【2】


 おばけマンションと呼ばれる物件にて起きた殺人事件。そのいわくの根源とも呼べるハンディービデオカメラが店に持ち込まれたところまで時間はさかのぼる。


「さて、今確認してもらった映像が、おばけマンションで起きた事件です。このいわく、どれくらいで買い取っていただけます?」


 ハンディービデオカメラに残されていた映像は、ラクレスという5人組が悪ふざけでおばけマンションに侵入し、そしてエレベーターに乗った男が無残な姿で発見されるというものだった。人の死の瞬間を偶然にも捉えてしまったビデオカメラには、それなりのいわくというものが、こびりついていた。


「正式に査定してみなければなんとも言えません。このラクレスというグループからお話を伺うことはできないのですよね?」


 片目にはモノクルを、両手には手袋をはめてハンディービデオカメラを観察する千早。随分と真新しいようだし、ごく一般的な家電としても、それなりの価値があるであろう。しかしながら、ハンディービデオカメラのハードディスクに保存されている映像にこそ、いわくという価値がある。


「えぇ、ラクレスのメンバー全員と連絡が全く取れない状況になってます。もちろん、身元は割れていて、それぞれの自宅も調べたのですが、事件の後から帰っていないそうです」


 極端な話になるが、査定の材料となるのは、下手をするとハンディービデオカメラに残された映像だけになるかもしれない。だとすれば、実際に現場へと出張し、色々と調べてみなければ、このハンディービデオカメラにまつわるいわくは査定できないかもしれない。


「そもそも、そのラクレスという方々は、こちらの人ではないのですよね?」


 千早は動画配信サービスサイトなどに興味がなく、だからラクレスなんてグループの存在も知らない。ただ、ビデオカメラに残された映像を見る限り、どうにも妻有郷の人間には見えなかった。大体、あんなに目立つ頭の色をしていたら、妻有郷で目立って仕方がない。事実、髪を金に染めている一里之だって、充分に目立っているだろう。それが、どこその家のせがれで――なんて噂が平気で飛び交うのだから、田舎のコミニュティーというのは恐ろしい。もちろん、地域全体に認識されるということは難しいが、しかし奇抜な髪の色をしていれば、すぐにどこの家の人間か勘繰るのは、田舎の悪いところである。


「えぇ、全員が東京ですね。同じ大学の仲間のようです。ちなみに、当たり前ですが事件後は大学にも顔を出していないようです。完全に雲隠れってやつです」


 殺人事件が起きたというのに、その関係者と連絡が取れないとは、これいかに。現場に残されていたというハンディービデオカメラを査定するにしたって、あまりにも査定材料が少なすぎる。現状、エレベーターに乗ったカネモトという男が殺害された事実しか判明していない。


「もうひとつ動画が保存されているようですが――」


 ハンディービデオカメラを観察する過程で、何かしらのボタンに触れてしまったのであろう。動画のフォルダー画面がディスプレイに映る。ひとつはつい先ほど再生したばかりの映像のようだ。もちろん、もうひとつのほうはまだ再生していない。保存された日時が動画ごとに分かるのであるが、どうやら前の動画が終わった直後に撮影されたものらしかった。


「あぁ、今さっき確認してもらった映像は、実際にライブ放送として配信されていたところまで。おそらく、カメラを止めることで、強制的に生配信を終わらせたのではないか――とは、鑑識からの報告です。生配信を終えた後、おそらく改めて録画したのでしょう。それが、もうひとつの映像です。カネモトの遺体が発見された後の映像ですね」


 そんなに重要な情報があるのならば、先に言ってくれれば良いのに。ただでさえ情報量が乏しく、いわくの査定材料が少なそうな案件。もうひとつの動画を再生しない理由がなかった。


 画面が激しく揺れながら、階段を映し出すところから動画は始まる。階段を何段か飛ばす足音と、息を荒げる音が妙に響いた。カネモトの遺体を発見した博士が、上の階へと向かっている様子を映したものであろう。もっとも、カメラのことなど気にせずに階段を駆け上っているだけだから、画面は揺れるし、その大半が足元を映したものである。踊り場でターンするのが、単調な動画のスパイスとなっている。


「おい、まずいことになった!」


 ずっと階段を映していた動画に、狼狽した様子の博士の声が入る。


「どうしたんだよ? なんか、さっき叫び声みたいなのが聞こえた気がしたけど」


 おそらく5階に到着したのであろう。カメラのアングルがようやく正面を向き、そこに銀髪の男を映し出す。先ほどの映像によると、確か5階で待機していたのはジュンヤと呼ばれる人物だったはず。博士の上げた叫び声は、辛うじて5階まで聞こえていたようだ。


「カネモトが――カネモトが死んでるんだよ! やばいって! これ、絶対にやばいって!」


 もちろん、博士――なんてのはキャラクターなのであろう。ごく普通の喋り方になってしまっている博士の言葉に、ジュンヤは困ったような苦笑いを浮かべた。突然のことに、頭の処理が追いついていないのかもしれない。


「そんなこと言って、俺にドッキリを仕掛けようとしたって――」


「ドッキリじゃねぇよ! 本当にカネモトが死んでんだよ!」


 ジュンヤの言葉を遮って叫ぶ博士。その声はきっと、上のほうまで届いたのであろう。地を揺らすような足音と共に、青髪の巨体が姿を現した。キー坊と呼ばれていた男だ。


「どうした? 何かあったの?」


 やや不安げな表情を見せるキー坊に、博士が乱暴に指示を出す。実際に遺体を見てしまった博士だからこそ、ここまで取り乱しているのだろう。


「キー坊、マソンヌのやつを呼んできてくれ! やばいことになった!」


 一体何が起きたのか――肝心のところを聞きたげな表情を浮かべたキー坊であったが、博士の「早く!」との一言で、降りてきた階段を再び引き返した。騒ぎが最上階まで聞こえていたかは分からないが、キー坊がマソンヌを連れて戻ってくるのに時間はかからなかった。


「一体、何が起きたわけ? 随分と取り乱しちゃって」


 カメラが回っているからなのか、マソンヌというキャラクターの体裁を保つ緑髪。しかし、その場の雰囲気で、どうやら尋常ではないことが起きていることを察したのであろう。マソンヌは真顔になって「いや、マジで何があったの?」とカメラに向かって問う。


「カネモトが死んだ――。しかも、あれは明らかに誰かに殺られてる。はっきりとは言えないけど、何かで殴られたんだと思う」


 博士の言葉に一同は静まり返る。重たい空気の中、博士が「嘘だと思うなら実際に見てこいよ」と付け足した。誰も見に行こうとはしなかった。


「だ、誰かって――誰?」


 キー坊の言葉に、それぞれが顔を見合わせてしまった。入居者が極端に少ないおばけマンション。エレベーターに乗ったはずの男が、わずかな時間の間に殺害された。そして、全ての階ではないものの、エレベーターホールにはラクレスのメンバーが配置されていた。この状況でカネモトの殺害が可能だったのは――ラクレスのメンバー以外に考えられないだろう。


「お、俺は殺ってないからな。ずっとエレベーターホールでカネモトのことを待ってたんだから。証拠がビデオに映像として残っている」


 一階でカネモトを送り出し、そして帰ってくるのを待っていた博士。その様子はライブ配信された映像にも残されていた。彼はアリバイを証明できると考えていいだろう。


「そんなこと言ったら、俺だってエレベーターホールでずっと待機してたよ!」


 ジュンヤが言うと「そうだそうだ」と、キー坊も続く。彼らが配置されていたのは5階と7階だったはず。

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