第48話『悪党だらけの闇のカジノ』
約2日後、午後17時より少し前。ロイデンハーツ遠征組とミレーユの計6人は、馬車を乗り継いで目的の地へ到着した。
――ジュリオットらが招待された、カジノ会場の正式名称は『グラン・ノワール』。
一応名前だけなら『高貴なる黒』という意味を持つそのカジノであるが、ロイデンハーツ帝国の帝都に土地を持つだけあり、招待状で指定された場所にはいやはや流石のきんきら建造物がドンと構えていた。
というのも初代皇帝が居住していた旧宮殿をそのまま使っているとかで、壁や屋根の装飾から正門、庭園の噴水などあらゆるものが金色であった。しかも恐ろしいことに庭園の石畳をよく見ると金粉が混じっているとかで、いよいよロイデンハーツ王国の金銭感覚がわからなくなる。
「……え、ここ庭園を越えてかなきゃいけない感じ? 結構広いんだけど、庭園」
「わざわざこの庭園の前で降ろされたということは、この庭園の大門が正面門なんでしょう。少し遠いですが、仕方がありません、行きましょう」
と、ジュリオットが迷いなく先陣を切って庭園の大きな門に手をかけるが、それをペレットが口早に『ちょっと待ってください』と引き留めた。
「あそこに監視カメラがあって、機関銃があっちに隠れてるんスけど、あれどうします? 壊しますか?」
そう彼が指差したのは、門から少し離れたところにある薔薇の茂み。ぱっと見違和感のない見た目をしているが、ペレット曰く中にカメラと銃器がそれぞれ潜んでいるらしい。そう言われてから改めて見ても、何もわからないのだが。
「よく機関銃なんて見えましたね……監視カメラ、ということはこの門の前に立つ人間が招待客かどうかを確かめるのでしょうか。しかし、無関係の者が立ち入ったら撃たれるんですかここのカジノは?」
「……それか、関係なく乱射してくる可能性はあるなァ。弾丸を回避できた者だけは入れる……みたいな」
「じゃあ一応、俺の方で機関銃は動き止めときますね」
「……ありがとうございます、じゃあ、中に入りましょうか。ペレット君、一応庭園を歩いている最中はずっと、武器が仕込まれていないか気を張ってください」
「う〜〜ん、中々にだるい作業押し付けるっスねぇ……」
「しゃあないやろ、こんなんお前にしか出来ひんのやから」
ジュリオットとマオラオから色々と言われながらも、なんだかんだペレットは門を押し開けて先陣を切らされる。
そして糞餓鬼の後に従って、次々と庭園の中に立ち入る各々。そんな彼らの様子を捉えようと、木々に隠れていた監視カメラが絞りを絞っていたが、それに気づいたのは睨みつけるようにしてそちらを見上げたペレットのみであった。
*
庭園を通り過ぎて黄金の宮殿の大扉の前に辿り着くと、それを迎えたのは黒髪を切り揃えた巨乳の美女――イツメであった。
白黒のみで構成された格好が印象的な彼女であったが、今回ばかりは華々しい色が必要とされたのだろうか。バイオレット色の、鎖骨から肩までがよく見える大胆な格好をしていた。
おかげさまでその豊満な胸が嫌でも目につく。イツメのことを知らないギルはそれをガン見してサイズを思考しており、その隣に居たマオラオは視線をひゅっと逸らしてシャロの後ろに隠れた。
「おぉ、よう来たのうジュリオット」
白黒の美女はジュリオットの姿をしっかりと捉えると、黄金に輝く宮殿の眩しさを背中に受け止めながら、玄関口前の短い階段を降りてくる。
そして眼鏡の彼の前に並び立つが、やはり身長が高い。向こうがヒールを抜きにしても、184cmというそれなりの高身長であるジュリオットから、僅か5cm抜いたくらいの高さであった。
「『よう来たのう』……ですか。約束を守らなければ死ぬ、という呪いをかけたというのに、よくもそんなことが言えますね」
「うーん、痛いとこを突きよる。じゃが、これで約束を守った主は呪いから解放されるというわけじゃ。あぁ、招待状は回収するからワシに出すように」
「はい、どうぞ。一部、ボロボロになってしまったんですが……」
「なぁに、文章が読めればそれでよい。えぇーっと、同伴者は8人まで……うん。守っとるな。礼服も用意してきたようじゃし。規定もクリアじゃ。じゃが……こっちの青髪のオナゴはあれじゃな、人殺しの経験はなかろう?」
ジュリオットの眼前からするりと抜けたイツメは、イツメの鋭い美しさに呆然としていたミレーユの方へ寄ると、背後へ周り、それから肩を抱くようにして顔を覗き込んだ。直後、ミレーユの身体が氷像にでもなったかのように硬直し、
「えっ、いぁ、へい!!」
「おぅおぅ、可愛いのぅ。舐めて転がしたくなる可愛さじゃ。こんなオナゴを連れてこようとは、この男らは大層馬鹿な奴らじゃなぁ。怖くはないか? 引き返したければ引き返すがよいぞ?」
