第116話 ミスリルの部

 午後の休憩を終えてとうとうミスリルの部がやってきた。最低落札価格が十億フロンとなる部門だ。


「さて、とうとうオークションも最終部門であるミスリルの部を迎えました。今回のオークションは目玉商品が数多く出品されており、いつにもまして見ごたえのある内容となっており嬉しく思います。それではさっそくまいりましょう!」


 一番手に出てきた商品はやばかった。

 台車にがっちりと鎖で封印が施された魔剣だ。見ただけで禍々しさが伝わってきて、装備したら絶対に呪われそうなやつが出てきたのだ。


「これアカンやつだよな」


「……うん。ダメな気がする」


「一応封印はされているようですが……」


 フルールさんも表情が引きつっている。やっぱりダメなやつなんじゃなかろうか。それほど引いてるお客さんがいないのが不思議なくらいだ。これくらいなら許容範囲なのだろうか。

 最終的に十五億フロンで落札されていったけど、どうなることやら……。


 地竜の魔石、心臓、逆鱗と次々と出品されてきたが、それぞれ漏れなくアホほどの高値で落札されていった。もう何も言うまい。


「お次の商品はこちらです! 吸血鬼族の犯罪奴隷、エルヴィリノス・ジュエルズ!」


 は? 奴隷? オークションってそんなものまで出てくんの?

 ちらりとフルールさんに視線を向けると、へぇといった感心した表情になっているのみだ。特におかしいことはない……のかな。


「奴隷も出品されるんですか……」


 莉緒も眉間に皺を寄せている。


「ええ。奴隷も立派な商品ですから」


 フルールさんが言うならそういうことなんだろう。ちょっとこのあたりの感覚だけは慣れないかもしれない。

 渋面を作っていると、舞台の奥から台車ではなく檻が出てきた。中にいるのはもちろん、エルヴィリノス・ジュエルズという名前の奴隷なんだろう。


「ぶふっ」


 中を見た瞬間に思わず吹き出してしまう。

 だって全裸だったんですもの。


 腰まで届く真っ白い髪に真っ赤に染まった瞳。肌も白く透き通っているようだ。たわわに実った双丘はメロンくらいありそうだ。適度にくびれた腰つきからもエロさ全開な体つきをしている。首輪だけしているせいで、余計にエロく感じてしまう。


「ちょっと柊?」


 じっくりと観察していると、莉緒から鋭い声が飛んできた。


「なんでしょう」


 それでも視線を外さずに答えると、頬をつねられた。


「痛いれす」


「どこ見てるのよ」


「ちょっとどんな商品が出てきたのかなと思って」


「ふーん……」


「あはは……」


 そんな俺たちのやり取りに苦笑いなフルールさん。


「珍しい奴隷がいればたまにオークションに出てきますからね……」


 司会者から説明が続けられる。どうやら二百歳を超える吸血鬼族の奴隷らしい。何をやらかして犯罪奴隷になったかは語られなかったが、ホント何やったんだろうな?

 フルールさんに聞いたところ、商業国家では種族による差別もないようで、吸血鬼族だからと排斥されるようなことはないとのこと。ということは普通に捕まったんだろう。仮にも正規のオークションだし、犯罪臭のするものは出てこないか。


「では十億フロンからの開始となります」


「十一億!」


「十二億!」


 うーん、すごく人気のようである。主に男連中から。というか女性からの入札は一切ない。気持ちはわかる。俺には莉緒がいるから目移りなんぞしませんとも。


 吸血鬼族の女は、胸を下から支えるようにして両腕を組んで観客をぐるっと見回している。隠す気は全くないらしい。その視線が順繰りに回ってきて、俺と目が合った。瞬間、薄く妖艶にほほ笑んだかと思うと赤い瞳が光ったような気がする。


 ――なんだこれ。


 あの吸血鬼を手元に置いておきたくなってきたんだが――


「十五億フロン!」


 気づけば叫んでいた。


「ちょっと、柊!?」


「ぐほっ!」


 間髪入れずに莉緒から脇腹に肘が入る。

 ふと我に返って周囲を見回すと、目が吊り上がっている莉緒が視界に入った。

 入札は十八億フロンと、俺の入札額を越えて進んでいる。


「どういうつもりなのかしら」


 静かな怒りが莉緒から伝わってくるが、むしろこっちがオークションスタッフへと問いかけたい。

 あの感覚には覚えがある。アークライト王国の第三王女からブローチを手渡されたときの感覚と似ている。


「あれは……、魅了か何かかな」


「「えっ?」」


 莉緒とフルールさんが揃って声を上げている。


「あのクソ女……、奴隷の分際で客に魅了を掛けるとはいい度胸してるじゃねぇか」


「ちょっと、どういうことよ」


「どうもこうも、あの奴隷に見つめられてからちょっと頭にもやがかかったような感覚になってな……。今は大丈夫だけど」


「それって」


「あぁ。ブローチもらったときと似てた」


「魅了って……、オークションに出される奴隷は何もできないように命令されているはずですが……」


 フルールさんも戸惑っているが、くだんの犯人である奴隷も首を傾げて困惑顔になっている。

 睨みつけてやるとまたもや薄く微笑んで瞳を光らせたようだが、もう効かんぞ。いつまでたっても入札しない俺に焦りだしたのか、素知らぬふりでターゲットを俺から他の人間に変える。もしかしてこうやって値段釣りあげてるんじゃねぇだろうな。


 そんな予感もしつつ、ミスリルの部のオークションも後半を迎えた。

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