことには従わなければならない。


 ただ、サードは未知の世界であり、ファースト・セカンドに比べて脱獄の難易度が段違いなのも確か。ギルがそのエリアで1人上手く立ち回ってくれれば良いが、亜空間が相手とあってはそれに期待するのも中々難しい話である。


 つまり、実は普通に真面目にピンチであり、


「マジでなんでこんなに移動が早いんだよ。サード行きって終身刑なんだろ? 他の奴らの死刑はあと1ヶ月と半分くらいあんのに、なんで俺だけ監獄来て10日そこいらで終わり迎えてるわけ?」


 敵意たっぷりにそう問えば、誰よりも先を進むマルトリッドは昇降機の前で立ち止まり、髪をなびかせてこちらを振り向いた。


「貴様らは最近、浮ついているとチャールズから聞いている」


 つん、と形の良い顎で傍にひっそりと佇むチャーリーを指し示すマルトリッド。


 一瞬『チャールズ』が誰のことだかわからなかったのだが、それがチャーリーの本名であると理解して、第7班の全員が『お前そんな名前だったのか』と言いたげな表情で青髪の青年を見る。

 それに対してチャーリーは、不服そうに頬をぷくっと膨張。

 しかし後ろから這い寄ったジャックが彼の頬を潰し、チャーリーはリスのように溜め込んでいた息をまとめてブッと噴き出した。


「それで、もしや『脱獄』を考えているのではと思ってな」


「いやいやまさ」


「まさか、そんなことを考えているわけがないと私も思っているが。私は存外に臆病だ。危険な芽は摘み、根まで潰す主義なんだ」


 割り込みかけたジャックの否定の言葉も上から押し潰して、第7班のメンツをひと睨みする赤髪の女看守。その冷たい視線でジャックの喉を凍らせると、彼女は昇降機の横のボタンを幾つか操作して、


「地下1階の『セカンド』へはこの昇降機で移動する」


「……昇降機?」


 見慣れない光景にシャロが首を傾げれば、マルトリッドは鉄扉のようなものの上側、横に並んだ数字のプレートを見上げながら『あぁ』と答え、


「上下へ移動する部屋、と説明したら良いか。看守の私から見ても未だに未知の多いヴァスティハス収容監獄の、これまたイカれた過去の科学技術の賜物だ。古の王国が出来た時からあったのかはわからないが……」


 ほぼ無音に近しい静けさで扉が左右へ開き、現れた謎の小部屋に入り込むマルトリッド。彼女は端の方へと寄ると、扉の裏側にあるのであろう何かにずっと触れながらチャーリーへ『こちらへ』と指で合図を出し、


「現代人の理解をも超えた『人類には早すぎた技術』は、いつぞやのウェーデンを彷彿とさせるよ。さぁ、貴様らも乗れ。楽しい地獄へ案内してやる」


「いちおー地獄の名を冠してる俺らにそれ言うかねえ」


「む、何か言ったかギル=クライン」


「あー、わりわり。チャーリーの息が臭えって言った」


「ちょっと!?」


 適当に巻き込まれて声を荒げるチャーリーの手前、ギルは意地の悪い笑みをにぃと浮かべて素直に昇降機の中へと入る。


 そしてそれに続いて他の第7班メンバーも入り、『早く来い』というマルトリッドの叱責で無理やり溜飲を下げて、チャーリーも昇降機の中に入るのであった。





 それから途中で第7班は、サード組とセカンド組に分かれて、ギル以外はチャーリーの案内のもと収監エリア『セカンド』へとやってきていた。


 セカンドの内装はファーストと大差はなく、やはり古代都市のような見た目を形成している。あちこちに塔やら家型をした牢屋が並び、強いて違いがあるとすれば見張り役の看守が固定位置についていることだろうか。


「……なんというか、率直にやりづらい空間やね」


「たまーに脱獄しようとする馬鹿が居るせいですよ、本当にすごーーーく迷惑なヴァッッッカがぁ」


「めちゃくちゃ殺意強めじゃん、ふわふわくんおもしろ」


 などとやりとりをしている間に新しい牢屋に着いたらしく、初めて来た時のようにチャーリーが1人1人順番に、鉄格子の扉を開けては閉じ込めていく。ギルが居ないので欠番があるが、牢屋の並びとしてはファーストと同じだ。