ミレーユの白い細首に顔を寄せ、形の良い鼻をすんと鳴らして何かを嗅ぎ取り、頬を染めて恍惚と唇を歪めるイツメ。彼女は辛抱たまらんというように、ミレーユの首筋をちろりと舐めた。
「びゃっ!? いいい、今、何を!?」
「あはは、すまんなぁ。あまりにも美味しそうに見えたから、つい舐めてしもうたわ。……しかしそうか、ヌシは帰りたくないと申すのか。それならばわらわは止めはしまい、ここを通るがよい。あと、それから名前を記入すること」
イツメはそう言って自分の喉元の影へ手を突っ込むと、中からメモ帳のようなものとペンを取り出した。
「必ずフルネームで書くんじゃぞ。たとえ名前が100文字を越えようと、省略や愛称を書いたりしてはいけないぞ?」
「……じゃあ、私が書きましょうか。えっと、ジュリ、オット……」
ジュリオットが代表でメモ帳とペンを受け取ると、空欄に自分達の名前を書き込んでいく。そしてギル、マオラオ、ペレット、ミレーユまで書いて、
「――そういえば、シャロさんってどうするんですか? そのまま書きますか?」
「え、こいつの苗字、ジュリさん知ってんの?」
シャロの苗字をどう書くか迷った彼が手を止めて、またその発言を受けたギルが驚いたようにジュリオットの方を見た。
「え、ずりい。こいつの苗字聞いても頑なに教えてくんねーのに」
「えっ……と……ウチの名前、そのまま書かなきゃ、ダメ、ですか」
「あぁ、そうじゃな。昔からそういう規定であったし、破った者のその後はワシもよう知らん。素直に正しい名前を書くのが利口じゃと思うぞ?」
「アッ、ハイ……じゃあ、ジュリさんそのまま書いて。読み上げたり、コイツらに見せちゃダメだかんね」
渋々シャロが了承すると、ジュリオットは要望通り無言で書き上げて、メモ帳とペンをイツメに返した。するとイツメは書かれた名前の欄に目を通し、
「ふむ、これで間違いはないな?」
「ええ。そのまま書きました。これで良いですか?」
「あぁ、ヌシらは規定を満たしたようじゃからの。早速中に入るとよい。入ってすぐに玄関ホールがあって、左右の階段の左を上がっていくとダンスホール、右を上がると食事会場になっておる」
そうイツメが説明をしながら宮殿の玄関まで先導すると、ふと違和感を覚えたジュリオットが口を開き、
「……カジノでイベントをするのではなかったのですか?」
「あぁ、イベントはカジノとは別じゃ。ただイベントの前に、カジノを解放しておるだけでな。その辺ちと説明が足らんかったか」
――あっ、イベントが始まる15分前にはチャイムが鳴るから、しばらく宮殿のどこかで時間を潰すとよいぞ。とイツメが皆の方を振り返り、
「カジノだけでなく、過去に皇帝が残した芸術品の数々が飾られた廊下にもゆけるし、湖が望める庭園もある。基本的に鍵のかかっていない部屋なら、自由に出入り出来るから好きに楽しめ」
「あ、聞きたいんすけど、食事会ってそれ沢山食っちゃいけない感じっすかー?」
「いいや? 世界一のカジノが提供品の消費量に対応できないわけがなかろう、好きなだけ食え。しかしその後のイベントはちいとばかし身体を動かすから、なるべく食わん方が後の為じゃ」
「ふーん……身体を動かすイベントなんすか……」
となると、本来予測していた奴隷オークションは当てはまらなさそうだ。誰も経験がないのでわからないが、オークションといえば椅子に座って番号札を上げ下げし、せめて運動するとしたら声を張ることくらいしか思い当たらない。
じゃあ、奴隷オークションじゃないのだとすれば、一体なんなんだろうか。
「――では、ヌシらの案内はここまでじゃ」
玄関前の階段を皆が上がり切ると、イツメは大扉の黄金色の手すりに白い手をかけた。そして細腕からは想像も出来ないほどの力強さで引き開けて、
「黄金の国で1番のカジノ、『グラン・ノワール』へようこそ」
その言葉がかかると共に、
*
イツメの見送りを受けて中へ入ると早速、簡易な作戦会議が行われた。
まず話を聞く限り、このカジノではメインの賭場以外にも色んな部屋が解放されているらしい。
宮殿1階の中心部が、大幅工事で夜の賭場と化したカジノエリア。
玄関ホールの左の階段を使って進むとダンスホール。
右の階段では食事会場に辿り着くという。
他にも美術品が飾られた廊下や絶景の庭園もあるようだが、大まかに人が居そうなのは前の3つのエリアだろう。そこで遠征組+ミレーユの6人は3組に分かれて、他の招待客やディーラー達店員の様子を探ることにした。
――で、各々が欲望を述べ合った結果、
ギルが食事会場。シャロとマオラオがダンスホール。残りのジュリオットとペレットとミレーユが、カジノエリアに行くことになった。が、当然、前者3人は本当に各々の欲望のままに決めたので、探るという意識がない。
