第130話 港で釣りをしてみよう

 気が付けばもう三日が過ぎていた。

 久々に食べた刺身は美味かったけど、醤油がないせいかコレジャナイ感が半端なかった。でもそれ以外は満足のいく海産物を堪能できたと思う。


 部屋から見える海も奇麗だった。水平線へと夕日が沈んでいく景色は最高の一言に尽きた。海に出て漁をする船もちらほらとみかけたが、地球にあるような大型船は見当たらなかった。あまり沖の方にも出ないようで、近場での漁しかしないんだろうか。

 そういえば海の向こうに大陸はあるんだろうか。海外へ向かう船といったものは見ていないが、ちょっと食べることばっかりに目がいきすぎていたかもしれない。


「そろそろ飽きてきたなぁ」


「そうねぇ。……今度は食材メインで探してみる?」


「うん?」


 莉緒の提案に首を傾げる。この三日で全部堪能したとは言えないけど、そこそこいろんな海の幸は食べたと思う。魚全般はもちろんのこと、エビやカニなどの甲殻類や貝類も食べてきた。

 しかし言われてみれば、今までは魚介類を使った料理を食べ歩きしてただけだ。『食材』そのものを探していなかった。


「ほら、海藻とかタコとか、イクラみたいな魚卵系もまだ食べてないし」


「おぉ、そういえばそうだな。港で観光はしてみたけど、自分で釣りをするのもいいかもしれない」


 釣りの経験はないけど、これもいい機会だ。大物を釣って自分で捌いて食べるのもいいな。それに宿で出てくる料理に海藻が出てきた記憶がない。ワカメとか結構好きなんだけど、この世界にはないんだろうか。


「あとは今後ここを離れても魚を食べられるようにもしておかないとね」


 そういえばそうだったな。食べるだけ食べて、異空間ボックスへの備蓄をまったくしていなかった。


「よし。じゃあちょっと準備したら港に行ってみるか」




 宿を出て港へと向かう。昼前ではあるが、ほとんどの船はとっくに港へ戻ってきている時間帯だ。

 こうして港を観察してみると、一番大きい船でも全長三十メートルといったところか。サイズ区分は詳しくないが、地球で言うところの中型船になるんだろうか。


 岸から海へと伸びる桟橋の一つへと向かうと、先端に腰を下ろす。その隣には莉緒も一緒に座り込む。ニルもその隣にお座りして水中を覗き込んでいる。

 そして異空間ボックスから取り出したるは、今朝がたちょちょいと作った釣竿である。ただ丈夫なだけの金属の棒の先端に、師匠の遺産の中にあったメタルスパイダーの糸を括りつけて針をつけただけの簡易的なものだ。


「釣りってしたことないけど、ちょっとワクワクするわね」


「俺もやったことないけどな。でも――」


 周囲を見回すが、桟橋で釣りをしているような人影は一人として見当たらない。


「ここって釣れるのかな?」


 さすがに誰もいないとなるとちょっと不安になってくる。異世界の釣り事情はさっぱりわからないが、釣れないから人がいないのか、それとも――


「まぁ試してみればわかるでしょ」


「そうだな。一応海にも魔物がいるかもしれないし、水中からの襲撃も気を付けておこうか」


「だったら最初から結界を張っておきましょうか」


「はは、そうしようか」


 水面と平行になるように薄く頑丈な結界が、自分たちを中心に半径五メートルほどの範囲で張られる。


「これくらいでいいかな?」


「いいんじゃないかな。……よし」


 食いつきのいいエサなんてわからないので、とりあえずとして選ばれたのは干し肉だ。適当な大きさにちぎって針に引っ掛けると、海へと釣り糸を垂らす。

 釣り糸が垂れたところは結界に穴が空いているので問題なしだ。さすがに港の内側に船を壊せるような大型の魔物は現れないだろう。


「見た限りじゃそんなに大物はいなさそうだなぁ」


 足元の海面を覗き込むと、青々とした透明度の高すぎる海だからか二十メートルほどありそうな海底までよく見える。小魚はたくさん見えるがそれだけだ。海藻もゆらゆらと少し離れたところに見えるけど、あれは食えないのかな。


「そうねぇ。あんまり期待できないかもしれないわね」


 五分ほど成果なく釣り糸を垂れていると、ニルが飽きたのか桟橋に寝そべって目を閉じる。

 さらに十分経つがまったくなにも変化がない。

 そして追加で三十分経過するころにはニルが我慢できなくなったのか、てしてしと前足で腰をつついてきた。


「うーん。こりゃもう諦めるか……」


「さすがに私も飽きちゃった……。景色はいいんだけどね」


 見渡す限りの海。大陸の南側に位置するこの港は大きな入り江になっており、波も穏やかだ。一キロほど東側には岬が海へと伸びており、西に行けば海底が徐々に浅くなっていき、数キロ先まで行けば砂浜になっているとのこと。


「がははは! どうだい、釣果はあったかな?」


 半ばあきらめかけていたところに、ちょうど後ろから声が掛かった。

 振り向けば赤ら顔の漁師然とした姿のおっちゃんが、酒瓶を片手に俺たちを見下ろしている。


「いやぁ、それがさっぱりで」


「だろうなぁ」


「あ、やっぱりです?」


「んん? なんだ、気が付いていたのか?」


 おっちゃんの言葉に、港に釣り人が誰一人いない理由の予想が当たったと予感する。


「そりゃ他に釣り糸を垂れてるヤツがいなけりゃ気が付くか!」


 話を聞けば、港付近には船が壊されないように魔物除けの薬が定期的に撒かれてるとのこと。小魚も魔物かと思ったけど、大型の魔物の餌となる中型の魚も寄ってこないようにしているとのことだった。


「なんなら昼から沖まで船を出してやろうか?」


 内心項垂うなだれていると、漁師のおっちゃんがニヤリと笑い、そんな提案をしてきた。


「え、マジですか?」


 とはいえ見ず知らずの俺たちにそこまでして何かメリットがあるのかと疑ったりしてみたが。


「がははは、そりゃもちろんもらうもんはもらうがな」


 といって左手の親指と右手でお金のマークを作るおっちゃん。

 まぁそりゃお金になるなら船も出してくれるよな。


「じゃあお願いしていいですか」


「ああ、任せときな!」

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