第3章・幕間『甘ったるいコーヒーの約束』

 その後、ミレーユは衰弱死の寸前の状態で、捜索のため宮殿に押し入ったフィオネ率いる処理班のメンバーによって発見され、無事回収された。


 それから氷漬けになっているジュリオットも、別地点にて処理班員が発見。その後回収されて、フィオネらの乗ってきた船に積み込まれた。


「――ほぼ、もぬけの殻ね」


 世界各地から集まってきた参加客たちが血肉を散らしている庭園を眺めて、フィオネはなんの感情を込めるでもなく呟いた。


 それに耳を傾けているのは、『戦争屋インフェルノ事後処理班』――通称『処理班』の班長であるノートンだ。自分の部下達が手分けして、参加客の身元を調べつつ遺体を運んで隅に寄せているのを見て、眼鏡の位置を直しながら嘆息する。


「こんな未来を、お前は最初から視た上で送り出したのか?」


「……半分そうで、半分間違いになるわね。ただミレーユって女の子の頼みを聞くはずが、いつの間にか面倒ごとに巻き込まれて、このカジノに来るところまでは視えていたのよ。けれど……」


「けれど?」


「私が見たのは疲労困憊の状態で、それでも全員生きていて意識がある状態で揃っている未来。しかも帝国の弱みを握って、それを教えてくれるはずだった。だからそうなると思って、それに合わせて貴方達に迎えの船を出させたの」


 それが実際はどうだ。ミレーユは衰弱死の寸前、ジュリオットは氷漬けで意識を持っていない。ギル・シャロ・ペレット・マオラオに関しては消息も不明で、帝国の弱みなどさてなんのことか。フィオネが見た未来とは程遠い。


「……また、邪魔者が居るわ」


 ――今まで、こんなことが起こるはずがなかった。フィオネの『革命家ワールド・イズ・マイン』はぼんやりとした未来視しか出来ないが、その内容を実際と違えるはずがなかった。だから血反吐を出して高熱に耐えてまで、何度も無理して使ってきたのだ。


 それがフィオネが支配者になる為に確実な方法だと思っていたし、実際途中までは確かに世界の覇者となる者に相応しい道を歩んできたはずなのだ、なのに。


「とにかく、ヘヴンズゲートって組織が相当厄介なのは理解したわ。どうせしがないカルト集団だと思っていたけれど、この組織は思っていたより大きくて深かったみたい。……急いで、あの子達を取り戻さないと」


 静寂を映していた紫紺の瞳が一変、殺意の光を乗せて輝く。いつぞやの屈辱の味が蘇り、美しい顔を一瞬苦々しそうに歪めて――静かに、落ち着きを取り戻した。


「……悪い癖が出てるぞ、フィオネ。アイツら悪ガキ共は、お前の手中の意思持たぬ駒じゃない。お前と一緒に駒の動かし方を考える、生きた人間だ」


「……」


「きっと要らないことばかりアドバイスしたり、勝手に駒を動かして笑ってると思うがな。それでも考える力があって、自分で動く力がある。人間以上でも人間未満でもない――ただの悪ガキだ。……信じることを覚えろ、リーダー」


 後ろから軽くぽんと肩を叩いてやって、ノートンはフィオネよりも数歩前へと進み出る。そして作業中の処理班員に一声かけようと口を開きかけて――途中で、フィオネの方を振り返った。


 神々しい宮殿がフィオネの背後に建ち、後光が差し、そのおかげでフィオネが今どんな表情をしているのかはわからない。それでもフィオネの考えていることは何となくわかって、ノートンはきりりと整えた鉄仮面のような顔を崩した。


「お前は1人じゃあない。今だって俺が居て、処理班おれらが居る。これだけ人数が居たら、お前が思い付かないような駒の動かし方だって浮かぶ奴が居るだろう」


「……」


「――協力はいつでもしよう、フィオネ。その代わり、革命の朝には相席してコーヒーを飲もう。お前が主役になったその日だけは、甘いヤツを飲んでやるよ」


 若干乱れた黒髪をひと掻きでいつもの七三分けに戻すノートンを見て、フィオネは僅かに口を尖らせる。敵わない、どうしても敵わないのだ。この男には。根本的なところから敵っていない。


 手に取るように自分が何を考えているかを見抜き、どうしたら機嫌が治るのかまできちんとわかっている。気分はまるでよく出来た親に反抗する、思春期の子供のような心境だった。もっとも自分の思春期には反抗することすら許されず、行き場のない反抗心をよく腐らせていたものだが。


「……えぇ、そうね。ミルクと砂糖をありったけ入れて、今日の言葉を後悔する日を必ず迎えさせてやるわ」


「おっと、墓穴を掘ったかな……じゃあ、収集した情報は後でまとめて連絡をしよう。お前は船内で治療を受けてる青髪の子の容態でも見守っていると良い」


 フィオネとノートンは微笑を浮かべて、それから何の合図もなしにお互い身を翻して、フィオネは会場の外へ、ノートンは部下の元へとそれぞれ足を運ばせた。


 最初は平然とした表情を作って、淡々と広大な『グラン・ノアール』の庭園を進んでいたフィオネ。しかしある程度歩を進めたところで、押し寄せた感情につい歯噛みする。やはりこの悔しさは、どうしても殺しきれなかった。


 ――結局、フィオネ達が宮殿の中に入った頃には、ヘヴンズゲートのメンバーや従業員は皆居なくなっていた。


 宮殿を外側から襲撃した時点で焦った向こう側が、慌ててどこかに消えてしまったのである。恐らく、戦争屋のメンバーを何人か連れて。だから、この事態の中心に居た人物は揃いも揃って雲隠れしてしまっているのだ。


 これでミレーユが何かを知っているのなら、目覚めた時に聞き出せばある程度の情報は手に入るだろうが――その彼女すらも瀕死の状態だ。ジュリオットはそもそも何故凍っているのかわからないが故に、下手に手出しすることも叶わない。


 何もわからないまま、徹底的に追い込まれている。世界を蹂躙する戦争屋ともあろうものが、フィオネ=プレアヴィールともあろうものが、素性の知れない宗教集団に追い詰められている。それがたまらなく気に食わず、


「――絶対に」


 フィオネは夜風に長髪を遊ばせると、ただでさえ鋭い双眸を更に研ぎ澄ませて、見えない敵を睨みつけた。

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