第129話 港街レブロス
国境の街に二日間も滞在してしまった。これもあの宿の赤ちゃんが可愛すぎたのがいけない。莉緒が抱っこさせてもらってたけど、すごく絵になる光景だった。ほっぺもつついてみたけどすごくぷにぷにだった。
「私たちにもそのうち子どもができるかな……?」
若干はにかみつつも視線を向けてくる莉緒に気持ちが抑えられなくなったとしても仕方がない。
「そりゃそのうちできるだろうな。今まで考えたこともなかったけど、赤ちゃん見て改めて俺たち夫婦になったんだよなって実感したところだったりする……」
「えへへ、実は私も」
ちょっと前まで高校生だったのだ。莉緒と結婚はしたけど、結婚したという実感もあんまりなかった。こっちの世界に来て一時期師匠の世話にはなってたけど、基本的に二人一緒だったのは変わらないのだ。
「さすがに子どもはまだ考えられないかな。本当なら今頃高校生をやってるはずだったんだよね」
「だよなぁ。でもさすがにあれはびっくりしたけどな」
「うん。まさか一つ下だったとは思わなかったわね」
そうなのだ。宿の赤ちゃんの母親は俺たちの一つ下、十六歳だったのだ。さすが異世界といったところか。命の安い世界ともなれば、できるときに作っておけの精神なんだろうか。
「でもまだ私は柊といろんな国を旅したいかな」
「そうだな。せっかく来たんだから満喫しないとな」
莉緒も気持ちとしては俺と同じだったみたいで安心した。俺もまだまだ莉緒と一緒にいろんなところを旅したい。
そうして海を目指して南西へ向かうこと五日ほどで帝都へと到着した。が、正直帝都はスルーだ。
なぜかって?
「俺は刺身が食べたい」
「奇遇だね柊。私もお刺身が食べたいわ」
「わふぅ!」
そりゃ海へ近づくごとに魚が美味しくなってくるのだ。その魚が美味い港まで帝都から一日となれば、真っ先に向かわずにいられるだろうか。ニルも尻尾を振って無言で魚をむさぼっていたからか異論はないようだ。
帝都ならば刺身を食えるかもしれない。だが本場の港はもう目と鼻の先なのだ。ましてや空を飛べば乗合馬車一日の距離なんて、三十分もかからない。
というわけで満場一致で帝都をスルーすることが決まる。日が傾いてきているが関係ない。帝都の上空を迂回してそのまま南へと直進する。
嗅覚強化をせずとも潮の香りがしてきたし、目的地は近いかもしれない。
「お、見えてきたな」
「お腹すいてきたし、さっそく美味しいお店を探さないとね」
「門でちょっとおススメの店でも聞いてみるか」
街道から少し離れた森へと降り立つと、何食わぬ顔で街道へと出て港街レブロスの入り口へとまっすぐに向かう。帝都から近い港街だけあって出入りが激しいようだ。長い行列ではあるがすぐに順番が回ってきた。
ギルド証を見せると特に問題もなく通過する。
「ところで、この街で一番おいしい魚料理を出してくれるところってどこでしょう?」
「あん? あんたら魚が目当てか?」
ニヤリと口元に笑みを浮かべる門番が、顎に手を当てて考えながらもいろいろと教えてくれた。さすがに地元だけあって美味い店はいっぱいあるようだ。港でしか食べられないような漁師飯から、高級料理店まで一通り教えてくれた。
「ありがとうございます」
「はは、いいってことよ。Cランクのあんたらなら高級料理店でもがんばれば食えるだろう」
Cランクでもがんばらなければ食えない高級料理店なんてあるのか。最近金銭感覚がおかしいから基準がわからなくなってるけど、さすがにオークションの売り上げがあれば問題ないと思う。
「さっそく行きましょ」
莉緒に腕を取られてそのまま街へと入っていく。ひとまず目指すは今日の宿だ。大通りをまっすぐ行き、中央広場を越えた突き当り、海の手前にあるらしい。
「ちょっと海が見渡せる宿って素敵じゃない?」
「だなあ。ただただ高級なだけじゃないってのがいいね」
屋台では獲れたて新鮮な海の幸の焼き物が売られているが、ちょっとの我慢だ。
「お、あれかな」
波の音が聞こえてくるところまで海へと近づいたところで、目当ての宿が見えてきた。玄関の門から中庭を越えたところに建物の入り口がある、落ち着いた雰囲気の宿だ。門をくぐればきちんと手入れのされた庭が目に入り、飽きさせない工夫が感じられる。
「いらっしゃいませ」
建物へ入ると従業員の一人に、ニコリとした笑顔と共に声を掛けられる。頭頂部から伸びる長い兎耳がピコピコ動く、おっとりとした雰囲気の女性だ。首に巻かれた黒いチョーカーのようなものを見るに、この人も奴隷だろうか。と思ったけど鑑定結果からも『状態:隷属』と出たので間違いなさそうだ。
途中の街の冒険者ギルドで奴隷の扱いも聞いてみたけど、犯罪奴隷以外は人権の守られたきちんとした制度だった。借金奴隷は住み込みの労働契約といった感じだったし、ある程度自由時間もあるそうだ。
「二人なんだけど大丈夫かな?」
カウンターへと向かうと、執事服をきっちりと着こなした男性へと声を掛ける。こっちは奴隷ではなさそうで首には何も巻いていない。
「ご利用ありがとうございます。本日はご宿泊でしょうか、それともお食事のみのご利用でしょうか」
「あ、宿泊で」
「畏まりました。お部屋のご要望などございますか」
二人部屋で海の眺めが一番いい部屋を、ひとまず十日ほど押さえる。それなりに高級な宿ということと、港街というだけあって風呂もついているのはありがたい。
こうしてレブロスという名の港街にて俺たちは一時滞在すること決めた。
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