ごく一般的な視点から見て、実につまらない内容を、嬉しそうな表情で語るカネモト。これを喜んで観る人間の民度はたかが知れているが、しかしこの放送がそこそこの視聴数を稼ぎ出したのも事実である。それは、画面の下部に表示されたステータスバーの、視聴者数の数字からも明らかだ。


「では、いつものをやろうではないか――」


 金髪の黒縁眼鏡――博士の提案で、各々が小さく吐息を落とし、そして準備運動らしきものをしたり、ストレッチらしきものをする。次の瞬間、カネモトが大きな声で「最初はグー!」と叫んだ。それに続いて「じゃんけんぽん!」と5人で一斉にじゃんけんする。


「ああぁぁぁぁぁぁっ!」


 結果、赤髪のカネモトを除く全員がグーを出し、唯一チョキを出した張本人は情けない声を上げる。それもまたエンターテイメントの一環なのであろう。


「はーい、カネモトの負けー」


「骨は拾ってやるからな」


 緑髪と青髪がはやし立てるかのように言うと、カネモトはとうとう床に突っ伏し、駄々をこねるかのごとく両手足をばたばたとさせる。それを見た他のメンバーの笑い声が響いた。


「というわけで、実際にエレベーターに乗るのは――カネモトということになったな。では、これから準備をするために、一時的に配信を止めさせてもらう。視聴者の諸君はしばらく待つのだ」


 相変わらず笑い声がこだまする中、博士が前に出てきてカメラ目線で仕切る。すると画面が切り替わり、真っ黒な画面に【ただいま、準備中。5分くらいお待ちください。 ラクレス】との文字が浮かび上がった。素直にそのまま見ていると、5分をやや過ぎた辺りで再び画面が切り替わった。


 場所は先ほどと同じエレベーターホール。カメラに映っているのはカネモトだけだ。


「では、心の準備はいいか?」


 カメラの外から聞こえたのは博士の声だろうか。それに対してカネモトは何度も深呼吸をすると頷いた。その顔は真剣そのものだったが、しかしすぐに首を横に振った。


「いやいやいやいや! やっぱり無理! 合わせ鏡のエレベーターとか不吉過ぎるし、本当に喰われたらどうすんの? いや、喰われないにしても、合わせ鏡のせいで異世界的なところに飛ばされるかもしれないだろ? なぁ、博士――今からでも遅くない。中止しよう」


 カメラの向こう側にカネモトの視線があり、またそちらのほうに向かって博士と呼んだということは、つまり博士がカメラを構えているのだろう。


「いや、もうジュンヤ達もスタンバイしてるから駄目だ。ここは男らしく喰われてこい」


 当たり前だろうが、本人達も本当にエレベーターに喰われてしまうなんて信じていないのであろう。エレベーターに乗ることになったカネモトはニタニタとしているし、博士の声もなんだか軽い。これから、仲間が惨事に見舞われてしまうかもしれない――といった深刻さはまるでなかった。


「だってよ、だってよ――。5人でエレベーターに乗ったら、ブザーが鳴るんだぜ? どう考えてもキャパが小さ過ぎるだろ。運搬能力低すぎだって」


 カネモトが半笑いで言うと、カメラの外から博士の笑い声が飛び込んでくる。


「そ、それはあれだろ? キー坊の体重が限界突破をしてるからだろう」


 笑いを堪えながら放たれた博士の言葉は、カネモトの笑いのスイッチに触れたようだ。腹を抱えて笑い出すカネモトと、笑うまいとしながらも、カネモトにつられて笑いがこぼれる博士。どうやら、巨体の青髪がキー坊と呼ばれている人物のようだ。


「と、とにかく。もうみんなスタンバイしてるから。いいか? まず最上階――9階のエレベーター前でマソンヌが待機している。これからお前はエレベーターに乗って、まず9階のマソンヌのところに向かって生存確認をしてくれ」


 生存確認とは大げさであるが、万が一にでも人を喰うエレベーターがあるのだとすれば、1階から最上階に向かうまでの間にカネモトが喰い殺されてしまうかもしれない。だからこそ、あえて生存確認なんて言葉を使ったのであろうが、もちろん博士は本気でそんなことは言っていないのだろうし、カネモトも真には受けていないのであろう。


「で、7階のエレベーターホールにキー坊が、5階のエレベーターホールにジュンヤがいるから――」


 続ける博士の言葉をカネモトが遮った。


「そこでも生存確認すんの?」


「いや、通り過ぎるだけ。万が一、お前に何かあった時のために待機してるだけだから」


 返ってきた博士の言葉に、またしても腹を抱えて笑うカネモト。これが彼らのスタンスなのかもしれないが、きっと不快に思う人もいるだろう。


「あっはっはっは! 通り過ぎるだけとか」


「お前のために待機しているんだ。ライブ中継してるカメラこれだけだし、微塵も映らないがマソンヌ達は――お前に万が一のことがあったために、カッ、カメラに映らないのに待機してくれているんだ! はははははははっ」


