査定4 なぜウグイスは鳴かなかったのか【問題編】1

【1】


 猫屋敷古物商店のホームページ。そのメールフォームの記念すべき第1号の利用者が現れたのは、終業式のあった日の夕方のことだった。ホームページを作成してもらってから、ちょくちょくと覗いてはいたのだが、いざ実際にメールが届くと、少しばかり尻込みした。


 ――過去に起きた事件のことを相談したいのですが。


 名前が書いているわけでもなく、連絡先が書かれているわけでもない1本のメール。いわくつきの代物を専門で買い取る旨はホームページに書かれているし、その代物を査定する過程で、いわくにまつわる事件の捜査も承る――といったニュアンスも記してある。ただ、はっきりと明記しているわけではないため、いきなりそのような内容のメールを送りつけてくるのは不躾ぶしつけな印象を受けた。


 千早は迷った挙げ句、いわくつきの品を買い取らせてもらうことが条件であるという内容のメールを、そのアドレスに返信した。返事はその日のうちにあった。


 ――そうすれば過去の事件の相談を受けてくれるのですね?


 どうやら妙な勘違いをされているらしい。本質的な部分は間違っていないのであるが……ホームページの内容をもう少し考える必要がありそうだ。ただ、ホームページがなかったら引き受けることのできなかった仕事である。しかも記念すべき第1号。ふいにはしたくなかった。


 メールのやり取りよりも電話のほうが手っ取り早いかもしれない。そう考えた千早は、あまり気乗りはしないものの、電話して欲しい旨と共に自分の連絡先をメールで伝えた。しかしながら、このままメールでやり取りをしたいとの答えが返ってきただけだった。


 メールをやり取りするうちに色々と相手のことが分かってきた。ここはあえて依頼主と千早は呼ぶことにした。依頼主は竹藤豊と名乗った。ここからかなり離れた地域に住んでおり、年齢は40代後半だそうだ。いわくつきの品は郵送で送るとのこと。メールのやり取りを繰り返すうちに、ようやく猫屋敷古物商店のシステムを理解してくれたらしい。


 頃合いを見計らって査定手数料などの話をさせてもらい、また必要に応じて色々と話を聞くことがあるということを説明する。本来なら、それらを了承してもらった上で買取申込書を書いてもらうのであるが、距離があるため、まずこちらから買取申込書を郵送させてもらって、いわくつきの品を郵送してもらう際に、一緒に送り返してもらうことにした。色々と初めてのことばかりで、ここまで話をまとめるのに随分と苦戦してしまった。


 教えてもらった住所宛に申込書を送ると、それから1週間もしないうちに荷物が届いた。どんな代物が送りつけられてくるのか分からなかったため身構えていたが、いざ送られてきたのはA4サイズの茶封筒がひとつだけ。開けてみると、詳細が記入された買取申込書と、薄くて黒い角ばったものが出てきた。どうやらフロッピーディスクという記憶媒体のようだった。念のため依頼主に確認を取り、査定へと入る。フロッピーディスクが依頼主のいう事件とどう繋がるのかは不明だが、とりあえず中身を確認することから始めることにした。


 今の時代はディスクやUSBを記憶媒体として使用しているが、ひと昔前のパソコンでは、主にフロッピーディスクが記憶媒体として使われていたようだ。もちろん、今のパソコンでは使用できないため、まずはフロッピーディスクを使用できる環境を作らねばならなかった。


 ざっと調べた感じでは、今のパソコンでも外付けでフロッピーディスクを読み取る機械があるらしいのだが、パソコンに詳しくない千早は使いこなせる自信がない。そもそもパソコン自体を持っていないのだ。学校のパソコン室は夏季休暇中でも申請すれば使えるのだろうが、さすがにフロッピーディスクを使用できるほどパソコンが古いものであるとは思えない。


 悩んだ挙げ句、班目に相談してみた。以前は道の駅まで行って、そこに置いてある公衆電話から連絡をしていたのであるが、メールフォームという便利な機能ができたおかげで、メールだけで用事が済むようになった。メモしてあった班目のアドレスへとメールを送ると、しばらくした後にレスポンスがあった。


 ――動くかどうかは分からないが、家の物置にフロッピーディスクを読み取れるパソコンが眠っているかもしれない。


 その返事に、千早はすぐさまそのパソコンを手配して欲しいと班目にお願いした。普段から常連であり、お互い持ちつ持たれつの関係にある千早と班目。もちろん、班目が千早の頼みを断る理由はない。こうして、班目が随分と大きなパソコンを店に持ってきてくれたのが昨日のこと。季節は7月より8月へと移ろっていた。


 班目からカウンター脇に設置してもらった旧型のパソコンは、とにかく大きくて場所を取る。モニターなんてブラウン管だし、パソコン自体の立ち上がりにも、かなりの時間を要する。教えてもらった場所にフロッピーディスクを差し込んだが、中で擦れるような音が響くのみで、一向に読み込む気配がない。動作は保証できないとのことだったし、やはり故障しているのでは――と思うほどの時間をかけて、ようやくパソコンはフロッピーディスクを読み込んだ。


 そこには日記――というべきか、飯山真琴という人物の書いた備忘録のようなものが入っていた。まだ色々とデータは入っているようだが、千早が真っ先に開いたファイルは、実に物騒な形で締めくくられていた。飯山が下宿先の大家を殺した罪で、警察に逮捕されてしまう……との内容だった。もし、これが今から20年以上前に書かれたものだとすれば、助けを求められても困るのであるが。


 この段階で、千早は依頼主である竹藤にメールを打った。実際に事件はどのように収束したのかを知りたかったのだ。しばらくするとメールの返信があり、どうやら飯山は捕まってしまったようだ。そして、服役中に亡くなってしまったらしい。ならば、もう事件は解決しているのではないか――と改めてメールをしたのだが、竹藤はそうは思っていなかったようだ。


 ――あいつが人を殺すはずがない。


 ただの文字列であるのに、それは実に力強く感じられた。それだけ竹藤が飯山のことを信用しているということか。メールを開いた千早がモノクルを取り出して現在にいたる。


 これはどうやら班目に事実確認をしたほうが良さそうだ。一応、旧式のパソコンを用立てしてもらう際に、今回のことは軽くであるが話してある。どこまで調べてもらえるか分からないが、事情を話して動いてもらうことにしよう。そう考えた千早は、立ち上がるとカウンターを離れる。店内ではなく母屋のほうへと向かった。


 千早は祖母との2人暮らし。しかし、実は祖母は数年前から体調を崩しており、病院への入退院を繰り返していた。だから実質のところ独り暮らしのようなものだ。金銭面に関しては当面の心配はしていないのだが、この家は千早にとっていささか広すぎた。両親を亡くしたのは随分と前のことだし、もうすっかり慣れたつもりでいたのに――。


 冷蔵庫の前までやってくると、冷凍室からアイスを取り出す。これこそ、夏の風物詩。夏だからこそ許される千早の贅沢である。これでもかとばかりに小豆をふんだんに使い、下手をすれば歯が折れてしまうのではないかと思うほどに固いそれは、口にくわえるとほのかに甘く、小豆の香りが口一杯に広がる。それを時間をじっくりかけて味わうのが、千早にとって夏の醍醐味であった。


 珍しく鼻歌交じりで店に戻る。ちなみに、夏休みではあるため、店に出るのも普段着で出ている。一応、接客業であるし、野暮ったい格好もできない。以前は潔く休日でもセーラー服を着ていたのであるが、今年はちょっと愛に相談をして、店に立つ時の格好を見繕みつくろってもらったのだ。

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