ラクレス全員の総体重は394キロ。そして、エレベーターの最大積載量は400キロ。それなのにも関わらず、5人でエレベーターに乗ったらブザーが鳴ったらしい。ラクレスの総体重は最大積載量内に収まっているというのに。


「ラクレスの総体重はエレベーターの最大積載量内で収まっています。それなのに、5人でエレベーターに乗ってみたらブザーが鳴った。それはなぜなのでしょうか? 色々と可能性を探ってみたのですが、犯人が明らかになった今、はっきりと断言することができます。つまり――」


 千早はそこで言葉を区切る。班目は千早の言葉から、動画内で話されていた人喰いエレベーターにまつわる怪談――明らかに作り話であろうエピソードを思い出した。確か、失踪した女性の遺体がエレベーターの天井から見つかったという話だったはず。すなわち、千早が言いたいことは、そういうことなのかもしれない。


「犯人はエレベーターの中にずっと潜んでいたのです。それも、犯行が行われるずっと前から」


 やはり思った通り。ブザーが鳴る原因として考えられるのは、まず重量オーバーであろう。しかしながら、エレベーターメンテナンス会社の作業員の話だと――。


「あのさ、さっき千早ちゃんも確認してたけど、人喰いエレベーターって天井の上に出たりすることができないんでしょう? 仮に犯人がずっとエレベーターの中に潜んでいたとして、どこに潜むの?」


 今度は愛が班目の代弁をしてくれた。全面鏡張りという特殊なデザインの人喰いエレベーター。しかも、マンション用のエレベーターはそもそも天井に出られる仕様になっていない――とは、作業員の言葉だ。愛の疑問を受けて、千早は人差し指に続いて中指も立てた。


「ここで大事になってくるのが、ふたつめのポイント。鏡に映らなかった観葉植物です」


 郵便ボックス脇に置いてあった観葉植物。動画内でも、最初に呼んだ時は、しっかりと観葉植物の緑が映り込んでいたというのに、いざカネモトが最上階に向かうべくエレベーターに乗り込む際には、なぜだかエレベーター内の鏡に観葉植物が映り込んでいない。カメラの位置、撮影する角度は全く変わっていないのに、後者のほうだけ観葉植物が中の鏡に映り込んでいない。


「この観葉植物。最初は間違いなくエレベーター内の鏡に映り込んでいるのに、後半になると映り込まなくなります。もしかして、ラクレスの誰かが動かしたのかもと考えたのですが、観葉植物が動画を撮影するにあたって邪魔になるとは考えられません。それに、邪魔だと思ったなら最初から撤去していたはず。では、誰も観葉植物を移動させていないとして、どうしてエレベーター内の鏡に映り込まなくなったのでしょうか。それはおそらく、観葉植物ではなく他のものが移動したからなんです」


 移動したのは観葉植物ではなく他のもの。しかし、なにが移動したというのだろうか。観葉植物程度ならば運ぶことができても、そもそも他に移動できそうなものはないはずだ。


「もっと正確に言えば、本来あるべきではないところに、あるものが現れたんです。そのせいで、観葉植物は鏡に映らなくなってしまった――」


 千早はそう言うと、エレベーターの呼び出しボタンを押した。そういえば、まだ外にエレベーターメンテナンス会社の作業員を待機させたままだった――なんて申しわけなく思いつつも、今はとりあえず千早の言葉に耳を傾ける班目。エレベーターが到着し、人喰いエレベーターが口を開けると同時に、千早がエレベーターの中を指差した。


「本来あるべきはずのないところに現れたもの。それは……鏡です」


 人喰いエレベーターは全面が鏡張りであり、だからこそ合わせ鏡になっている。しかしながら、その鏡が移動したなんて突飛すぎる。いや、その表現だと語弊があるからこそ、千早は【現れた】と表現を変えたのであろう。ようやく、彼女が言わんとしていることを理解できた。


「つまり、本来ならばもっと奥に位置するはずの鏡が前に出ていた。だからこそ、鏡にものが映り込む範囲が変わって、最初は映り込んでいたはずの観葉植物が映り込まなかった――ということですか」


