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この街のどこかに、いわくつきの品を買い取る古物商店がある。古物商はいわくの査定を行うため、その背景まできっちりと調べ上げる。結果的にいわくにまつわる事件が解決してしまうことがあるそうだ――。一里之が最初に仕入れてきた噂話は、そんな感じだったような気がする。事件の背景が明らかになった今、古物商としての彼女の仕事もひと段落つくのであろう。
「しかしながら、この度は私もやや主観含みで品物を見てしまったようです。改めて査定をやり直しても構わないのですが、私の性格上、おそらく何度やり直しても、同じ見解にたどり着くでしょう。絶対に自分へと危害を加えない弱者を選び
千早はそこで言葉を区切ると、ビニールに入ったままの血にまみれたカッターナイフを掲げた。
「このカッターナイフに一銭の価値もなし! あなたのやったことは、例えどんないわくを含んでいようとも、当店では一銭の価値にもなりません! あなたのやったことは、それだけ価値のないことなんです!」
別に買い取り価格まで気にしてはいなかった一里之であるが、買値がつかいない――なんてこともあるようだ。それはもしかすると、千早の個人的な見解が大きいのかもしれない。
「価値観は人によって異なる。だから、そんな考えを押し付けられたところで、何とも思わないんだ。それで、どうするの? 警察に突き出すの? 突き出さないの? 何もできない子ども達が騒いでも、きっと警察は相手にしてくれないよ」
そのキャラクターになりきっているつもりなのだろうか。なんとなく喋り口調が女の子っぽくなる【惨殺アイちゃん】ことおっさん。千早が全てを無価値だと突きつけても、価値観の違いで片付けてしまう辺りが恐ろしい。根本的に話が通じていない。
ふと、路地のほうへと車のヘッドライトが飛び込んできたのが見えた。一里之がたまたま見かけたそれは、おっさんとやり合っているアパートの敷地内へと入ってくる。外灯に照らされた車のボディーは、珍しい形をしていた。クラシックカーというやつなのかもしれない。敷地内へと入ってきた辺りからは、その場にいる全員が、そのヘッドライトの明かりを追っていたように思える。クラシックカーは、一里之達のことを照らすと、駐車場でもなんでもなさそうな場所に停車する。
みんなの注目が集まるなか、クラシックカーから男が降りてくる。顔までは良く見えないが長身であり、また髪の毛をオールバックにしているのが分かった。
「や、これはギリギリ間に合った感じですかね?」
長身の男は千早のほうへと視線をやると、車のドアを閉めた。
「予定の時刻より5分ほど遅刻ですが――」
千早がそう言うと、一里之の気持ちを代弁するかのごとく愛がぽつりと口を開いた。
「あの、知り合いの人かなにか?」
小声で聞いた愛に対して、ごくごく普通の音量で返す千早。それは実にわざとらしく見えた。
「はい、知り合いの刑事さんです」
別に悪いことなんてしていないのに、刑事という言葉を聞いただけで妙に緊張してしまう一里之。というか、知り合いに刑事がいるとか、千早の人脈はどうなっているのだろうか。
「どうもみなさん。私、妻有警察署の捜査一課に所属しております、斑目と申します」
辺りが暗いというのに、おそらく警察手帳を取り出したのであろう。手元にそれらしきシルエットを見せる班目。リアクションがはっきりと見えるのは、玄関の明かりまで点けた【惨殺アイちゃん】のみ。その反応は、これまでの余裕ありげな態度から一転。明らかに焦っているようだった。
「さてさて、お願いされていた件ですが、おおむねでご希望通りになりましたよ。まず、雛撫高校側には、あくまでも事を大きくしないということを約束した上で、被害届を出していただきました。実際に現場を見せてもらいましたが、かなりの数のウサギがやられたみたいですからね。学校としても、世間体さえ悪くなければ、いくらでも被害届を出したいって感じでしたよ」
班目と名乗った刑事は、そう言うと茶封筒らしきものを掲げる。きっと、その中に被害届が入っているのだろう。しかしながら、警察のほうから被害届を出すようにアプローチするなんてことは、特別な理由がなければあり得ないのではないだろうか。そんなことを現職の刑事に頼むなんて――千早と班目はどういった関係なのだろうか。
「で、実はすでに被害届は受理されてましてね。えっと、
これは【惨殺アイちゃん】にとって予想外の出来事だったのであろう。器物損壊罪は軽犯罪になるのだろうが、まさか学校がしっかりと被害届を出し、また刑事が直々にお迎えに上がるなんて思いもしなかったに違いない。
「えっと、これは任意同行というやつでしてね。嫌でしたら拒否していただいても結構です。まぁ、そもそも任意同行というのは犯罪の嫌疑がある方に対してお願いすることですので、ここで拒否されたところで、しっかりと周辺を調べ上げてから改めてお邪魔するだけですが」
班目と名乗った刑事は、まるで遠慮なしといった具合で【惨殺アイちゃん】に歩み寄る。そこにはある種の風格のようなものがあり、やはり犯罪者に慣れているような雰囲気があった。
「あ、いや――」
警察に捕まったところで、問われる罪は器物損壊罪程度。再起不能になるような致命的な罪状ではないだろう。
「そんなに怖がらなくも結構ですよ。学校側と示談が成立することもありますし、そもそも不起訴処分で終わることだってあります。まぁ、今回は特別に私が事件を担当させていただきますし、恐れることはなにもありませんよ」
班目は【惨殺アイちゃん】のところまで歩み寄ると、続けて一言だけ漏らした。
「強いて言うならば、私が大の動物好き――というのがネックかもしれませんがねぇ」
その陽気な感じでありながら、どこかドスのきいた声に、はたで見ている一里之でさえゾッとした。優しそうに見えるが刑事は刑事だ。さっきまでは余裕をぶっこいていた【惨殺アイちゃん】は、表情を引きつらせていた。
「では、参りましょうか。あぁ、もう一度言いますが、これは任意同行ですので、拒否することもできますけど、どうします?」
トドメと言わんばかりの言葉に、ただただ【惨殺アイちゃん】は――いいや、弱き者を虐げることにしか己を見出せぬ悲しき中年男性は、ただただうなだれるばかりだった。班目に促されて自宅へと戻り、着替えやら戸締りを済ませて戻ってくる。
「それでは、私はこれで。もう時間も時間ですから、お早めに帰宅されますように」
班目は【惨殺アイちゃん】の手を引くようにしてクラシックカーに向かうと、千早に向かって手を振った。
「無理を言って申しわけありませんでした。この埋め合わせは後ほど……」
「いえいえ、いつもお世話になっていますからねぇ。これくらいお安い御用ですよ。むしろ、事件解決にご協力ありがとうございました」
千早が頭を下げると、もっともらしく敬礼をする班目。学校を騒がせた【惨殺アイちゃん】は、クラシックカーの後部座席へと乗り込み、運転席へと戻った班目は、赤色灯をクラシックカーの屋根に乗せると、それを点灯させながら一里之達の前から姿を消した。
――翌日、雛撫高校では緊急の全体集会が開かれたそうだ。
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