「大体、途中でエレベーターが停まれば、階数表示のランプだって止まるだろ? そんなことしたら、どこの階でエレベーターが停まったか分かるわけだし、誰かしらが違和感に気づくと思うんだけど」


 配信ではないほうが、よっぽど自然に喋れているジュンヤ。言っていることも真っ当である。実際、カネモトを見送った後、カメラはずっと階数表示のランプを追っていた。一旦、ランプは最上階に灯ったまま動かなくなり、そしてしばらくすると一定の間隔を保ちながら、最上階から1階ずつ灯っては消えてを繰り返した。そして、それが1階に灯った時、亡き者となったカネモトと共にエレベーターはゆっくりと口を開けたのだ。もし、途中でエレベーターがどこかの階に停まったのであれば、その階層のランプが他のランプに比べて長く灯っていたはず。ゆっくりだがテンポよく動いていた階数表示のランプは、最上階から1階に到着するまで、見事なまでに一定の間隔を保ち続けていた。すなわち、エレベーターが7階と5階に停まった形跡はない。


「たまたまなんだけど、ずっとエレベーターの階数表示をカメラで撮影してたんだ。でも、おかしな様子はなかったはず――。あればさすがに気づくだろうし」


 やや自信なさげな博士の声。心配せずとも、博士の見解は間違っていない。映像を確認する限り、カネモトを乗せて最上階へと向かったエレベーターは、行きと帰りで考えても――最上階にしか停まっていない。


「まさか、マソンヌが殺ったのか?」


 博士がぽつりと漏らすと、キー坊とジュンヤがマソンヌのほうへと顔を向けた。おそらく、誰が考えても同じところに着地するであろう。1階を出発したエレベーターが停まったのは、マソンヌと呼ばれる緑髪の男が待機していた最上階のみ。つまり、カネモトを殺害するのであれば、そのタイミングしかない。なぜなら、他の階に停まった形跡がないから。よって、カネモトを殺害することができたのは、マソンヌのみということになる。


「ばっ、馬鹿なこと言うなって! 俺はちゃんとカネモトの生存確認して、1階に送り出してやったよ! 俺は殺していない!」


 犯人扱いされたのが面白くなかったのであろう。マソンヌが顔を真っ赤にして抗議する。それをジュンヤが「まぁまぁ――」となだめるが、それを押し倒してマソンヌがカメラに向かって拳を突き出す。


 ――故意に止めたのか、それとも殴られた衝撃で途切れてしまったのか。映像はそこで終わってしまっていた。


 千早はハンディービデオカメラのディスプレイから目を離しつつ口を開く。


「エレベーターが停まったのは最上階のみ。となると、映像の中でも揉めていますが、カネモトさんを殺害できたのは、マソンヌさんしかいないことになりますね」


 博士は1階にずっといたことが明らかになっている。ジュンヤは5階に待機しており、キー坊が7階にて待機、最上階にマソンヌが待機していたという構図である以上、誰にも気づかれずにカネモトを殺害できたのはマソンヌのみということになる。


「えぇ、エレベーターが停まったのは最上階のみです。マソンヌ以外の人間がカネモトを殺害しようにも、マソンヌが最上階のエレベーターホールにいては手出しできないでしょう。しかし、マソンヌはカネモトを送り出したと証言している。もしこれが本当だとすれば――」


「誰もいないはずのエレベーターの中で、カネモトさんは殺害されたことになります」


 班目が言いたいであろうことを先回りする千早。班目は「しかもですね……」と前置きをしながら続ける。


「1階にエレベーターが到着した際、エレベーターの中に人の姿はありませんでした。もし、何者かがカネモトさんを殺害したのだとすれば、犯人はどこでエレベーターに乗り込み、どこでエレベーターを降りたのでしょう?」


 映像を介してでしか見ていないが、どうやらこの事件では、どうにもおかしなことが起きているらしい。班目が指摘した通り、犯人はどこからエレベーターに乗り込み、どこでエレベーターを降りたのか。最上階に到着したカネモトをマソンヌが殺害し、1階に向かうようにボタンを操作してからカネモトをエレベーターに乗せた――こうすれば、1階に到着した時にはカネモトしかエレベーターに乗っていなかったかのように演出できるが。


「現段階ではなんとも言えませんね。また出張査定ということにならなければ良いのですが」


 そう呟き落としつつも、千早はなかば確信していた。この事件はあまりにも情報量が少なすぎる。実際に現地へと赴く必要があるだろうと。


「まぁ、私としては少しでも進展があってくれれば、それで良いのですがねぇ。関係者であり、また被疑者でもあるラクレスのメンバーと連絡がついてくれれば良いのですが、正直なところ、証言もあまりとれていなくて――。なんというか、普段から断片的な情報だけで査定されている店主さんのお気持ちが良く分かりました。情報が限定されると、中々難しいものですねぇ」