 とうとう我慢の限界に達したのか博士までもが爆笑する。身内同士では面白いのかもしれないが、第三者からすれば、ちっとも面白くないやり取りだ。しばらくすると、ようやく笑いの収まったカネモトが急に真顔になった。


「ん? ちょっと待って。お前がここにいるってことはさ、5階から1階の間には誰も配置されていないってこと?」


 カネモトの問いに、こちらもようやく笑いの波が引いたであろう博士が「その通りだ」と答えると、カネモトは手を叩いて笑う。


「配置バランス悪くね? 通り過ぎるだけかもしれねぇけど、5階から1階までの間だけやけに手薄なんだけど!」


 一度笑いのツボに入ってしまったから、本人ではどうにもならないのであろう。カネモトに拍車をかけたような勢いで、博士の笑い声がかぶる。


「お、大人の事情ってものがあるのだ! だからカネモト、5階から1階の間じゃ喰われるなよ。何かあっても助けには行けないからな!」


 悪ふざけのやり取り。それは呼吸を整えながら漏らした「よし、そろそろ行くか――」との、カネモトの一言で終わった。この辺りの時間配分というか、前置きからの運びなどは、ある程度計算されていることだろう。


「では、今から人喰いエレベーターを呼びまーす」


 カネモトがエレベーターを呼び出す。エレベーターの箱は9階にあるようで、各階数をひとつずつ通過して、徐々に1階へと近づいてくる。


「あのさ博士。さっきも思ったんだけど、このエレベーター遅くね?」


 振り返ったカネモトを映したカメラは、そのまま階数表示へとズームアップ。ゆっくりとしたペースで移動する階数表示のランプは、まだ5階にあった。


「ざっと事前に調べてみたんだが、このエレベーターは……1階から9階に到着するまで、軽く1分はかかる」


 博士の言葉を待っていたかのように、手を叩いて笑うカネモト。そこまで爆笑というわけではないが、カメラに向かってピースサインを作り「往復2分以上です」とキメ顔らしきものをする。そんなやり取りをしている間に、ようやくエレベーターが到着。合わせ鏡の不気味な空間が口を開けた。


「うわ、これずっと乗ってたら頭おかしくなりそうだな。なんでこんな内装にしたし」


 そう言いながらエレベーターに乗り込むカネモト。カメラはカネモトの後ろ姿を追いつつ、少し引いてエレベーターの全景を映した。


「では、無事に戻ってくることを祈る」


 カメラを構える博士が敬礼でもしたのか、振り返ったカネモトは足元を揃えて敬礼をすると「それでは視聴者のみなさま! 行って参ります!」と声を張り上げる。それを遮るようにしてエレベーターの扉がゆっくりスライドし、そしてカネモトは人喰いエレベーターの腹の中へと飲み込まれた。


 扉が閉まるところまでを映すと、カメラは階数表示をアップにする。1階から2階へ、2階から3階へとランプが移動していくが、体感的にも遅いように感じられる。ようやくランプが最上階の9階に点灯する。おそらく、最上階に待機しているマソンヌとやらと生存確認をしているのであろう。


 しばらく9階に点灯したままだったランプであるが、ふいにそれが点滅をすると、今度は9階から8階へ――といった具合にエレベーターが降りてくる。これまでと同じペースで階数表示が7階から6階へと切り替わった辺りから察するに、他のメンバーが待機している7階と5階は、本当に通り過ぎるだけらしい。


 階数表示のランプが2階に点灯すると同時に、カメラはこれまでの構図に戻り、エレベーターの全景を映し出す。もうしばらくもしないうちにエレベーターは到着し、もしも人喰いエレベーターなんてものが存在するのであれば、中にいるカネモトは亡き者となっているかもしれない。もっとも、そんな非現実的なことはきっと起こらないのであろう。エレベーターが人を喰うなんて話は、あまりにも突飛すぎる。


「さてさて、カネモトは無事なのだろうか――」


 カメラを構える博士の言葉が合図だったかのように、1階へと到着したエレベーターの扉が開く。すると、エレベーターから上半身を投げ出すような形で、カネモトが仰向けにエレベーターホールへと倒れ込んだ。きっと、エレベーターの扉に寄りかかるようにして座っていたのであろう。そして、合わせ鏡のエレベーターの床には、血飛沫らしきものが散らばっていた。


 ――無言。博士は言葉を発することができずにいるようだった。エレベーターの扉が閉まろうとするが、しかしカネモトが上半身をエレベーターの外に投げ出しているものだから、それが引っかかって再び扉が開く。閉じようとしては開く、閉じようとしては開く。その動作は、まるでカネモトの体を咀嚼そしゃくしているように見えた。


「お、おい。カネモト――」


 カメラが上半身を投げ出したカネモトへと近づく。それとほぼ同時に博士の叫び声が上がった。カネモトの頭は変形しており、元より赤かった髪を鮮血がさらに濃い赤へと染めている。驚いたかのように目を見開いたその姿は、誰が見たって生きているようには見えなかった。


 助けを求めに向かったのか、カメラは階段を駆け上る映像をしばらく映すと、そこでぷつりと途切れる――。


 これは、つい先日に起きたばかりの事件であり、警察は殺人事件として犯人の行方を追っている。

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