 ジャック、シャロ、マオラオ、フラム。この順番で全員中へ入れさせると、ようやくといった風にチャーリーは息を抜いて脱力し、


「あぁ〜緊張した、失敗とかしないでちゃんとやれた、おれは偉い。だからもう今日の仕事終わりでいいや、うんもうあったかいお布団に帰って寝ましょ。――あ、そうだこれだけ渡しておかないと……」


 どういう仕組みなのか、白い装束の中から薄いファイルを取り出すチャーリー。彼はその中から数枚の白紙を取り出すと、ひとまず1番端のジャックに鉄格子の隙間から紙を差し入れて、


「ハ? なんだヨこれ」


「今から皆さんには遺書を書いてもらいます。紙とペンは今から配布しますね。枚数は好きなだけ渡しますので、足りなくなったらその都度言ってください〜」


「はっ、遺書!? 遺書って、アレ!? 死ぬ前に残すやつ!?」


 いよいよ死刑が本格みを帯び始める発言に愕然としながら、おずおず白紙を受け取るジャック。ぺらぺらと仰ぐように表裏を確認するが、横書き用の薄い線が一定間隔で引かれているのみで紙はまるっきり白紙だ。


 ここに残したい言葉を綴れというのか。ジャックは息を呑む。


 が、


「いやちょっと待て、オレ北東語なんか書かれへんで……!?」


 鉄格子に掴みかかって顔を覗かせたマオラオが、普通に紙を受け取っているリップハート兄弟を横にして突然慌て始めた。


「元々南西のモンやから、北東語自体が第二言語やし……耳で覚えたから、北東の文字はちっちゃい子供が読めるようなもんでもオレにはさっぱりやけど、い、遺書ってもしかして北東語やないとあかんかったりする!?」


「いや、別に南西語でもお咎めないですけどぉ……え、ちょっと南西語喋れるんですか? 何か喋ってみてくれませんか?」


「え、あぇ、ええと――《お前本当にムカつく顔だな》」


 内容を悟られないよう、天使の笑みで表情を取り繕い、母国語でしれっと毒を吐きつけるマオラオ。当然、この場に居る誰にも意味はわからないので微妙な空気が流れるが、チャーリーは告げられた言葉を吟味すると、


「何言ってるのかさっぱりですけど、悪口を言われたのだけはわかりましたよぉ。まぁ良いでしょう、南西語でお好きなように書いてください。けど、妙にズレた喋り方すると思ったら、南西の人だったんですね〜」


「ズ、『ズレた』って……まぁ、南西のモンは音の発し方が北東と違うから、無理に北東語喋ろうとするとどうしてもこうなってまうねん」


 最近は長いこと戦争屋の人間とばかり一緒に居たが故、久しぶりに自分の口調の拙さを指摘されて、マオラオは恥ずかしそうに頬を掻く。しかしそれを見たチャーリーは何故かむすっ、と不機嫌そうな顔で少年を一瞥(いちべつ)すると、


「おれと可愛いキャラでタメ張る気ですかぁ? マオラオきゅんうざ〜い」


「ハァー? ちょ、訳わからん、なん」


「それじゃあ皆さん遺書を書いてください、1時間以内ですからね、開始〜!」


 マオラオの言葉を無理やり声で掻き消し、高身長の青年はぱちんと手を叩いた。




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〈本編にぶち込み忘れたことの設定〉


Q.ヴァスティハス収容監獄における『看守』と『白装束』、一緒に仕事してるようだけど何が違うの?


A.どちらもヘヴンズゲートの人間だけど、収容監獄で囚人を裁く仕事だけに就いている人が『看守』、監獄の外で組織の仕事をすることもあるのが『白装束』です。


ちなみに世間は、監獄=ヘヴンズゲートということを知りません。教皇の親族派に寝返った聖騎士達も、監獄はまともな人達が運営していると思ってノエルを収監する手続きを行っていました。

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