 班目に言わせれば、千早のやっている査定そのものが、俗に安楽椅子探偵アームチェアディティクティブと呼ばれるものらしい。千早としては、いわくの背景を探るためにやっている過程に過ぎず、探偵をやっているつもりはない。安楽椅子は――店の奥にあるのだが、座った人間に必ず不幸が訪れるという、いわくつきのものだ。事件などに関連したものであれば、いわくに事件が深く関連してくるのは当然のことであり、だから正確な査定のために背景を探ると、結果的に事件も解決へと向かうのである。まぁ、千早も分かっていながらやっている部分もあるし、ビジネスとして成立しているからありがたいのだが。


「あ、証言と言えばですね、このおばけマンションに住んでいる高校生がいるんですけど、どうやら店主さんと同じ高校に通っているみたいなんですよ。しかも、事件に関する証言をしてくれています。大海正義君という方なのですが、ご存知だったりします?」


 千早のことを信頼して話してくれているのだろうが、まったくもって守秘義務もへったくれもない。査定という名目で情報を提供してもらってはいるものの、班目のやっていることは刑事としては完全にアウトだ。まぁ、今さらどうこう言うつもりはないし、なによりも班目が口にした名前は聞き覚えがあった。


「あの、私のクラスメイトです――」


 大海は千早と同じクラスである。しかも、見ている限り一里之と仲が良かったはずだ。


「ならば話は早い。実はですね、事件のあった日――彼は偶然にもラクレスのあるメンバーを目撃しているんです。そのメンバーというのが……いや、クラスメイトというのであれば、この辺りは本人から聞いたほうがいいかもしれません。ちょっと奇妙な話になりますし、警察に対して証言するのと、クラスメイトに対して証言するのとでは、話の内容が変わってくるかもしれませんし」


 千早は班目の言葉に大きく頷き「私もそう思っていたところです」と、班目に同意する。情報が少ない中での査定において、生の声が聞けるのは貴重な情報になり得る。大海本人とは話したことはないし、少しばかり踏み出す勇気が必要ではあるが、一里之と仲が良いみたいだし、彼にお願いすれば、大海から直接話を聞くことができるかもしれない。


「とりあえず、大海君にお話を聞く必要がありますね。わざわざこちらに来てもらうわけにはいきませんから、おばけマンションに伺う形になると思いますが――」


 どちらにせよ出張査定は避けられないだろう。ならば、こちらからおばけマンションに赴いてしまったほうが手っ取り早い。一石二鳥というやつだ。


「ならば、日時が分かり次第連絡ください。おばけマンションまでの運転手は私がやりますから」


 とにかく今回の一件は情報量が足りない。この場で査定してこそ、目利きのできる古物商なのかもしれないが、しかしまだまだ千早の鑑識眼では、その域には達することができない。実際にいわくに関する現場を訪れることは、ある意味で古物商としての甘えだ――とは、先代である祖母の言葉だ。


「そのようにしていただくと助かります。なにせ、この辺りは日にバスが数本しかありませんから」


 そこまで僻地というわけではないのだが、千早の地域は高齢化が進み、少しずつではあるが限界集落となりつつある。人口もちょっとずつ減っており、若者そのものが少ない。通学には市が運営するスクールバスが出ているものの、この地域でスクールバスに乗るのは、千早と小学生の男の子の2人だけだ。利用者がいないのだから、もちろん運行されるバス少なく、朝、昼、夕方の3本がデフォルトだ。


「では、そのように段取りしましょう」


 その時、班目のポケットから着信音が漏れ出した。班目はスマートフォンを取り出しつつ「失礼」と千早に断りを入れると電話に出る。電話していた時間はほんの1分にも満たない程度で、実に業務的な印象を受けた。


「――申しわけありませんが、署に戻らねばならなくなりました。なにか他に、今のうちに確認しておきたいことなどありますか?」


 きっと話を掘り下げていけば、細かいところなどで確認を取りたいところが出てくるであろう。しかしながら、流れ的におばけマンションにも向かうことなったわけだし、聞きたいことがあればその時で充分であろう。


「いえ、買い取りの申し込み台帳は書いていただきましたし、もう少し動画をじっくりと確認したいので、今日はとりあえず大丈夫です」


 千早の言葉を聞いた班目は「では、連絡を待っています」と片手を挙げると、やや急いでいる様子で店を出て行った。刑事という職業も大変だなと思いつつ、千早はカウンターの後ろにおいてある小さな金庫のほうへと手を伸ばす。右へ左へとダイヤルを回し、カチリという音と一緒に扉が開いたことを確認すると、千早は小さく頷いた。


「急場しのぎだけど見つからなくて良かった――」


 千早はぽつりと漏らすと、金庫の中から盆に入った豆大福を取り出した。忘れもしない、先日の豆大福大量消失事件。目の前にいた刑事が犯人なだけに、絶対にこれを見つかるわけにはいかなかった。風味が半端ではないこれだけは。


 おばけマンションで起きた奇妙な殺人事件。それを収めたハンディービデオカメラが持ついわくを紐解くには、脳に糖分が必要だ。


 班目がいなくなった店内で豆大福を一口。半端のない風味に千早は舌鼓を打った。

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