 班目は千早の言いたいことを理解できたが、高校生諸君には少し難しかったらしい。一里之が「はぁ? 意味が分かんねぇんだけど」と首を傾げ、愛も同調するかのごとく控え目に頷いた。


「一里之君、愛さん。こう考えてください。実は事件よりも前に、このエレベーターの中には1枚の鏡があらかじめ積まれていたのです。それこそ、エレベーターの奥側の鏡と、ぴったり同じサイズの鏡がです。ラクレスの動画がドッキリであったことを犯人は事前に知ることができたし、事前におばけマンションを訪れることも可能だったはず。しかも、おばけマンションは住人の数が極端に少なく、エレベーターの利用頻度も低い。よって、おそらく犯人は事前におばけマンションへと訪れ、エレベーターの中に鏡を持ち込んだと思われます」


 まだ理解できないのだろうか。愛がおそるおそると手を挙げつつ問う。


「でも、そんなに大きい鏡がエレベーターに乗っていたら、いくら利用頻度が低いからって、エレベーターに乗った人が気づくよね?」


 愛の言葉は予測通りだったのか、自信ありげに首を横に振り「いいえ、その心配はないと思います」と一言。


「いや、そもそもよ。エレベーターの壁1枚分と同じ大きさの鏡って――運び込むだけでも大変じゃね?」


 愛からの疑問を千早が解決する前に、きっと我慢できなかったのであろう。一里之が口を開く。確かに、壁面と同じサイズの鏡をエレベーター内に持ち込むとなると、中々に難儀である。


「別に本物の鏡である必要はないんです。アクリル板のような軽量なものを持ち込んで、そこにミラーシートを貼ってもいいんです。そうすれば、持ち運び自体はそこまで難しくないと思います」


 ミラーシートといえば、百円ショップでも売っているのを見たことがある。名前の通り、シート状になっている鏡だ。アクリル板もホームセンターなどで手に入るだろうし、それらでエレベーターの鏡と同じサイズの即席の鏡を作ることは可能だろう。


「ちなみに、愛さんの疑問に関しては、実際にエレベーターを調べたほうが早いと思います。まだ事件が発生してから時間が経っておらず、警察関係者の方々の出入りもあったはずですから、まだ手つかずになっている可能性が高いですし――」


 自然と千早から視線を向けられていることに気づいた。何か用でもあるのか――と聞こうかとも思ったが、それより先に千早が口を開く。


「班目様、恐れ入りますが、外で待っている作業員の方から、工具箱を借りてきていただけないでしょうか?」


 なんとなく答えは見えているのだが、まだそれが明確ではない班目。答え合わせとばかりに外に向かう。バンの中でスマートフォンを眺めて時間を潰していた様子の作業員に声をかけ、工具箱を拝借した。もちろん、その際に「もう少しだけ待っててください」と頭を下げることも忘れない。


 工具箱を手に戻ると、今度はエレベーターの扉が閉まらないようにおさえる役を、千早の無言の視線で命じられる。意図を察した班目の行動に「ありがとうございます」と、工具箱を受け取る千早。思ったより重かったのか、取り落としそうになりながらも、なんとかエレベーターの床の上に工具箱を降ろした。合わせ鏡の中で、何人もの千早が同じような仕草をする。やはり、合わせ鏡というのは不気味だ。ちなみに、エレベーターの扉を閉まらないようにおさえる班目の位置からも、郵便ボックス脇の観賞植物が、しっかり合わせ鏡の中に映り込んでいるのが確認できた。


「事前に持ち込まれたエレベーターの奥側の鏡と同じサイズの鏡。利用者が全くいないというわけでもないのに、どうして誰も鏡の存在に気づかなかったのか。それは――こういうことだったのです」


 千早は工具箱からカッターを取り出した。班目のほうを一瞥すると、小さく深呼吸をする。一体、なにをするかと見守っていたら、彼女はエレベーター奥側の鏡に刃を突き立て、一気に床のほうへと向かって走らせた。

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