まず、ギルは食欲に操られてやってきた食事会にて、止める奴が居ないのを良いことに爆食をしていた。
本来『神の寵愛』が発動しているので飢餓はしないギルであるが、生きていれば当然腹は減るしものも食べたくなる。そして丁度空腹であった為、無償提供なのを良いことに提供品の全てを回収しに回っていたのだ。
――食事会の形は、いわゆる立食パーティというものだった。パンからスープにステーキからスイーツまで、品揃えのほどは完璧に近しい。
それから、世界全体で言うところの左半分の地域で取れるらしい、『オコメ』をふんだんに使った料理など、東では物珍しい料理までもが提供されていた。
「カレー? か……カリー? 美味いなこれ……」
世界の右側でしか生きてこなかったギルにとって、『オコメ』及び『カレー』との出会いは一目惚れそのものであった。西方面ばかり美味いものがあってずるい。出来ればオルレアス王国でも普及させて欲しいものだ。
などと考えながら『カレー』を頬張り口を動かしていると、ふととある方向に視線が引き寄せられて、
「……はれ?(……あれ?)」
会場の黄金色がカモフラージュになっていて気づかなかったのだが、見覚えのある金髪の少女が遠くに居た。
カップケーキ類を山のように自分のトレーに盛りながら、真隣に居る黒スーツの男性と談笑している。否、談笑というにはあまりに一方的であった。
少女の方が愛想笑いばかり浮かべて、男性は彼女の肢体にちらちらと視線を送りながら気持ちが良さそうに大笑いしていた。どうにも会話の熱量が噛み合っていないようだ。いや、そんなことはどうでも良い。ただ、あの女は――。
「アンラヴェルのメイド女じゃねェか……!?」
当然、メイド服は着ていない。今はモスグリーンのパーティー・ドレスを着ているのでメイド要素はなくなっているのだが、丁寧に編まれた三つ編みと冷たい翡翠の瞳、何よりその大胆な膨らみをした胸元に覚えがあった。
「いや、待てよ……? このイベントって、アイツも招待されたのか……??」
当然このイベントの招待客は裏の世界の者ばかりだし、あのとき満身創痍で戦場慣れした人間の風格を醸していた彼女ならば、呼ばれていてもおかしくはない。それに誰かの同伴であることも考えられるだろう。
しかしどちらにせよそうなると、
「
ギルは右手に持っていた銀のスプーンを左手のトレーに置き、片手を楽にさせると、耳の奥にはめ込んだ超小型無線機を叩いた。
「――あ、もしもしジュリさぁん?」
《――なんです? 今、大勝ち中なんでなるべく席外したくないんですけど》
「ちゃっかり楽しんでるんじゃねェよ、ばっきゃろー」
通信機を通して遠くの方からペレットの、『ギルさん、この人500万も掻っ攫ってるっス!』という言葉を聞くに大勝ちは嘘じゃないのだろうが、セレーネの姿を見つけて割とハラハラしているこちらとしては一緒に喜び難い。
水を差すようで悪い(いや、ギルは間違っていないはずなのだ)が、とりあえず情報共有だけは先にしておきたかった。
「んまぁ、一応言っとこうと思ってな。アンラヴェルを襲撃して宗教の集団が居るって話したろ? それが居るんだ、食事会の方に」
《宗教の集団……あぁ、ヘヴンズなんとかですか。……一応、警戒をしておきましょう。ありがとうございます。それから他に何か、わかったことはありますか?》
「あとは、そうだなあ……なんかあったかなぁ……」
食事会場に入ってからのことを振り返る。真っ先にトレーを持って駆け回っていたから、特に報告するようなことは目の当たりにしなかったのだが――。
「あっ、そうだ。参加者が揃ってぶつぶつ口にしてる言葉があってよお。『願い事』がうんたらかんたら……なんか、そんなことばっかりみんな言ってらァ」
《――願い事?》
「おう。話聞いてる限りだと招待された奴らみんな、なんか願い事を叶えてもらう為にここに来たって感じ」
『美女に囲まれたい』というあるあるな妄想から、『領土保有権を奪い取って領主一家を没落させたい』という陰湿で複雑そうな妄想まで多種多様。皆が立食パーティーを楽しんでいるふりをしながら、己の妄想を呪詛のように垂れ流しまくっているのだ。
それを最初は『変な奴らばっかり集まってんなァ』と思いながら聞いていたのだが、
《願い事を叶えに……? どういうことです、そんなこと私の招待状には書いてありませんでしたが……? それがこのイベントの内容なんですか……?》
「そうらしいな。具体的に何をどうして願い事を、誰にどうやって叶えてもらうのかがわかんねーけど……」
とにかくこのカジノ『グラン・ノワール』が、そしてこのカジノを経営するオーナーが、どう考えても異質な存在であることに変わりはなかった。
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