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 凶器は金属バット。頭を殴打するのであれば、それなりの凶器が必要になってくることは分かっていたが――。


「凶器の金属バットは、某スポーツ専門店で量産されているタイプの金属バットでした。よって、凶器から犯人を特定することは難しいでしょうねぇ。一応、ラクレスの生活圏内にある専門店には問い合わせましたが、カネモトを含めてラクレスのメンバーが金属バットを購入した履歴はありませんでした。ネット販売に関しても同様です」


 ここまで奇妙ないわくを作り出した犯人のことだ。うっかり足がつくような下手は打っていないはずである。しかしながら、予測はできていたものの、またしても新たな問題が出てきてしまった。それは、目の前に見えていながら、あえて見ようとしなかった当然の問題なのであるが。


「――犯人はどのタイミングで凶器を持ち込んだのでしょうか?」


 金属バットはそこまで小さいものではない。荷物の中に紛れ込ませるにしても、金属バットは長すぎる。ならば、凶器はどのタイミングでおばけマンションの中に持ち込まれたのだろうか。


「事件より前におばけマンションを訪れ、どこかに隠していたのではないか……というのが警察の見解です。さすがに、撮影の際に凶器を持ち込むのは無理がありますし、他のメンバーに怪しまれるでしょうから」


 凶器は事件よりも前に持ち込まれていた。それならば、凶器の持ち込みに関しては全く問題がないだろう。ただ、もうひとつ問題があった。すなわち、凶器が金属バットだということは、犯人はカネモトに近づいて犯行に及んだことになる。そして、カネモトに近づいて犯行に及んだとなると――少なからず返り血を浴びていたはずなのだ。その考えをそのまま口にする千早。


「それに、凶器が金属バットなら、犯行も至近距離で行われたことになる。よって、犯人は多少なりとも返り血を浴びたはずです。しかし、その後の動画の中で返り血を浴びた痕跡のある人物は誰1人としていない――」


 カネモトの遺体が発見された際、エレベーターの床には血飛沫が確認された。頭を殴打しての殺害だから、そこまで血は飛び散らなかっただろうが、カネモトの間近にいた犯人は、多少なりとも返り血を浴びているだろう。しかし、生配信ではないほうの動画を見る限りでは、誰にも返り血らしきものが確認できない。


「全く同じ服を用意しておいて着替えたとか?」


 愛の言葉に対して、千早より先に一里之が反応した。


「いや、さすがにそんな時間はないだろ」


 班目、愛、一里之、千早。当たり前のように飛び交う事件の話に、とうとう大海の疑問符がいっぱいになったのだろう。大海が「あの、ちょっといいかい?」と、申しわけなさそうに手を挙げた。


「あの、そもそもなんで事件のことなんか調べてるわけ?」


 大海は詳しい事情を知らない。一里之が要件だけを拾い上げて話を取り付けたのだから当然である。協力してもらう以上、こちらの事情というものも話しておかねばならないだろう。


「正義、つい少し前に雛撫高校で起きた動物殺傷事件のこと――覚えてるよな?」


 千早が事情を口にしようとしたが、それをさえぎルような形で、しかも得意げに一里之が口を開いた。


「あ、うん……もちろん。警備員のおっさんが犯人だったんだろ? 一時期、ネットでも祭りになってたし、愛さんが巻き込まれてどうのこうのって純平も言ってたからね。まぁ、この辺りの人間であの事件を知らない人はいないさ」


 ネットで騒がれた雛撫高校の事件。当然ながら、地元の人間は知っていて当然のような事件である。特に狭い田舎のコミニュティーというものは、はるか昔から――それこそ、ネットというツールがなくとも、情報の共有ができていた。それが息苦しいと感じる人もいるのだろうが、人との繋がりを第一とする田舎だからこそ築かれた情報共有システムというものが確かにある。


「実はあの事件、解決したの――猫屋敷なんだぜ」


 事件の概要や、犯人が捕まったとの情報は当たり前のように流れていても、誰が解決したかまでは伝わっていない。捕まった――という言葉から連想するに、ごく普通に警察が事件を解決したと考えるのが妥当であろう。いわくつきの品の値踏みをするために千早は事件に踏み込んだのであって、事件を解決しようと思って事件に挑んだわけではない。あの事件に関しては、少々私的な感情が混じってはしまったが、あくまでも古物商としての仕事が前提にあった。事件を解決することが千早の仕事ではない。


「えっ? マジで?」


 驚く大海に対して、やはり身近で千早を見てきたという自負があるのだろう。今度は愛が誇らしげに言った。


「私にも疑いがかけられていたけど、助けてもらったんだよねぇ。まっ、名探偵ってやつ?」


 まったくもって名探偵ではないが、この状況から古物商の話を持ち出すのは面倒であるし、余計に混乱してしまうだろう。ならばいっそのこと、とりあえずそういうことにしておいたほうがいい。色々と思案したすえ、千早は小さく頷いた。


「え、凄くないかい! さしずめ、ホームズとレストレード警部ってところだね! 他にも解決した事件とかあったりするの?」


 なにが大海のスイッチに触れたのか、興奮した様子でソファーのほうへとやってきた大海。一里之のお茶のおかわりなど忘れてしまっている様子で食いついてくる。大海の視線は千早と班目の間の行き来していた。あまりの食いつきぶりに、どう返していいか困っていると、愛から助け舟が出された。


「あの、レストレード警部って?」


 おそらく、有名なホームズのほうは、話の流れからして、かの有名なシャーロック・ホームズだと連想できたのであろう。しかし、助手のワトスンは知られていても、意外とこの人物のことは知られていなかったりする。原作に触れた人でなければ、まずレストレード警部という名前にピンとこないだろう。


「シャーロック・ホームズに出てくる、スコットランド・ヤード所属の刑事だよ。自分の手に余る事件に遭遇すると、ベーカー街のホームズのところを訪れて手助けを依頼する頼りない刑事として書かれているけど、僕は嫌いじゃないなぁ」


 自然と班目のほうに視線が向く。その視線の意味を理解したのか「はて、赤の他人のようには思えませんねぇ」とごまかす班目。査定というクッションを置いてはいるが、しかし班目のやっていることはレストレード警部と同じようなこと。他人事には思えなかったのであろう。


「私もホームズは小さい頃に読みましたけど、嫌いじゃなかったですよ。レストレード警部」


 千早はそう言うとお茶を飲み干す。碗を手に取って立ち上がると「これはシンクでよろしいですか?」と大海へと問うた。それにしても、大海がホームズに詳しいとは意外である。まぁ、映像化もされている作品だし、小説を読んだとは限らないのだが。


「あ、そのままにしておいていいよ。後で僕が片付けておくから」


 せめてシンクまで片付けようと思ったのであるが、大海に言われて碗をテーブルの上に戻す千早。


「それで、これからどうするつもりですか? うら若きホームズさんは」


 ちょうど話の途切れ目を待っていたのであろう。やや調子の良いレストレード警部――もとい、班目が口を開く。このまま場がミステリ談義になってしまっても困るし、やや話が脱線気味になっていたから、ちょうど良かった。


「できることならばエレベーターの中を見てみたいのですが……。あ、大海君。お茶を出していただいたうえに、テレビまでお借りして申しわけありませんでした。証言のほうも大変参考になりました。ありがとうございます」


 大海からの証言もとれたし、これ以上長居は無用であるし、突然押しかけたのだから大海にも迷惑がかかるであろう。自然と帰る流れを作る千早。

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